第5話
キャメロット防衛艦隊総参謀長アデル・ハース中将は外交使節団に紛れて
そして、ロンバルディア連合政府に対し、秘密裏に自らの策を提示する。
「……貴国にとっては不本意な提案かもしれませんが、帝国から貴国を、
その言葉にロンバルディア政府高官らは荒唐無稽な策と言って鼻で笑う。
しかし、シャーリア法国から入る情報などから、スヴァローグ帝国の脅威を感じ、危機感を持った者がいた。
それは首相であるエンツィオ・ドナーティだった。
ドナーティは防衛艦隊司令長官のファヴィオ・グリフィーニ大将と秘密裏に会い、今後の協議を行った。
ハースの提案を聞いたグリフィーニは当初、実現不能の策だと考えた。
「いくら何でも難しいのでは? 私自身は賛成ですが、一戦も交えず、国民を見捨てて逃げることをほとんどの将兵は納得しないでしょう」
「長官の言いたいことは分かるが、それでもハース中将の提案を受け入れねばならん。受け入れねば、国が亡ぶのだから」
ドナーティの思いつめたような表情に、グリフィーニも腹を括る。
「分かりました。国防会議では私が賛成に回りましょう」
ドナーティはグリフィーニの手を取り、頭を下げた。
「ありがたい。ぜひとも協力いただきたい」
その後、国防会議の対応方針について話し合った。
翌日、閣僚と国防軍の間で行われる国防会議にハースの提案が提示された。
国防軍からは反対の声が上がったが、グリフィーニが発言したことで流れは大きく変わる。
「ヤシマで敗れた我が艦隊が、数で勝る帝国艦隊に勝てるだろうか? 無為に敗れるだけならば、再起を賭けて撤退する方が国のためになるのではないだろうか」
その意見にも反対の声が上がった。
「しかし、戦わずして撤退して国民に被害が出たらどう責任を取るのか!」
「その時は私の首でも何でも差し出そう。だが帝国は人口が少ない。つまり彼の国はロンバルディアの肥沃な大地とともに、農地を管理する民を欲しているのだ。金目の物は奪われるかもしれんが、国防軍が抵抗せねば虐殺など起こすまい」
グリフィーニの意見にドナーティも同意する。
「いずれにしても勝てないのであれば、無条件降伏した後のことを考えた方がよい。敵に装備を奪われるくらいなら、祖国解放のために他国に隠した方がよほど現実的だ」
結局、ドナーティが全責任を負うということで防衛艦隊と国防軍の地上部隊の装備はラメリク・ラティーヌ共和国に退避することが決まった。
楽天的であまり物事を深く考えないロンバルディア人がこのような決定をしたことに、提案者のハースですら驚きを隠せなかった。
(こんなに早く決断してくれるなんて……ドナーティ首相とグリフィーニ長官のコンビという奇跡があったからね……)
この作戦は上層部の一部のみにしか知らされなかった。もし、一般市民に知られれば、自分たちを見捨てるのかと非難し、それに同調する将兵によって混乱を招くと考えたためだ。
そのため、秘密裏に詳細な計画が立てられた。
その内容は首相が権限を掌握することに始まり、各部隊の緊急補給計画や地上部隊の移動計画など多岐に渡っている。
ドナーティとグリフィーニはヤシマ及びヒンド共和国への救援派遣という名目とし、多くの将兵は本来の目的を知ることなく、訓練に励んでいく。
後にその手際の良さを知ったハースは驚きながらも呆れていた。
「こう言っては失礼だけど、ロンバルディア人にも用意周到な人はいるのね。それならもっと前から要塞を作ってくれたらよかったのに……」
ロンバルディア星系に要塞を建設する計画は三百年以上前からあった。しかし、議会内での対立とそれを利用して自らの地位を押し上げようとする政治家たちによって、実行に移されることなく棚ざらしにされ続けていたのだ。
もし強力な要塞が建設されていれば、帝国に対する充分な抑止力となり、今回のような面倒な策は必要なかっただろう。
ロンバルディアでの交渉を終えたハースは次の目的地であるシャーリア法国に飛んだ。
シャーリアに到着後、すぐに最高指導者である
「我が国は貴国の若き英雄を見ております。主君を守るために最善を尽くす姿に、戴く神は異なれど我らは大きな共感を覚えました。帝国がロンバルディアに侵攻した際には、我が国も協力は惜しみません」
こうして、アルビオン王国と
■■■
クリフォードは自らへの批判が渦巻く中、戦死者の遺族への手紙を書きながら、DOE5の修理の指揮を執っており、大きな影響は受けなかった。
その後、彼を称賛する声が大きくなったが、それでも彼は特に何も言わずに黙々と任務をこなしていく。
クリフォードに対し、褒賞を与えるべきだという主張が出た時、彼はそれを辞退すると明言した。
「王太子殿下を危険に曝した私はそれを受けるに値しません。今回のことで称賛を受けるべきは異国の地で戦った部下たちです。特に命を散らした者には特段の配慮をお願いしたいと思います」
彼はエドワードを危険に曝したのは、自分が事前に偵察を行うなどの処置を怠ったためだと考え、処分を受ける覚悟すらしていた。
そんな考えを持っており、世論の流れで称賛されることに忸怩たる思いを抱いていた。
結局、クリフォードは昇進も受勲もしなかった。
一方で戦死傷した将兵たちは
そんな中、シャーリア星系での戦いにおいて、問題を起こした士官二名に対する処分が決まった。
敵前逃亡を行うという不名誉な行動に走った元航法長ハーバート・リーコック少佐は軍法会議に掛けられ、不名誉除隊処分となった。
彼は呆けたまま全く反論せず、ごく短時間で結論が出た。リーコック子爵家の嫡男であったハーバートは当主である父に勘当され、貴族としての権利を全て失った。
もう一人の処分対象者である駆逐艦シャーク123号の艦長イライザ・ラブレース少佐も軍法会議に掛けられた。
彼女は自らの行動の正当性を訴えたが、戦闘記録と旗艦DOE5の
自らの功績のために友軍を危険に曝したことに対し、不名誉除隊がふさわしいと考える者は多かったが、ある上級軍人が軍法会議に介入し、降格で済んだという噂が流れた。しかし、真偽のほどは明らかにされず、うやむやのままラブレースは軍を去った。
この二件の軍法会議はクリフォードに対する称賛が最高潮に達した時に行われた。そのため、ほとんどのメディアは気づくことなかった。
クリフォードは新たに加わった部下たちを鍛えながら、家族との平和な時間を過ごしていった。
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