第21話

 宇宙暦SE四五二二年七月十二日。


 スヴァローグ帝国の大艦隊がダジボーグ星系に集結中との情報が、キャメロット星系に入った。また、ヤシマ派遣艦隊の総司令官ナイジェル・ダウランド提督からの増派の上申も合わせて届く。


 アルビオン王国軍は対応方針を決めるべく、直ちに協議に入った。

 キャメロット星系での実戦部隊の責任者は統合作戦本部本部長であるマクシミリアン・ギーソン大将だ。


 統合作戦本部は本国であるアルビオン星系に“本部”が置かれているが、最前線であるキャメロット星系に“前線本部”という組織が置かれ、その長が副本部長である。


 また、前線本部には“作戦部”、“戦略・戦術研究部”、“諜報部”があり、アルビオン星系への移動時間のタイムラグによる影響を極力受けないような配慮がなされていた。


 その実戦部隊の長であるギーソンだが、彼は部下である作戦部長ルシアンナ・ゴールドスミス少将に作戦案の説明を丸投げした。


 ゴールドスミスはギーソンの代役に過ぎないが、自らが主役であるかのように堂々と今後の方針案を説明していく。


「……帝国の目的はロンバルディア及びヤシマ星系の占領であると考えられます。しかしながら、我がアルビオン王国に対し、何も行動を起こさない可能性は低いと言わざるを得ません。作戦部ではキャメロット星系からの増援を妨害するため、テーバイ星系方面で我が国に対し何らかの牽制を行ってくると考えております……」


 ゴールドスミスの説明は帝国艦隊がキャメロット星系に襲来する可能性が高く、想定される敵の数は三万隻前後、艦隊数にして五個から七個という大規模なものになるというものだった。


「……これに対し、作戦部が提示する案は以下のようなものになります。アテナ星系に駐留中の第七艦隊および第十艦隊をキャメロット星系に移動させます……」


 アテナ星系にはゾンファ共和国に対する備えとして、大型軍事要塞“アテナの盾イージスⅡ”に加え、常時二個艦隊が駐留している。その二個艦隊をキャメロットに引き揚げさせるという案に出席者から僅かに不満の声が上がった。


 それを感じたのか、ゴールドスミスはゾンファ共和国に対する考えを説明する。


「……現在ゾンファ共和国は艦隊の再建中であり、更に政争で混乱した軍組織の立て直しを図っております。この状況に置いて、彼の国が大規模な侵攻作戦を実施する可能性は極めて低いでしょう。また、帝国とゾンファは我が国と自由星系国家連合フリースターズユニオンによって分断されており、共同作戦を採ることは事実上不可能です。これらのことから、アテナ星系から艦隊を引き抜いても何ら問題はありません」


 その考えに第九艦隊司令官のアデル・ハース提督は同意するという意志を込めて大きく頷く。

 ゴールドスミスはそれをあえて無視して、作戦の続きを説明していく。


「想定される敵に対抗しうる数の艦隊、具体的には戦略予備の二個艦隊を残し、七個艦隊を派遣することといたします。これは帝国軍が動員できる最大数に対抗でき、戦力の逐次投入の愚を犯さないための措置です……」


 七個艦隊派遣という大規模な作戦に、参加者から感歎の声が漏れる。


「……派遣は可及的速やかに行うこととします。テーバイ星系へ接近してくる艦隊を確認していると有利なJP付近での迎撃が間に合わなくなりますので。派遣艦隊は第一、第四、第五、第八、第九、第十一、第十二の各艦隊となります。総司令官はエルフィンストーン提督、副司令官には第四艦隊のブレット・バロウズ提督……」


 ハースはその作戦案に既視感を覚えていた。


(これは演習の時のクリフの考えと同じね。合理的だからよいのだけど、敵が同じように動くとは限らないことは理解しているのかしら……)


 ゴールドスミスの説明が終わると、キャメロット防衛艦隊司令長官ジークフリード・エルフィンストーン提督が発言を求めた。

 ギーソンがそれを認めると、張りのある声で質問する。


「テーバイ星系に向かうことは問題ない。しかし、艦隊の目的はいかなるものか。侵攻してくる帝国艦隊の撃滅か、それともテーバイ星系の確保か。あるいはダジボーグへの逆侵攻か。その点を明確にしてほしい」


 ギーソンはゴールドスミスに目で答えるよう伝える。

 ゴールドスミスはそれに小さく目礼で返し、


「帝国艦隊の数によって変わりますが、六個艦隊以上であれば敵の拘束、五個艦隊以下であれば敵を撃破後、直ちにキャメロットに帰還し、ヤシマ星系に増援を送ることが目的となります」


「つまり、数が多ければ敵を引き付けてヤシマへ向かわせないようにする。少なければ短期決戦で勝利した後、敵の主攻方向であるヤシマに向かうということだな」


「その通りです」


 そこでハースが発言を求めた。


「帝国の意図が我が国に対する牽制なら、テーバイ星系に艦隊を派遣することは敵の思惑に乗るだけではないかしら?」


 彼女はこの作戦自体が不要ではないかと考えていた。帝国がテーバイ星系を占領したとしても本国から遠く離れており、補給の面から維持は困難だ。短期間だけ奪われるだけなら、大規模な艦隊を派遣する意味はない。

 それに対しゴールドスミスは慇懃無礼な態度で答えた。


「テーバイ星系を抑えられれば、キャメロットの喉元にナイフを突き付けられた状態になるのです。提督はキャメロットに帝国艦隊が侵攻してきても構わないとおっしゃるのですか?」


「そうは言っていないわ。敵艦隊の数を確認してから、必要があればテーバイ星系で迎え撃てばいいというだけです。闇雲に大艦隊を派遣することは戦略の幅を狭めることにならないか懸念しているのですけど」


「政府、そして国民に対し、軍が機能していることを示さねばなりません。つまり、キャメロット星系が安全であるということを示す必要があるのです」


 ゴールドスミスの言葉にギーソンが大きく頷く。


「帝国軍を迎撃するという方針は決定事項だ。この件に関して議論は不要」


 ギーソンはキャメロットが帝国軍に侵攻されれば、軍の怠慢であるとメディアに叩かれると考えた。また政府から無能と言われれば経歴に傷がつき、引退後に名誉職に就くことができなくなることを懸念している。


 ハースはばかばかしい理由であることは理解したが、これ以上反論しても意味がないと質問を変えた。


「では先ほどのエルフィンストーン提督の質問に関連するのですけど、もし敵艦隊の数が少なく、かつ敵が決戦に応じない場合、例えばテーバイからアラビスに撤退するような場合はどう考えたらよいのかしら? 追撃するのか、それとも一定期間様子を見るのか、一部の艦隊を残しキャメロットに帰還するのか。その点はいかが?」


 ゴールドスミスはハースの質問をはぐらかす。


「そこは臨機応変ということです。そのために現地指揮官がいるのですから」


「では、エルフィンストーン司令長官の裁量に任されるということね」


「その通りです」とゴールドスミスは答えるが、本来答えるべきギーソンは無言を貫いている。


 アテナ星系への連絡と並行し、テーバイ星系に派遣される七個の艦隊は直ちに発進準備を開始した。

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