第28話

 宇宙暦SE四五二二年七月二十三日 標準時間〇二三〇


 アデル・ハース大将率いる第九艦隊は第四、第五艦隊と共にスパルタン星系側ジャンプポイントJP超光速航行FTLに入る準備を完了させ、待機していた。


 待機開始からそれほど待つことなく、キャメロットJPに情報通報艦が現れた。


 ハースやクリフォードが予想した通り、キャメロットの統合作戦本部は総司令官であるジークフリート・エルフィンストーン大将の判断を尊重するという訓令だけを送ってきた。


 エルフィンストーンは即座に待機している三個艦隊にスパルタン星系に向かうよう命じる。


「第四、第五、第九艦隊は直ちにスパルタン星系に移動せよ。新たな命令が届くまで補給及び整備を行い、当該星系にて待機すること……」


 三時間後、命令を受け取った三個艦隊は次々と超空間に突入していく。

 エルフィンストーンが指揮する第一艦隊は第八艦隊を従え、キャメロット星系に向けて出発した。


 更に二日後、アラビスJPに機雷を再敷設し終えた第十一、第十二艦隊もキャメロットに向かった。



 七月二十九日。

 エルフィンストーンはキャメロット星系に帰還した。二個艦隊しかいないことに統合作戦本部は訝しむが、すぐにエルフィンストーンからの通信が入る。


「……スヴァローグ帝国軍はテーバイ星系より撤退。テーバイ星系防衛作戦は成功した……第四、第五、第九艦隊をきたるべきヤシマ防衛作戦に投入するため、スパルタン星系に移動させ、当地にて補給と整備の実施を命じた……」


 その通信に統合作戦本部副本部長のマクシミリアン・ギーソン大将は首を傾げ、作戦部長であるルシアンナ・ゴールドスミス少将に疑問を投げかける。


「エルフィンストーン提督はああ言っているが、真なのだろうか」


「スヴァローグ帝国艦隊が撤退したことは間違いないでしょう。ただ、その事実をもってテーバイ星系防衛に成功したとするのは早計ではないかと。帝国の再侵攻がないとも限りませんから」


「では、エルフィンストーン提督は作戦を無視して、独断で戦場を離れたということになるのか?」


「そうとも言い切れません。先に送った命令は、テーバイ防衛作戦は現地司令部の判断を尊重するというものです。総司令官であるエルフィンストーン提督がそう判断されたのであれば、作戦を無視したことにはなりません」


 そう言いながらもゴールドスミスは苦々しい思いを抱いていた。


(これはハース提督の入れ知恵ね。総参謀長には強く言い含めておいたのだけど、押し切られてしまったというところかしら。やはり防衛艦隊司令部はヤシマ防衛で派手な戦果を上げたいと思っているようね。ヤシマに入れ込み過ぎることが危険だとどうして分からないのかしら……)


 ゴールドスミスはヤシマ防衛に多くの艦隊を送り込むことに反対だった。それは費用コストが掛かり過ぎるためだ。


 アルビオン王国軍の一個艦隊は約五千隻。その運用には六十万人強の将兵が必要だ。

 三個艦隊なら二百万人弱、大都市の人口に匹敵する人員を数ヶ月に渡って派遣する必要がある。


 食糧や燃料は現地で調達できるとしても、それだけの艦と人員を維持するためには莫大な費用と兵站に大きな負荷が掛かる。


 現在派遣している三個艦隊はヤシマ政府が駐留費用を負担しているが、新たに送り込む艦隊はアルビオン側の負担となり、王国の財政を圧迫することになる。


 ハースたちが懸念するスヴァローグ帝国の自由星系国家連合フリースターズユニオンへの侵攻は、現在可能性に過ぎない。


 ゴールドスミスは狡猾な皇帝アレクサンドル二十二世の性格を考え、アルビオン及び自由星系国家連合FSUの国力にダメージを与える策である可能性が高いと考えていた。


(あの狡猾な皇帝なら、こちらに疑心暗鬼を生むような策を弄してくるはず。ブラフでこちらを疲弊させ、タイミングを見て侵略に移る方が確実だから。最初から侵攻するような手を打つはずはないわ……)


 ゴールドスミスのこの考えは統合作戦本部や軍務省内で支持されている。


 しかし、合理的ではあるが、あくまで“軍事”という枠の中の話だ。帝国内の権力争いの状況など政略を含めて考えれば、悠長な策を弄する余裕はないことは想像できる。

 これがゴールドスミスの戦略家としての限界だった。



 二十二時間後、エルフィンストーンは第三惑星ランスロットに降り立った。

 そして、休む間もなく、統合作戦本部の前線本部に向かう。ヤシマ防衛のための協議を行うためだ。


 事前に連絡を入れていたため、統合作戦本部には既に主要なメンバーが揃っていた。


 キャメロット星系での制服組ナンバーワンであるギーソンと戦略を検討する作戦部のゴールドスミスはもちろん、駐留する艦隊司令官、艦隊参謀本部の主要な参謀などがテーブルについていた。


 更に軍政を司る軍務省からも出席者がいたが、そこには長官に当たる軍務卿、エマニュエル・コパーウィートの姿があった。


 彼がキャメロットにいるのは偶然だった。

 ノースブルック内閣で軍務卿になった後、引き継ぎや議会対応などでアルビオン星系を離れることができず、半年経ってようやく余裕ができたため、キャメロット星系を訪問したところだった。


 ギーソンが会議の開始を宣言すると、ゴールドスミスが現状について説明を行っていく。彼女の説明では帝国艦隊の自由星系国家連合FSUへの侵攻作戦は確認されておらず、現状ではヤシマへの追加派遣は不要であると断言した。


「……ヤシマ政府からの要請なく艦隊を派遣すれば、その費用は我が国が負担しなければなりません。ご存知の通り、艦隊の派遣には膨大な費用が掛かります。この辺りのことは軍務省から説明していただきますが、作戦部としましては現状で充分であると判断しております」


 エルフィンストーンはそれに反論する。


「ヤシマからの要請を受けてからでは遅すぎるのではないか? 知っての通りキャメロットからヤシマまでは二十二パーセク(約七十二光年)もある。最速で艦隊を派遣したとして、一ヶ月は掛かるのだ。その間に帝国が侵攻すれば自由星系国家連合FSU軍では対抗しきれず、ヤシマおよびロンバルディアを帝国が領有してしまうことになる」


自由星系国家連合FSU軍では対抗できないとのことですが、我が国の艦隊が三個艦隊駐留しております。また、ヤシマには四個艦隊があり、それに加えヒンド共和国から二個艦隊程度はすぐに応援に駆け付けられますから、九個艦隊四万五千隻もの大兵力で迎え撃てるのです。帝国が動員できる艦隊は八個しかありません。充分過ぎると思うのですが」


 ゴールドスミスの楽観論にエルフィンストーンは噛みつく。


「帝国が八個艦隊しか動員できないと決めつけられるのか!」と言ってテーブルをドンと叩く。更に強い口調で話を続ける。


「確かにダジボーグに十三個艦隊が集結したという情報だった。だが、その後に増援がないと断言できるのか! もし、帝国が時間差を付けて艦隊を動かしていたら、ロンバルディアとヤシマを守りきることはできん! 帝国がヤシマの工業技術とロンバルディアの食糧生産能力を得たならば、パワーバランスは一気に崩れる。その程度のことを理解していないのか!」


 エルフィンストーンの言葉にゴールドスミスは平然とした表情で反論する。


「では、ヤシマに増援を送るとして、どれだけの期間駐留させるのでしょうか? 補給計画すらない現状で、闇雲に艦隊を派遣するリスクはどうお考えなのですか?」


「それを考えるのが統合作戦本部と軍務省の仕事だろう! 今は一刻の猶予もないのだ! 今この瞬間にも帝国が侵略を行っているかもしれんのだからな!」


「それを言うのでしたら、我が国を疲弊させようとする策の可能性も考えられます。もし、帝国の侵攻作戦が行われなかった場合、王国は大きな損害を受けるのです」


「確かにリスクはあるが、ヤシマを失うリスクに比べれば小さなものと言わざるを得ぬ」


 ゴールドスミスが更に反論しようとしたが、コパーウィートがそれを遮る。


「エルフィンストーン提督の懸念はよく分かる。統合作戦本部の懸念も同様だ」


 そう言って両者の間に入った後、更に自らの考えを話していく。


「軍務省として言わせてもらえば、既に大きな予算超過となっており、私としても懸念を抱かずにはいられぬ……」


 その言葉にゴールドスミスが満面の笑みを浮かべて大きく頷く。

 一方のエルフィンストーンは顔を赤くし、声を上げようとした。しかし、コパーウィートは片手を上げることでそれを制し、話を続けていく。


「しかし、それは軍務省という組織として考えた場合だ。私は軍務卿だが、アルビオン王国の国民でもある。国家の存亡に関わるのであれば、おのずと異なる判断となる」


 視野が狭いと非難するかのように、ゴールドスミスに視線を送る。更に全員を見回した後、発言を続けた。


「エルフィンストーン提督の英断のお陰で三個艦隊はすぐに派遣できる状態だ。私としては直ちにヤシマに向けて移動を開始するよう指示を出すべきだと思う。ギーソン副本部長、あなたの考えはいかがか」


 コパーウィートはゴールドスミスではなく、その上司であるギーソンに意見を求めた。ギーソンが政府の要人でもある自分に反対することはないと考えた上で。


「小官も軍務卿閣下の考えに賛成です。少なくとも三個艦隊は直ちに派遣すべきでしょう」


 コパーウィートは鷹揚に頷く。


「では、更なる艦隊の派遣についてはどうすべきか議論を進めましょう。防衛艦隊の考えはいかがか」


 そう言ってエルフィンストーンに意見を求める。三個艦隊の派遣が認められたことで落ち着きを取り戻しており、冷静な口調で予め考えてあった主張を行う。


「艦隊としては少なくともあと二個艦隊、でき得るなら四個艦隊を派遣すべきと考えます」


 それに対し、ゴールドスミスが手を上げる。コパーウィートが発言を許可すると、


「更に四個艦隊を派遣すればキャメロットの守りが薄くなりすぎます。テーバイ星系に侵攻してきた帝国艦隊が本当に撤退したのか確認できない状況でキャメロットの守りを薄くすることは大きなリスクを負うことになると考えます」


「四個艦隊を派遣したとして、キャメロットには四個艦隊が残る。敵が五個艦隊であれば、要塞もあることだし充分に対応できるのではないかね」


 コパーウィートがそう言うと、エルフィンストーンは大きく頷く。


「戦力の集中は戦略の基本。ヤシマが主戦場となるならできる限り多くの艦隊を送ることが勝利への近道である」


 それに対し、ギーソンが反対する。


「五個艦隊が近くにいる状況で本国の守りを薄くすることは国民や議会の理解を得られぬのではありませんかな」


「では、二個艦隊であればどうか」とコパーウィートが妥協案を提示した。


「それであれば国民や議会も納得するでしょう。ただ、帝国の動きが不明な状況でこれ以上の派遣はいささか拙速すぎるかと。先に派遣する三個艦隊の補給体制を確立することを優先し、追加の二個艦隊は準備を行いつつ、ヤシマ方面からの情報を待って動かしてはどうでしょうか」


 ギーソンが更に妥協案を示す。

 コパーウィートはこれ以上の対立は好ましくないと、エルフィンストーンに妥協を求めた。


「副本部長の案は現実的だと思う。提督、この辺りで納得してはいかがですかな」


 エルフィンストーンは不満げな表情を浮かべていたが、最低限の成果が得られたとして妥協することにした。


「了解です。ですが、追加派遣部隊の指揮を私が執ることだけは認めていただきたい」


 ギーソンはそれに小さく頷き、会議は終了した。


 ゴールドスミスは会議室に最後まで残り、コパーウィートにしてやられたことに腹を立てていた。


(本当に忌々しいわ……まあいいわ。帝国がどのタイミングで動くかで私の評価が変わる。遅ければ遅いほど私の読みが当たっていたということになるのだから……)


 彼女はそう考えたが、それはすぐに否定されることになった。

 八月八日、キャメロット星系にロンバルディア連合降伏の情報が届いたためだ。

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