第26話

 宇宙暦SE四五二二年七月二十一日 標準時間〇一〇〇。


 スヴァローグ帝国艦隊が超空間に消えてから四時間半。

 アルビオン艦隊では司令官と参謀長が参加するヴァーチャル会議が開始された。


 会議の冒頭、総参謀長であるウィルフレッド・フォークナー中将から作戦の概要が伝えられる。


「アラビスJPに失われたステルス機雷の再設置を行う……艦隊はここで再度侵攻してくるであろう敵を迎え撃つ……艦隊の配置はJPを半包囲する形で中央に第一、第四、第九艦隊を、右翼に第五、第十一艦隊を、左翼に第八、第十二艦隊となる……」


 総司令官ジークフリート・エルフィンストーン大将は総参謀長の説明を、苦虫をかみつぶしたような表情で聞いている。


 第九艦隊司令官アデル・ハース大将はエルフィンストーンが自らの考えとは異なるのだと直感した。


(総参謀長に押し切られたという感じね。戦術的には最も安全な策だけど、戦略的には最悪に近い手ね。これなら追撃した方がまだマシだわ。いつまでここにいるつもりかは知らないけど、帝国艦隊は必ずダジボーグに向かう。そして、あの五個艦隊がヤシマに向かったら……)


 フォークナーの説明が終わった。

 エルフィンストーンが「疑問点があればこの機会に解消しておいてほしい」と発言する。

 ハースは一番に発言を求め、認められた。


「迎え撃つということですが、どの程度の期間をお考えでしょうか? いたずらに時間を掛ければ、戦略的には敵が有利になることは明らかだと思うのですが」


 それに対し、フォークナーが落ち着いた口調で答える。


「ご存知の通り、アラビスまでは五パーセク(約十六光年)あります。超光速航行FTLでも往復に十日は掛かりますから、最低十五日はここで待機することになります」


 ハースは視線をエルフィンストーンからフォークナーに変え、口調も改める。


「十五日間も無為に待ち続けるのかしら? 敵はこちらの戦力を見ていますよ。劣勢の状況で再侵攻を行う可能性は低いのでは? それでも敵が再侵攻してくるというのなら、根拠を示していただけないかしら?」


「根拠はありません。ですが、テーバイ星系を敵に渡すことはキャメロットの喉元に刃を突き付けられたも同然なのです。祖国の安全を考えれば、本作戦以外の選択肢はないと愚考致します」


 フォークナーの感情のこもっていない言葉にハースは僅かにいら立つが、冷静さを保ちながら更に反論する。


「戦術的にはその選択で問題ないわ。でも戦略的に見て正しい判断と言えるのかしら? 敵艦隊が再侵攻を考えずダジボーグ星系に戻った場合、補給を含めても三十日以内に帰還できます。更にヤシマへの侵攻にその艦隊が向かうとすれば、最短で四十五日程度でヤシマ星系に辿り着けます……」


 そこでハースはフォークナーからエルフィンストーンに視線を戻した。


「一方、我々がここで無為に十五日という貴重な時間を浪費した場合、キャメロット星系に帰還し、艦隊を再編してから出発することを考えると、五十日は必要となります。つまり、ヤシマへの救援が間に合わない可能性が高いということなのです。それだけではありません。作戦部の予想でもロンバルディア星系占領後、早期にヤシマへの侵攻が行われるとありました。そう考えれば、今すぐにでもヤシマへ艦隊を派遣することが戦略的に最も適切な策であると考えます」


 エルフィンストーンが同じことを考えていると思い、彼に強く訴えたのだ。


「ハース提督の言は正しいと思う」とエルフィンストーンはいい、


「直ちにキャメロットに帰還する。反対意見があればこの場で述べてほしい」


 その言葉にフォークナーが挙手をする。


「帰還するにしても全艦隊で行う必要はないと考えます。二個艦隊を先行させ、五個艦隊でアラビスJPを防衛してはいかがでしょうか? ヤシマに救援に向かうにしても、現在キャメロットには四個艦隊があります。二個艦隊が戻れば、三から四個艦隊は派遣することが可能かと思われます」


 ここまで来てもまだ消極策を提案するフォークナーにハースは苛立ちを覚える。


(三個艦隊ではヤシマにいる三個艦隊と合わせても六個艦隊にしかならない。帝国の動員可能艦隊数は十三個。それにまだプラスアルファがないと決まったわけじゃない。戦力集中の原則を考えたら、ヤシマには最低五個、できればここにいる七個全部を送り込まないと勝てたとしても損害が大きくなるわ。そのことをどう考えているのかしら……)


 ハースの懸念はロンバルディアに八個艦隊が送り込まれ、更にテーバイ星系に侵攻した五個艦隊がヤシマに向かえば、計十三個の艦隊がヤシマ星系に殺到することになるという点だ。


 更にスヴァローグには十個艦隊程度があるはずで、帝都での反乱を抑止するため残すとしても、半数の五個艦隊程度は動かせる可能性が高い。そうなると、計十八個艦隊という途方もない数の艦隊がヤシマに集結することになる。


 一方で自由星系国家連合FSU側もヤシマに戦力を集中させることが可能だが、ロンバルディア軍が戦略構想通りラメリク・ラティーヌ星系に撤退したとしても、ロンバルディア六、ヤシマ四、ヒンド二の十二個艦隊程度の戦力にしかならない。


 そこにアルビオン艦隊が六個加わっただけでは数的に同数になるものの、練度の低い自由星系国家連合FSU軍が主体では、戦力的に大きな差がつくことは明白だ。


 せめてアルビオン艦隊が十個あれば、数的にも優位に立てるし、質的にも実戦経験豊かなアルビオン艦隊が主導権を握ることで互角近くまで持っていける。

 そうなって初めてヤシマ防衛の可能性が出てくると考えていた。


「戦力の分散は戦略的に意味がないのではありませんか? ここは戦略の幅を広げるため、可能な限り大兵力で転進すべきです」


 ハースが強く迫ると、エルフィンストーンは大きく頷く。


「小官もそう考える。では、第十一、第十二艦隊はこのままアラビスJPに向かい、ステルス機雷の再配備を実施し、キャメロットに帰還。その他の艦隊は直ちにキャメロット星系に向けて転進する。以上だ」


 最後は総司令官の権限をもって決定した。


 会議が終わった後、転進命令が実行された。

 命令が実行されたことを確認したエルフィンストーンはハースに通信を入れた。ハースは自らの司令官室で通信を受け、エルフィンストーンの3D映像が浮かび上がる。


 その場には今後の補給計画等の方針を話し合うため、クリフォードが来ていた。

 クリフォードは提督同士の会話に遠慮し、「失礼しました」と言って司令官室を退出しようとしたが、二人の提督はいずれも彼に残るように命じた。


「クリフにも聞いてもらいたいのよ。だからここにいなさい」


「ですが……」と反論しようとすると、エルフィンストーンもハースに同調する。


「アデルの言う通りだ。私も君の意見が聞きたい」


 そう言われて仕方なく司令官室に残った。


 エルフィンストーンはすぐにハースに謝罪し、感謝の言葉を述べた。


「先ほどはすまなかったね。でも助かったよ。総参謀長がかたくなで何ともし難かったのだ」


 その言葉に「お疲れ様です」と労うものの、


「参謀本部には戦略的な視点で物事を考えるよう指導していただかないと困ります。まだ、何人かは考えられる者が残っていたと思うのですけど」


「そうなんだが、派閥意識の強い者が多過ぎて困る。この国難にあって派閥がどうのと考えること自体信じられんのだが」


 エルフィンストーンは生粋の戦術家で戦略的な思考は苦手としていた。しかし、理解力がないわけではないため、適切な助言があれば大局に立って決断することはできる。


 問題は現在の総参謀長であるフォークナーが自らの派閥の強化を考え、統合作戦本部の意向を優先する傾向にあることだった。


「今後ですが、ヤシマの防衛作戦についてどうお考えですか?」


「私としては、最低五個艦隊は必要だと思うが、ギーソン副本部長は認めんだろうな」


「ゴールドスミス少将がいるからですか?」とハースがストレートに聞く。


「そうだ。作戦部長は最大効率での勝利を狙う傾向にある。つまり、最小の戦力で最大の効果を得ることこそが作戦の妙だと思っているのだ。現場の人間からしたら迷惑極まりないが、国家という視点で見れば分からないでもない」


 艦隊の派遣には多くの費用が掛かる。

 燃料や消耗品だけでもキャメロット星系で防衛する場合に比べ、三倍から四倍になるし、出征に伴う兵たちの手当ても馬鹿にならず、軍事予算を圧迫する原因となっていた。


 仮にハースが考えるような十個艦隊規模であれば、ヤシマ星系に一ヶ月程度駐留するだけでも、年間の軍事予算を食いつぶすことになる。更に戦闘が行われれば、補正予算を組んでも足りず、戦時国債を発行したとしても経済的には非常に厳しい状況になる。


「確かにそうですが、帝国がヤシマを占領したら、そんなことは言っていられなくなります。ノースブルック首相がいらっしゃればいいのですが、アルビオンは遠いですから」


 クリフォードの義父ウーサー・ノースブルックは今年の一月に念願の首相に就任していた。


「話が脱線しましたが、今後の方針についてお聞かせください。特に統合作戦本部を説得する方策は何かお考えですか?」


「そこは君に期待しているよ、アデル」


 その言葉にハースは苦笑するが、突然振り返り、後ろに立つクリフォードに視線を向ける。


「ヤシマへの増援をどうしたらいいか、あなたの意見を聞きたいわ、クリフ」


 突然話を振られ、クリフォードは困惑の表情を浮かべた。

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