第26話

 宇宙暦SE四五一八年六月十七日 標準時間二三一〇。


 時はアルビオン艦隊が一斉攻撃を加える前に遡る。


 マオ上将は敵の不可解な機動に混乱していた。

 敵は巡航戦艦を主力とする高機動部隊とそれ以外の艦艇に分離しており、そこまでは予想の範囲内だった。


 しかし、敵の戦艦群は砲艦や補助艦艇とともにO・一光速で慣性航行を続けており、更に不可解なことに高機動部隊もその加速性能を生かすことなく、緩慢な減速を続けていたのだ。


(おかしい。こちらに有利なことは間違いないのだが、敵がこの程度のことに気付かぬはずはない。最も違和感があるのは、敵の指揮官が猛将サクストンだということだ。奴がこのような中途半端な隊形を理由もなく命じるはずはない……)


 マオはそのことを先行するティンに伝える。既に彼らの間に一光分の距離があった。

 二分後、ティンからの返信がある。


「何を心配しているのかは分からんが、敵が何を考えていようと、この機を逃す必要はあるまい」


 マオが返信しようとコンソールに手を置いた時、作戦参謀の甲高い声が戦闘指揮所CICに響いた。


「敵が! 敵が攻撃を開始しました!」


 まだ、先行するティン艦隊と敵別働隊の距離は約二光分、巡航戦艦の主砲の射程の四倍近い距離があり、常識的に考えて戦闘はありえない。そう思い、その声の主を叱責しようとマオが顔を上げると、メインスクリーンに映る光景に彼は混乱する。


 反物質が星間物質と反応してできた真っ白な光の柱が残像として映っていたのだ。その残光が消えると、味方の軽巡航艦や駆逐艦がオレンジ色の光はなって次々と爆発していく。


 一瞬、最も近い位置にいる敵高機動艦部隊からの攻撃と思ったが、光の柱は更に後方にいる戦艦群から伸びていたことが分かった。


(何が起きている! あれだけの距離があれば、いかに戦艦の主砲といえども輸送艦の防御スクリーンすら貫けぬはずだ……いや、あれは要塞砲並のエネルギーだった……敵は何をした!)


 マオは混乱しながらもティン艦隊に命令を発した。


「ティン艦隊は直ちに転進! J5要塞へ帰投せよ!」


 そして、動揺する味方に対しても、


「落ち着け! 敵が反転してくるならば、要塞に引きずり込めばよい! 我々はティン艦隊の退路を守るのだ!」


 マオの叱咤に将兵たちの動揺が収まる。

 しかし、彼の心の中は未だに混乱が続いていた。その混乱を抑えるべく、ごく当たり前の命令を情報担当士官と戦術担当士官に発していた。


「情報担当! 味方の損失を報告せよ! 戦術担当は敵が何をしているのか! すぐに解析を行え!」


 CICではティン艦隊からの報告や各戦隊司令からの問合せなどが相次ぎ、怒声に近い声でやり取りが行われていた。騒然としたCICの中でマオは混乱した頭を整理しようとしていた。しかし、その努力は次の言葉で水泡に帰す。


「敵の第二撃確認! ティン艦隊損害多数!……巡航戦艦、中破五、小破十八……重巡航艦、喪失五、大破十二……」


 情報士官の損害を読み上げる声がCICに響いていた。予想以上の損害にマオの表情が固まっていく。


 それ以上に衝撃的だったのはメインスクリーンに映ったティン艦隊の姿だった。ティン艦隊は最初の攻撃を受け、J5要塞に転進しようと、針路を左舷側に振った。その直後、その脇腹とも言うべき箇所に戦艦数隻分の太さはあろうかというビーム光が突き刺さったのだ。


「敵の攻撃方法が判明しました!」


 戦術士官の上擦った声がマオの耳朶を打つ。


「どのような方法だ」


「戦艦及び砲艦、計千二百隻による集中砲撃です! 総出力は推定二十五ペタワット、要塞砲に匹敵します!」


 J5要塞の要塞砲は百テラワット(一千億キロワット)の主砲が三百門あり、それを集中運用することにより、三十ペタワット(三十兆キロワット)の高エネルギーを放出する。


 この集中運用により、射程を延ばすことができ、二光分以内にある戦艦を一撃で轟沈させることができる。今回のアルビオン側の攻撃はそれに匹敵する二十五ペタワットであり、二光分という艦隊戦では常識外の距離からの攻撃を可能にした。


「信じられん……いや、確かに理論的には可能なのだが……なんという非常識な……」


 マオもこの攻撃方法についてある程度知っていた。

 そして、目の前で起こった事実から直感的に正しいと感じていたが、自らの常識を覆されたことに絶句する。


 ゾンファ共和国でも戦艦や巡航戦艦の主砲の集中運用の研究はなされていた。主砲の集中運用は荷電粒子同士の干渉を防ぐため、参加するすべての艦を完全に同期する必要があり、一時的とはいえ、司令部の人工知能AIによる完全な自動操縦となる。


 また、一個艦隊二百隻程度では四ペタワットと出力が低く、射程も通常の倍、一光分程度に伸ばせるかどうかだ。


 その程度の効果に対し、決定的に不利な点があった。それは操舵手による手動マニュアル回避運動が行えなくなることから、遠距離からのステルスミサイルによる攻撃に対して無防備になる。

 メリットの割にデメリットが大きすぎ、それ以上の研究は進められなかった。


 唯一、五個艦隊以上の大艦隊による対要塞戦での戦術として研究が進められていたが、要塞砲の射程距離以上に伸ばすことはできず、また、要塞砲が戦艦群に向けられた場合、無為に戦艦が損なわれるとして、この戦術は理論上のものとされていた。


 マオが呆然としているうちに第三射が放たれていた。

 マオは我に返り、「敵高機動艦部隊の動きに注意しろ!」と命じた後、「ティン艦隊と合流後、J5要塞に帰還する」と命じた。


「ティン提督より連絡が入っております!」


 通信士の言葉に頷くと、司令官用のコンソールを操作し、遮音フィールドを発生させる。

 冷静さを失わないように大きく息を吐き出した。


「ティン上将、状況の報告を頼みます」


 司令官用のモニタに怒りと焦りの表情を交互に見せるティン・ユアン上将の姿が映っていた。ティンはマオからの言葉を待つことなく、話し始めていた。


「すぐに救援を頼む。敵はとんでもない攻撃をしてきたのだ……」


 マオはティンに見えないように舌打ちする。


(状況報告を求めたのだ。救援要請より現状と見通しを説明する方が先だろう……)


 マオも距離による時間差を無視して言葉を発した。


「ティン提督。こちらは支援・・に向かっております。ですが、現状と見通しを先にご説明いただけないか」


 救援という言葉をあえて支援という言葉に替え、ティン艦隊が窮地に陥っているわけでないと暗に気づかせる。


 二分という時間差をイライラと待っているが、その間にも敵の砲撃は続いていた。

 ティンはマオの言葉の意味に気づき、パニックに陥っていたことを誤魔化すかのように仏頂面で報告を始めた。


「敵の攻撃は続いておる。既に艦隊の半数が傷つき、二割を失った。幸い、巡航戦艦に大きな損害はない。うゎ! 何事だ!……」


 マオが見つめるモニタの中で、ティンが大きく揺れて姿を消した。画面に映る背景が非常灯の赤い光に変わる。更に警報音が響き、人工知能AIの中性的な声による警告が流れている。


『右舷装甲板損傷。最外殻ブロック減圧中……エリア一斉隔離信号AIS発信。隔離シーケンス作動開始します。最外殻ブロックの乗組員は直ちに退避してください。繰り返します……』


 マオには何が起こったのか全く判らなかった。

 遮音フィールドを切り、報告を求めると、


「ティン艦隊、ステルスミサイルによる攻撃を受けております! 敵高機動艦隊よりの攻撃……第二波です! ミサイル数……す、推定十万基! 全艦からの一斉発射と思われます!」


 ティン艦隊からの情報が目まぐるしく変わっていく。損傷を受けた艦の数は指数関数的に増え、それに反比例する形でメインスクリーンに映されたティン艦隊の所属艦を表す光点が消えていく。


(タイミングを合わせてのミサイル攻撃か。巧妙な……いや、考えればすぐに分かったはずだ……分かっていたとしても間に合わなかっただろう。それにしても敵には相当な切れ者がいる……ハースか! あの女狐め!……いや、ハースは戦術家というより戦略家だ。このような奇手を使うことは少ない……今はそんなことを考えている場合ではない。ティン艦隊をどう救うかを考えねば……)


 マオは自らが率いる戦艦を主力とする約七千五百隻を、崩壊しつつあるティン艦隊の盾とすべく、慎重に前進させていく。

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