第7話

 宇宙暦SE四五二一年八月一日。


 クリフォードはキャメロット星系第三惑星ランスロットの衛星軌道上にある要塞衛星アロンダイトに向かった。

 出発に際し、王太子エドワードから激励される。


「君がアデルの艦長になることは喜ばしいことだよ。ただ、私としてはもう少し私の艦長でいてほしかったのだが」


 盟友サミュエル・ラングフォード少佐とも二人で語り合い、互いの健闘を祈り合った。



 アロンダイトにある司令長官室で司令長官であるジークフリート・エルフィンストーン大将と第九艦隊司令官アデル・ハース大将が待っていた。


「おめでとう。コリングウッド大佐・・」とエルフィンストーンが祝福し、


「今回もアデルにしてやられたよ。さすがは“賢者ドルイダス”だ。タイミングが合えば、私の艦長になってもらいたかったのだが」


 ハースは前司令長官グレン・サクストン大将とコンビを組むことが多く、サクストンが“蛮人王バーバリアンキング”と呼ばれていたことから、“賢者ドルイダス(ドルイドの女性形)”と呼ばれていた。もっとも彼女を嫌う者は陰で“魔女ウィッチ”と呼んでいる。


「あら、今回は特に策を弄したわけではないですよ。本当に偶然だったんですから」


 エルフィンストーンとハースの会話を聞きながら、自分が過大評価されているとクリフォードは感じていた。


(“烈風ゲール”のエルフィンストーン提督に、“賢者ドルイダス”のハース提督、本物の英雄である二人からこれほど評価されてもいいのだろうか。私はまだ半人前の士官に過ぎないのだが……)


 彼がこれほど不安に思っているのは艦隊での勤務の短さが原因だ。

 艦長になったのは僅か四年前であり、その時も砲艦という特殊な艦であったため、通常の艦隊勤務とは言い難い。


 また、三年前にDOE5の艦長となり、軽巡航艦の指揮を執ったが、王太子護衛戦隊という独立戦隊の指揮官という立場であった。


 本来、駆逐艦や軽巡航艦の艦長時代に艦隊の中で経験を積み、集団戦について学ぶのだが、彼にはその機会が与えられなかった。


 今回のように巡航戦艦という強力な艦種の艦長であっても、旗艦でなければこれほど困惑することはなかっただろう。


 旗艦は司令官が乗る艦というだけでなく、艦隊機動の中心として僚艦の手本とならなければならない。その手本となる艦の指揮官が経験不足であるという事実は、彼自身が最も気にしていることだった。


 クリフォードの表情を見て、ハースが「不安に思っているようね」と言った。


「全力を尽くして任務に当たります」と答えるに留めたが、


「あなたなら大丈夫よ。巡航戦艦より難しい独立戦隊の司令を経験しているのだから」


「それにね」と言ってエルフィンストーンを見てから話し始める。


「本当は私の首席参謀になってほしかったのよ。でも、前例がないって断られたの。この件に関して提督は全然役に立ってくれなかったわ」


 それに対し、エルフィンストーンは肩を竦め、苦笑しながら反論する。


「そうは言うが、上級士官コースを修了した佐官を参謀にするのはまずいだろう。彼の今後のこともあるのだから」


 上級士官コースは別名“艦長コース”と呼ばれ、上級指揮官を養成する教育プログラムだ。これを終了した者は艦長を経て戦隊司令、分艦隊司令官と昇進していく者が多い。


 もう一つの昇進プログラムが“参謀養成コース”だ。こちらはその名の通り、参謀を養成するもので参謀長を経て司令官になるコースだ。


 この二つのコースのいずれかを修了していないと、大佐以上になることは難しく、更に大きな武勲をあげても戦死以外で中将以上になることはない。


 クリフォードは指揮官となるプログラムを修了しているため、参謀になることはアルビオン軍の慣例を無視することになる。


 また、彼の昇進速度から言って、このまま大佐の間に艦長を経験しないということは四等級艦以上、すなわち重巡航艦以上の大型艦の艦長を経験せずに昇進するということだ。


 参謀としてのキャリアを歩むならともかく、今後、戦隊司令などの指揮官としてのキャリアを進むのであれば、大型艦の艦長としての経験がないことは大きなハンデとなりかねない。


「だから妥協したんです。これだけの才能を一艦長にしておくのは惜しすぎます。特に政略まで考えられる指揮官は本当に貴重なんですから」


「それは分かるが……まあ、そういうことだ、大佐。今回のことはアデルのわがままが発端なのだ。今後も迷惑を掛けると思うが、よろしく頼む」


 よろしく頼むと言われてどう答えようかクリフォードは悩むが、


了解しました、提督アイ・アイ・サー」ときれいな敬礼と共に答えるだけに留めた。


 司令長官室をハースと共に出ると、彼女はいつになく真剣な表情で話し始める。


「この先、スヴァローグ帝国との戦いが始まるわ。それも自由星系国家連合FSUを巻き込んだ大きな戦争が。今までのようにゾンファだけ、帝国だけという単純な戦いでは終わらない。もっと複雑で面倒な戦いになるの。だから、私はあなたに来てもらった。あなたなら敵の考えを読んで的確に助言してくれるから」


 その言葉にクリフォードは異を唱える。


「旗艦艦長の職務は旗艦を適切に運用することにあります。艦隊の各艦の運用について司令官に助言することは権限の範囲内ですが、戦略や政略については参謀の職務であり、旗艦艦長の権限を逸脱します」


「分かっているわ。でも、そんなことを言っていられない状況になるのよ」


 ハースはその言葉を肯定するものの、自らの意見は曲げなかった。


「ですが……」とクリフォードが言おうとすると、それを遮り、


「正式な助言でなくとも個人的に考えを伝えてくれるだけでもいいわ。今の参謀はエルフィンストーン提督時代の参謀だから、戦術面では優秀であっても戦略面では視野が狭いの。その点をカバーしてくれるだけでいいのよ」


 エルフィンストーンは高機動艦による戦術を極めた提督だった。そのため、第九艦隊には鈍重な一等級艦や二等級艦といった戦艦は一隻もなく、旗艦を含め巡航戦艦以下で構成されている。


 守勢になると脆いという弱点はあるが、その破壊力は絶大でジュンツェン星系会戦でもその攻撃力をいかんなく発揮していた。


 当然参謀たちも優秀で、彼らが提案する戦術はエルフィンストーンの指揮能力と相まって高い評価を得ている。


 一方でエルフィンストーンは典型的な猛将型の指揮官であり、戦略や政略を得意としていなかった。そして、彼の参謀も同じような傾向を示していた。


 現在エルフィンストーンは第一艦隊に移っており、キャメロット防衛艦隊の総司令官となっている。今までのような戦術だけを考えているわけにはいかなくなったが、元々決断力があるため、周囲は不安を感じていなかった。


 ハースが第九艦隊を引き継いだ後、参謀の入れ替えを行っているが、人事のタイミングなどで、彼女の要求に答えられるほどの人材を集められなかった。


 ハースは時間を見つけて若手の参謀たちを鍛えようとしているが、クリフォードのような政治的な観点から戦略を語れる人材は未だに育っていない。


 そのため、仕方なくではあるが、第九艦隊の参謀ではなく、クリフォードに戦略や政略の面での助言を期待したのだ。

 クリフォードはその期待に困惑するが、更に気が滅入るような話を聞かされる。


「うちの参謀長は巡航戦艦戦隊の司令だった人。つまり、巡航戦艦のプロということよ。彼には戦術面での助言を期待しているけど、元々戦略面では期待していないわ。これは彼を貶めているのではなく適性の問題なの。副参謀長はとても優秀な戦術家だけど、彼も視野はあまり広くないわ……」


 第九艦隊の参謀長セオドア・ロックウェル中将はハースが招聘した人物だ。彼女自身、戦術家としての能力も高いが、高機動艦隊の特殊性を考え、そのプロを身近に置きたかった。


 また、副参謀長のアルフォンス・ビュイック少将はエルフィンストーンを支えた戦術家で、大胆な作戦を立案することで有名だ。


「……あなたになってもらいたかった首席参謀なんだけど、リンステッド大佐は士官学校で教官を務めた英才エリートよ。経歴だけなら、私なんか足元にも及ばないわ。エルフィンストーン提督はとても評価していらっしゃったけど、その彼女も戦術家でしかないの。でも、プライドが高いからあなたはやりにくいかもしれないわね」


「ご期待に沿えるよう全力を尽くしますが、本来の任務である艦長の仕事をないがしろにするつもりはありません」


「ええ、それは分かっているわ。あなたが手を抜くとは思っていないから」


 そのまま、アロンダイトに停泊しているインヴィンシブル89に向かう。


 ハースとクリフォードという有名人が並んで歩いているため、下士官兵たちの視線が集中する。既にクリフォードが第九艦隊の旗艦艦長になったことは下士官兵の間で知れ渡っているためだ。


「どんなものかは知らないのだけど、下士官たちのネットワークって本当に凄いわね。いつも感心するわ」


「ええ、私もそう思います。本人より先に知っていることがありますから」


 そんな会話をしながら宇宙港に到着した。

 彼の目の前には全長八百五十メートル、高さ百六十メートルの巨大な艦体ヴェッセルがあった。


 アルビオン艦隊の標準色であるダークグレーに塗装されており、巨大さしか印象に残らない。


 舷門ギャングウエイから艦内に入ると、出迎えの士官と下士官兵たちがきれいな敬礼を見せ、即座に「ようこそ、本艦へウェルカムアボード提督マム」と「ようこそ、本艦へウェルカムアボード艦長サー」という声が響く。


 ハースとクリフォードはそれに答礼し、艦内に入っていった。

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