第17話

 宇宙暦SE四五一八年三月十日。


 キャメロット星系のスパルタン星系側ジャンプポイントJPに、ヤシマ防衛軍第二艦隊副司令官、タロウ・サイトウ少将率いるヤシマ艦隊が到着した。

 総数は五千二百隻余。


 その多くが傷付き、隊形を保つことすら難しいのか、いびつな球形陣を辛うじて保っているに過ぎなかった。また、経済的な巡航速度である〇・一光速すら出せない艦が多いのか、〇・〇五Cという“低速”で航行している。


 アルビオン軍の将兵たちは前々日の三月八日に情報通報艦よりもたらされた情報によって、ヤシマ艦隊の状況は知っていたが、実際にその姿を目の当たりにすると、ゾンファ共和国がその野心を剥き出しにした事実を実感する。


 サイトウはキャメロット星系政府に向けて通信を行った。


 彼は柔道で鍛えた分厚い体躯、太い眉と角ばった顎が意志の強さを感じさせる容貌だ。しかし、一ヶ月に渡って敗残兵集団を率い、ともすれば脱落しそうになる艦を忍耐と努力で纏め上げていた気苦労から、強い疲労感を漂わせている。


 キャメロット星系政府よりヤシマ防衛軍将兵の亡命が承認されたことが伝えられ、更にキャメロット防衛艦隊司令部よりヤシマ艦隊の修理と補給の申し出を受け、初めて彼の強張っていた表情が緩んだ。


 四十時間後の三月十二日。

 傷ついたヤシマ艦隊は第四惑星ガウェインの衛星軌道上にある大型兵站衛星プライウェンに到着した。


 サイトウは全ての艦が収容されたことを確認した後、キャメロット星系政府と防衛艦隊司令部を訪問した。


 彼は部下たちの受け入れと艦の整備・補給に対し、感謝の意を伝えるとともに、ゾンファ共和国の暴挙について語った。


「……確かに我々は準備不足でした。ですが、彼らは民間施設を盾に攻撃を仕掛け、更には惑星上への無差別攻撃すら示唆したのです。そして、敗れた我々に対しても、降伏の意思を見せているにも関わらず、何百隻という艦が沈められました……敗残の将が言う言葉ではありませんが、このままの国を放置すれば、必ず貴国に災いをもたらすでしょう。ゾンファは飢えた狼。奴らの野望を打ち砕かねば、宇宙に未来はないのです……」


 サイトウの言う通り、ゾンファ艦隊はヤシマ防衛艦隊を攻撃する際に民間施設であるリゾート施設を攻撃していた。更に質量兵器である整形された小惑星クラスの岩塊を準備しており、それを隠そうともしなかった。


 また、最後まで抵抗していたヤシマ艦が降伏を認められなかっただけでなく、自らの戦果とするため、故意に降伏を無視して攻撃してもいた。


 ヤシマ艦隊の持ち込んだ映像が公開されると、キャメロットでは反ゾンファの声が一段と大きくなった。


 ゾンファ共和国とは先の戦争の際に停戦合意をしているものの、未だに条件で折り合わず、正式な停戦条約は締結されていなかった。


 つまり、アルビオン王国とゾンファ共和国は一時的な休戦状態に過ぎず、元々ゾンファに対して非好意的な感情が強かった。


 更に四年前、クリフォードが奮戦したターマガント星系での戦いでは、ゾンファ共和国の諜報部が謀略を仕掛けてきたことが明らかになったが、ゾンファは関与を認めず、逆にアルビオンの謀略であると非難していた。


 そのような状況も重なり、市民たちの反ゾンファ感情は爆発寸前まで膨れ上がっていた。


 ゾンファ共和国のヤシマ占領の報を聞いた直後に、外交官らはヤシマに急行していた。しかし、ゾンファ共和国の外交関係者と接触することなく、ヤシマ解放艦隊司令官を名乗るホアン・ゴングゥル上将からの一方的な通告を受けた。


 即刻撤退するようにと勧告するアルビオンの外交官らに対し、ホアンはこう言い放った。


「我々はヤシマ政府の正式・・な要請により治安維持を行っている。ヤシマは我が共和国と恒久的な平和条約を締結し、宇宙の平和のためともに手を取っていくこととなった。各国には独立国家・・・・ヤシマの主権を侵すことがないよう切に望むものである……」


 アルビオン側が抑留されている自国民の解放を要求すると、


「貴国民にはヤシマの平和を乱す破壊工作を目論んだ者が多数認められた。このため、ヤシマ政府・・・・・の取調べが終了し、事実関係が明らかになるまで身柄を拘束する……彼らの家族についてもヤシマ政府が責任を持って保護すると約束しよう」


 外交官らは粘り強く交渉したが、「これ以上の本星系に滞在するならば、謀略工作を企図したとして拘束する」と恫喝され、アルビオン外交団は最後通牒を突きつけるだけで、ヤシマから引き上げることしかできなかった。


 この報告を受け、市民たちの反ゾンファ感情は極限に達した。それに比例する形で、亡国のヤシマ艦隊への同情の声が大きくなっていく。


 これは反ゾンファ報道がもっとも視聴率を上げられるコンテンツであると判断した商業マスコミと、次の総選挙を意識した政治家たちの思惑が複雑に絡み合った結果でもあった。


 いずれにせよ、この世論に逆らいようはなく、民衆の声に押される形で政府も軍も動いていった。


 キャメロット星系政府はヤシマ亡命政府の樹立を発表した。

 外交はアルビオン“王国”政府の専権事項であり、地方行政府に過ぎないキャメロット星系政府の措置は暫定的なものに過ぎないのだが、自由星系国家連合フリースターズユニオンとの関係を考慮し、更にはヤシマ解放の正当性を主張するために行われている。


 亡命政府の首班は予想通り、サイトウ少将に決まった。正式な閣僚名簿などはアルビオン王国政府の承認後に発表される予定となっていた。


 クリフォードたちキャメロット防衛艦隊の将兵たちは、来るべきゾンファ進攻作戦に向け、準備を始めた。


 正式発表はないが、ゾンファ共和国の前線基地があるジュンツェン星系への進攻艦隊は第一艦隊を始めとする六個艦隊と決まっていた。その中に第三艦隊も含まれており、レディバードの乗組員たちも訓練に熱が入っていく。



 五月十五日。


 アルビオン星系から王国政府の決定が通達された。

 ゾンファ共和国のヤシマ占領行為は、先の停戦合意を踏みにじるものであると断じ、停戦合意を破棄することが伝えられた。


 そして、ヤシマ解放作戦、作戦名“ヤシマの夜明け――Operation Yashima Dawn――”、通称YD作戦が発動された。


 YD作戦は参加総兵力十一個艦隊約五万五千隻、動員数約七十万人というアルビオン王国史上において類を見ない大兵力を投入する作戦となった。


 ジュンツェン進攻艦隊は六個艦隊で、キャメロット第一、第三、第五、第六、第八、第九艦隊で構成される。


 このうち、第六艦隊と第八艦隊は隣のアテナ星系で合流することになっていた。キャメロットを進発する四個艦隊は明後日の五月十七日に出撃することが決定した。


 ヤシマ進攻艦隊はアルビオン艦隊から第一、第四、第五艦隊とキャメロット第七艦隊、更にヤシマ亡命艦隊で構成され、約一ヶ月後の六月十二日に進発することとなった。



 クリフォードは短い休暇を自宅で過ごし、愛妻ヴィヴィアンとの別れを惜しんでいた。

 本格的な戦争が始まるということで妻を心配させないため、努めて明るく振舞うことを心掛けている。


「今回は大きな戦闘にはならないはずなんだ。もし、戦闘になっても砲艦の出番は多分ないよ。だから、安心していい……」


 実際、ジュンツェン星系で砲艦戦隊が活躍する場はほとんどないと考えていた。同星系には第五惑星付近に大型要塞が存在するが、今回の作戦では星系の攻略は考慮されていないため、砲艦による拠点攻撃は行われないだろうと考えていたのだ。


(砲艦も使い道はある。マイヤーズ中佐に提出した戦術研究論文は、総参謀長はお認めになられたようだが、リンドグレーン提督を始め提督方はお認めにならなかったと聞いた。だとすれば、ハイフォン側ジャンプポイントJPの防衛部隊に回されるだけだろう……)


 クリフォードは砲艦の画期的な運用方法を、上官である砲艦戦隊司令エルマー・マイヤーズ中佐に提案していた。マイヤーズはその有用性を認め、独自に訓練計画を立案し実施していたが、第三艦隊司令官ハワード・リンドグレーン大将はほとんど興味を示さなかった。


 マイヤーズはその運用方法を戦術研究論文として、総参謀長であるアデル・ハース中将に送付していた。ハースはその運用の可能性を認め、“研究”の一環として訓練を行うよう全艦隊に指示を出した。


 クリフォードは意識を妻に戻し、彼女の肩を抱きながら、


「早くても三ヶ月は戻れないよ。寂しいけど、帰ってきたらちょっとした休暇がもらえるはずだよ。どこか静かなところでゆっくり過ごすのもいいね……」


 キャメロット星系からジュンツェン星系までは約二十パーセク(約六十五光年)あり、往復するだけでも五十日以上掛かる。


 更にヤシマに進駐しているゾンファ艦隊がジュンツェンに戻ってくるまでの期間を考えると、三十日ほどが加わるはずで三ヶ月というのはほぼ最短の期間だった。


 妻とのゆったりとした時間を過ごし、翌日、クリフォードは指揮艦レディバード125号に戻っていった。

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