第16話

 宇宙暦SE四五二二年五月一日(帝国暦GC三七二二年五月一日)


 スヴァローグ帝国の帝都では自由星系国家連合フリースターズユニオンへの侵攻作戦について、御前会議で説明されていた。


 スヴァローグ艦隊がアルビオン王国を牽制し、その間にストリボーグ艦隊で構成されたロンバルディア方面艦隊がロンバルディア連合を攻略する。これにより、自由星系国家連合FSUは戦力の半ばを無力化されると、作戦参謀は説明した。


「……ロンバルディア方面艦隊の消耗率を十五パーセントと想定しました。烏合の衆に過ぎないロンバルディア艦隊の実力を考えますと、いささか保守的すぎるかと思いますが、併合完了時点で損傷した艦艇も復帰し、七個艦隊が健在であるという前提としております。この状況からスヴァローグよりダジボーグに移動した三個艦隊と、ロンバルディア方面艦隊七個の計十個艦隊がヤシマに侵攻すれば、僅か六個艦隊しか持たないヤシマを攻略することは容易であると考えます……」


 そこでストリボーグ藩王であるニコライ十五世が口を挟んだ。


「ヒンド共和国が援軍を出すのではないか」


 参謀は想定された質問であったため、流れるように答えていく。


「その可能性はございます。しかしながら、ヒンド共和国が有する艦隊は僅か五。ヤシマとラメリク・ラティーヌのどちらから我が帝国艦隊が攻め入るか分からぬ状況ではヤシマに二個艦隊を派遣することが限界でしょう」


「それでも二個艦隊一万隻は大きいのではないか」と更にニコライが指摘すると、参謀に代わって、皇帝アレクサンドル二十二世が答える。


「タカマガハラ会戦を思い出せばよい。弱兵のヤシマ、ヒンドが主力では三万隻が四万隻になろうと我が軍が敗れることはない……」


 タカマガハラ会戦はヤシマに侵攻したゾンファ共和国とヤシマの解放を目指す自由星系国家連合軍の戦いだ。


 圧倒的な戦力差がありながら、FSU軍はゾンファに完膚なきまでに叩かれ、敗北している。


 アレクサンドルは好戦的な表情でニコライを挑発する。


「それともニコライ殿には自信がないのかな? ならば、別の将を据えねばならんが」


「懸念が僅かでもあれば、それを解消するのが統率者たる者の務め」とニコライは表情を変えることなく答える。


 そして、アレクサンドルの挑発を無視する形で、更に懸念を口にした。


「ダジボーグから三個艦隊だけというのは少なくないか? タイミングによっては各個撃破されるだけだ」


 ニコライの懸念はヤシマ星系に最大八個艦隊がいると仮定すると、ダジボーグ側のチェルノボーグJPで待ち構えられたら、濃密なステルス機雷群と三倍近い戦力により殲滅されるのではないかというものだった。


「それについてはタイミングを合わせていただければ問題ないと考えます。ロンバルディア側から侵攻し、首都星タカマガハラを目指せば、ヤシマは必ずタカマガハラを守ろうと動くはずです。つまり、チェルノボーグJPに戦力を貼り付けておくことはあり得ないということなります」


 ニコライは自分の考えと同じであるが、アレクサンドルへの嫌味のため、更に付け加えた。


「だとしても、スヴァローグに兵力を無駄に置いておく必要はないのではないか? 予備兵力として四個艦隊も帝都に置く必要はないと思うが?」


 この言葉にアレクサンドルの眉が僅かに動く。彼自身も同じように考えているが、動かせない事情があった。

 その事情とは政情の不安定さだ。


 スヴァローグ星系はアレクサンドルによってダジボーグに併合された形だが、元々帝国の中心という意識が強く、アレクサンドルに心から服従しているわけではない。


 そのため、アレクサンドルの簒奪に不満を持つ前皇帝派が暴発しないよう、一定以上の戦力を置いておく必要があった。その戦力は当然信用できるものでなければならず、アレクサンドルの子飼いのダジボーグ艦隊とならざるを得ない。


 しかし、ダジボーグ艦隊だけが残ると前線に派遣するスヴァローグ艦隊が反乱を起こす可能性が否定できなくなる。そのため、スヴァローグとダジボーグの艦隊は同数程度になるように調整されていたのだ。


 つまり、足元を固めるため、最低限四個艦隊を帝都に残す必要があり、これ以上の出撃は不可能だったのだ。

 このことはニコライも充分に理解しているが、それをあえて知らぬ振りをして指摘した。


「これ以上の艦隊を動かすことは兵站に過剰な負担を掛けることになる。ニコライ殿もそのことは分かっておると思ったのだが?」


 アレクサンドルはそう言ってニコライに疑問を投げかけた。


「もちろん理解しておりますよ。しかし、兵站に負担を強いることを嫌って、兵力を出し惜しみするのはいかがなものかと」


「先ほども申したが、充分な戦力だと思うのだが? ニコライ殿がどうしても不安だというのであれば、二個艦隊の増派を検討するが?」


 アレクサンドルの提案にニコライは表情を硬くする。


 これ以上この話題を続けることは自分が臆病に見られると考え、「不安など感じておりません」とアレクサンドルに笑顔でいった後、話題を変えるために「先を続けろ」と参謀に命じた。


「それでは……このようにヤシマにはスヴァローグから移動したダジボーグ艦隊三個とストリボーグ艦隊七個が侵攻することになります。その際、陛下にはダジボーグに移っていただき、作戦の采配を振るっていただくこととなっております……」


「それは陛下がヤシマに親征されるということか?」というニコライの質問に参謀が答える。


「陛下にはダジボーグより全体の采配を振るっていただく予定です。ヤシマでの戦闘の指揮は藩王閣下に執っていただくことになります」


「ということはヤシマ占領後も私は残ることになるのかな?」


 その問いに再びアレクサンドルが答える。


「ニコライ殿にはロンバルディアの統治をお願いする。ヤシマ占領後は余自らが出向くつもりだ」


 ニコライの臣下たちは「美味しいところだけを持っていくつもりか」という視線を向ける。

 しかし、ニコライ本人は涼しい顔で反対する。


「ヤシマは守りにくい星系です。陛下の安全を考えるならダジボーグから指揮を執り続けられる方がよいのではありませんかな」


「我が身を案じてくれるのはありがたいが、余も内戦を生き抜いた古強者ふるつわものの一人であると自負しておる。それにヤシマおよび自由星系国家連合FSUの意志を砕くには余自らがヤシマに赴く方がよい。同様の理由でロンバルディアにはニコライ殿が必要だ」


「なるほど。しかし戦線が広がり過ぎる点が気になりますな。スヴァローグの戦力をヤシマに派遣するとしても、ヤシマ、ロンバルディア、ダジボーグ、ストリボーグの四星系に分散する。この点はどのようにお考えか」


「ヤシマとダジボーグに戦力を集中する。ラメリク・ラティーヌ、ヒンド、シャーリアの三ヶ国は自ら打って出るほどの気概は持っておらぬし、ゾンファも四年前の敗戦からまだ回復しきっておらん。つまり警戒すべきはアルビオン一国ということだ」


「では、ロンバルディアに派遣される我が・・艦隊はどうされるおつもりか」


 ニコライは“我が”という部分を強調する。


「精鋭であるストリボーグ艦隊にはヤシマ防衛を担ってもらうつもりだ。ダジボーグは地の利のある我が艦隊が守る方が合理的だからな」


 ニコライはその言葉に自らの兵力を奪うつもりだと感じたが、成功してもいない作戦で狭量なところを見せることは後々に響くと考え、「陛下の御心のままに」と鷹揚にそれを認めた。


 アレクサンドルはニコライが認めることを見越しており、言質を取ったことに満足する。


(これでニコライやつの戦力を我が手に引きこむか、すり潰すことができる。ヤシマを手に入れれば、優秀な技術が我がものとなる。アルビオンとの最前線であるダジボーグ艦隊を最優先に補強することに反対はできないだろうから、ストリボーグとの戦力差を広げる大きなチャンスだ……)


 この時、アレクサンドルを含め誰一人、ロンバルディア及びヤシマ攻略の成功を疑っていなかった。


 これは何度も行われた検討により、要する時間に差こそあれ、失敗の要素が見当たらなかったためだ。


 星系図を見れば分かるように、自由星系国家連合FSUの艦隊は各星系に分散している。また、アルビオン王国も宿敵ゾンファを放置するわけにはいかないため、帝国に戦力を集中することは難しい。


 懸念は“要”となるダジボーグにアルビオンが大艦隊を派遣してくることだが、ゾンファに対する警戒を考えれば、最大でも十個艦隊程度と想定している。


 キャメロット方面艦隊五個とスヴァローグから移動させた三個艦隊の計八個艦隊でダジボーグを防衛すれば、地の利もあることから一定期間の防衛は難しくない。その間にヤシマから援軍を出せば、対応は充分に可能である。


 アレクサンドルにとって最大の懸念はニコライが反乱を起こすことだが、そのタイミングはアルビオンに勝利した後しかあり得ないとも思っていた。


 折角手に入れたヤシマとロンバルディアをみすみす手放すようなことを現実主義者のニコライが採るはずがないとアレクサンドルは確信している。


「では、本作戦の開始を宣言する。かつての銀河帝国の栄光を我らの手で取り戻すのだ!」


 その言葉に臣下たちは歓声をもって応えた。

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