第27話
第一次ジュンツェン会戦でアルビオン軍が用いた戦術、すなわち、戦艦と砲艦のペア運用による超遠距離砲撃とタイミングを合わせたステルスミサイルによる攻撃は、クリフォード・カスバート・コリングウッド少佐(当時)の発案と言われている。
事実、キャメロット防衛艦隊総参謀長アデル・ハース中将(当時)に提出された“戦術研究論文”が資料として残されており、彼の発案であることは間違いない。
しかし、この戦術に関し、コリングウッド少佐は“この戦術は元々あったアイディアを組み合わせたものであり、自分のオリジナルではない”と語っている。
彼の言うとおり、対要塞戦用として開発された砲艦の運用方針書には、この戦術に近い運用が想定されていた。
コリングウッド少佐はこの運用の研究を始めた際、副長であるバートラム・オーウェル大尉(当時)に以下のように語ったとオーウェル大尉の個人用
『この戦術が戦果を上げたとして、賞賛されるべきは発案者じゃない。賞賛すべきはこれほどリスクの高い戦術を採用すると決めた指揮官の豪胆さと、使えると思わせるだけの技量を持った兵たちだろうね……』
彼はそう語っていたが、実際にはほとんどオリジナルと言っていいほど手が加えられている。
彼の考案した戦術は浮き砲台と呼ばれる砲艦の特性を生かしたものだった。
砲艦はその強力な攻撃力と引き換えに防御力と機動力を犠牲にしている。特に機動力に関しては、艦外に陽電子集束コイルを展開するため皆無と言っていい。
集束コイルは艦首から簡単な支持材で固定されているが、言わば“吹流し”のような状態であるため、緩やかな旋回程度であれば耐えられるものの、通常の宇宙艦に要求されるような加速度に耐えられる設計とはなっていない。
通常、艦船には
しかしながら、ICSの効果は艦内に限定され、艦外に設置された集束コイルに作用させることができない。このため、砲艦は主砲の発射準備が完了した後は機動力を完全に失うことになる。
加速さえしなければ、つまり慣性航行であれば問題ないかと言えば、そうとも言えない。宇宙空間は真空だが、僅かながら様々な星間物質が存在する。星間物質との相対速度が大きければ星間物質の運動エネルギーが大きくなり、艦体に衝突した際に損傷を与える可能性がある。
通常の艦船では防御スクリーンにより星間物質からの影響を排除しているが、砲艦の集束コイルは艦外、それも全長の二倍にまで伸ばされるため、防御スクリーンの範囲外となっている。このため、星間物質との相対速度をほぼゼロにする必要があった。
コリングウッド少佐はこの欠点をある方法で克服した。
その方法とは戦艦の強力な防御スクリーンの陰に入れることで慣性航行中の砲撃を可能にするというものだった。
戦艦の全長はおよそ千メートル、一方の砲艦の全長は集束コイルを展開しても六百メートルであり、艦同士を接近させれば十分にスクリーンの効果範囲に入れることは可能である。
この運用の問題点は光速の十パーセント以上、すなわち秒速三万キロメートル以上の速度で移動する艦同士を接近させる必要があるという点だ。艦隊運用規則では艦同士の衝突を回避するため、最低離隔距離を設定している。
これは戦闘時の回避機動を考慮したもので、戦闘宙域では厳格に守られるべき規定とされていた。
特に航法関係の士官にとっては最低離隔距離を下回るような機動は
コリングウッド少佐はあえてこの規則を破る運用を提唱したのだ。
彼の考える戦術では、砲艦どころか戦艦すら回避機動を行わない。つまり、艦同士の相対速度は完全にゼロであり、離隔を取る必要はないと主張した。
航法担当者も実運用上に問題がないことは認めたが、ここで問題が発生した。艦隊運用規則に違反する戦術は認められないと、航法系の将官たちが反対したのだ。
元々、航法関係の士官は保守的な者が多く、規定を杓子定規に守ろうとする者が多かったが、これに対してはハース中将の鶴の一声で解決した。
『艦隊運用規則は新しい戦術に対応していない。規則を守ることに固執するのではなく、規則が想定していない戦術を試みるためにどうすべきか考えるべきである』
こうして戦艦と砲艦のペアによる“バディシステム”が採用された。
コリングウッド少佐の考えはこれだけではなかった。
バディシステムにより慣性航行中でも砲艦による砲撃は可能となったが、戦闘機動ができないことに変わりはない。
コリングウッド少佐はこの事実を逆手に取った。
本来、戦闘中は敵からの攻撃を想定し、
単独の艦であれば手動回避のタイミングと砲撃のタイミングをずらすことにより、AIによる精密照準は可能だが、これを艦隊規模で行うことは現実的には不可能だった。
理由としては艦同士の距離が離れていることにより通信に時差が生じることが上げられる。自艦であれば操舵手の操作が終わったタイミングをセンサー類で検知してタイミングを合わせられるが、他の艦ではコンマゼロ何秒かの通信の遅れが影響を及ぼすことになる。
また、それを回避するには操舵手の操作に制約を加える必要があるが、それが大きくなりすぎと手動回避機動のメリットがなくなってしまう。これらの理由により、艦隊規模での精密遠距離砲撃は現実的ではないとされてきた。
一方、バディシステムでは、各艦は自動回避すら行わないため、相対的に見れば各艦の位置は固定されていることになる。つまり、旗艦のAIによる集中運用が可能となるのだ。このことについて、コリングウッド少佐はこう語っていた。
『要塞砲が集中運用により射程を延ばせるのは、各砲台の位置が固定されているからだ。なら、“動けない”砲艦にも同じことができるはずだ……“浮き砲台”という汚名からインスピレーションを得たんだけどね……』
相対的な位置が固定されている戦艦と砲艦を一つ一つの砲台とみなす。これが彼の考えの基本であったが、これにも多くの批判がなされた。
戦艦はその強力な攻撃力とそれに見合った防御力をもって、敵の戦列に正面から向かっていくというのが、戦術系士官の常識だった。それを砲艦と同じく“浮き砲台”として使うというのは宙軍の華である戦艦を冒涜する思想だと批判されたのだ。
それに対し、ハース中将はこう答えたと伝えられている。
『固定観念に固執して祖国を危うくするのは愚かなことじゃないかしら。
この戦術の寿命が短いということは発案者であるコリングウッド少佐も認識していた。オーウェル大尉の個人用
『この戦術は使えても二回くらいだろうね。こんな特殊な
このフォーメーションの最大の欠点は回避機動が行えないことである。つまり、遠距離からのミサイル攻撃に対して、迎撃用の対宙レーザー以外の防御手段がない。
また、砲艦が戦闘準備を終えるには三十分という比較的長い時間がかかる。この間にミサイル攻撃を受ければ戦艦といえどもすべてのミサイルを撃ち落すことは困難であり、大きな損害を受けるだろう。この点についても言及している。
『……二光分という遠距離とはいえ、
事実、この後の会戦でバディシステムを使用した戦術はほとんど使われていない。但し、ハース中将は以下のような言葉を残している。
『……この戦術は普遍的に使えるものじゃないわ。でも、こういう手があると思わせることで戦術の幅を広げることができるのよ。つまり、こういう戦術を採るかもしれないと思わせることによって、敵の行動を誘導することができるということ。それだけでも十分な価値はあるのよ……』
ハース中将は手放しで賞賛しているが、批判的な意見を繰り返す者はいた。その一人が第三艦隊司令官ハワード・リンドグレーン大将で、彼はこのように述べたと言われている。
『奇妙な戦術ほど世間には受けるが、ほとんどの戦いは常識的な戦術の組合せにしか過ぎない。一度しか使えぬような戦術をことさら持ち上げるのはいかがなものか』
彼の発言は正論だったが、ほとんどの人は彼の言葉に耳を傾けなかった。
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