第20話
次の攻撃で全滅するかもしれないと悲壮な思いを抱いていたが、敵からの攻撃は一分ほど前から止まっていた。
(どういうことかしら? デンゼル大尉の言っていた“敵を引き付ける”というのが成功したのかしら?)
ブラボー隊の指揮官ナディア・ニコール中尉はそう思っていたが、まだ敵が待ち構えているはずだと、ここから逃げ出したいという衝動を無理やり抑える。
全員が息を潜めていると、カツカツという硬い足音が聞こえてきた。
敵の大型レーザーが空けた穴を敵兵の影が
ニコール中尉は静かに攻撃を決め、ハンドサインで部下たちに攻撃準備を命じた。
五秒後、一人の敵兵がゆっくりと入口を覗き込んだ。
「攻撃開始! 通路に向けてグレネード発射! ミラー、リード、付いてきなさい!」
ブラボー隊の六名は、中尉の命令と共に一斉に攻撃を開始する。不用意に顔を出した敵兵を撃ち殺した後、三発のグレネードを通路に向けて発射した。
通路に三回の爆発音が響いた。
ニコール中尉は一呼吸置いてからフレッド・ミラー一等兵とジェレミー・リード二等兵を引き連れ、通路に飛び出していく。
彼女たちの前には数人の敵兵が倒れ、その後ろには立ちつくす五、六人の敵兵がいた。
思わぬ反撃とグレネード弾の爆発に怯み、一瞬、敵の反撃が遅れる。
ニコール中尉たちは更に三人にダメージを与えると、二発のグレネードを奥に放った。
グレネードの爆発により、更に敵は混乱し、我先にと後退していく。
ニコール中尉はこの隙を逃さず、危険なこのエリアから撤退することを即断した。
「全員、撤退! ラングフォード候補生、先頭を行きなさい!」
彼女は二人の兵と共に
グレネードの爆発の直後、敵から数条の熱線が走る。
その攻撃を受け、リード二等兵が負傷するが、敵も再反撃を恐れ、それ以上追撃してこなかった。
ブラボー隊は監視装置を無効化する特殊塗料であるBPXにより保安システムが無効化された通路を必死に進んでいく。
負傷者を庇いながらの移動であり、脱出ルートが長く感じていた。
ブラボー隊が必死の撤退戦を繰り広げている頃、通商破壊艦P-331の巨大な
ドックの外にある制御室でも爆発が起こり、ドック内は非常照明に切り替わると共に、警報装置を兼ねた回転灯が赤い光を断続的に放っている。
その赤い光が点滅するドック内では、大小様々な破壊された機器の破片や部品が飛び交い、混沌とした状況だった。
真空でかつ無重力なため、爆発のエネルギーを受けた破片は、壁やP-331の艦体にぶつかり、跳ね返った後も宙を漂い続け、更に壁などにぶつかり、ブラウン運動にも似た運動を続けていく。
ガイ・フォックス三等兵曹はプロらしい冷徹さでドック内の被害状況を確認すると、その結果を指揮官であるブランドン・デンゼル大尉に報告した。
「
デンゼル大尉は満足げに頷いた。
「了解。あとは撤退だけだな。クリフ、撤退するぞ!」
その直後、大尉の体が壊れた人形のように横に吹き飛ぶ。
フォックス兵曹は咄嗟に大尉の体を支えた。
「大尉!」
フォックスの言葉にデンゼル大尉は反応しない。
彼が左を見ると、ドックの反対側からハードシェルを着た多数の敵兵の姿が見え、ブラスターライフルを構えて接近してくる。
「ミスター・コリングウッド! 敵兵です! た、大尉が撃たれました!」
クリフォード・コリングウッド候補生は、ブラスターのビームが頭上を掠めていく中、ライフルを構えたまま、落ち着いた口調で命令を発した。
「全員、遮蔽物に退避! フォックス、大尉の状況を教えてくれ」
アルファ隊の兵士たちは、それぞれ手近な遮蔽物に身を屈め、敵兵の攻撃から身を隠した。
「デンゼル大尉は意識不明……バイタルは……血圧低下……自動救命システム作動確認……心拍数安定。ハードシェル
一時のパニックから立ち直ったフォックス兵曹が平坦な口調で報告する。
クリフォードはデンゼル大尉の容態が安定していることに安堵するが、すぐに自分が指揮を執らなければならないことに気づき、戦慄する。
(僕が指揮を執るのか。初陣の半人前以下の僕が……でも、僕しかいない!)
彼はすぐに覚悟を決めると、次々と指示を出していく。
「フォックス、技術兵にも応戦させろ! バトラー、キーオン、二人で大尉をエアロックまで運べ!」
クリフォードは命令を発しながらもブラスターライフルで味方の援護をするが、それ以上に敵兵からの攻撃が激しく、敵の接近速度が緩むことはなかった。
ヘーゼル・ジェンキンズ三等兵曹が「ミスター・コリングウッド!」と叫び、持っていたCX爆薬をアンダースローで敵兵に向けて投げ込む。
敵兵たちは手榴弾のような対人兵器を投げつけられたと思い、咄嗟に身を伏せ、遮蔽物の陰に飛びこむ。
爆発に身を固くしているが、数秒経っても爆発しない、このため、彼らは不発弾と判断し、再び接近し始めた。
クリフォードはジェンキンズの意図を理解し、敵の銃撃の中、身を乗り出してCX爆薬を狙撃する。
敵兵の周辺が真っ白な閃光に包まれる。兵たちは慌てて遮蔽物に隠れるが、空気の無いドック内では直撃でもしない限り、ダメージは与えられない。それでも生存本能が勝り、反射的に隠れてしまった。
その隙を突き、セシル・バトラー一等技術兵とジェニファー・キーオン二等技術兵は、意識を失ったデンゼル大尉の体を侵入に使ったエアロックに押し込んでいく。
敵の混乱の隙を突き、クリフォードたちもエアロック近くの大型コンテナの陰に逃げ込むことに成功した。
「全員、各自の被害状況とグレネードの残数、ブラスターのエネルギー残量を報告してくれ。ジェンキンズ、CX爆薬の残量を確認してくれ」と静かに命令を出していく。
フォックス兵曹から順に報告が始まった。
幸いなことにデンゼル大尉以外、負傷者はなく、ブラスターのエネルギーもまだ充分に残っていた。しかし、切り札となるグレネードはあと五発、CX爆薬も四個しか残っていなかった。
(敵の数は三十人くらいか……ブラボー隊を後方から襲ったP-331の増援のようだ。これでブラボー隊が退却するまで時間を稼げるかな)
彼は全員に反撃を命じると共に、銃撃の手を緩めず、ブラボー隊のニコール中尉に連絡を入れる。
「こちら、アルファツー、ブラボーリーダー応答願います。アルファリーダーが負傷しました」
「こちらブラボーリーダー、アルファツー状況を報告しなさい」と通信機からニコール中尉の緊迫した声が聞こえてきた。
「アルファリーダーは意識不明。現在、指揮はアルファツーが代行中。ドック内の破壊はほぼ完了。撤退準備中です」
「分かったわ。ブラボー隊は潜入したエアロック横保守エリアまで撤退中よ。あと五分で到着できるはず。アルファ隊も準備完了次第、すぐに撤退しなさい」
彼女はクリフォードにそう命じるとすぐに通信を切った。
クリフォードは、撤退できるならすぐにでもしたいのだがと思いながら、撤退方法を考えていた。
「フォックス、我々が撤退する時にこのエアロックを爆破したい。さっきいた保守エリアから遠隔操作は可能か?」
フォックスはためらいもなく、「可能です」と短く答える。
クリフォードは敵に銃撃を加えながら、
「このエアロックを破壊した場合、全エリアの緊急用シャッターは下りると思うか?」と掌帆手であるフォックスに確認する。
フォックスは銃撃が頭上を飛び交う中、プロらしい落ち着いた口調で報告する。
「推測になりますが、恐らく
「了解。ではバトラーはエアロック破壊準備を、キーオンは大尉の撤退補助の準備を、他の者は敵を近づけさせるな!」
最後はブラスターライフルを撃ちながら叫んでいた。
二、三人に有効なダメージを与えたものの、敵は徐々に接近してくる。
(最終的に脱出する際には、このエアロックを破壊するとして、この状況からどうやって全員で逃げ出すかだな。敵の数はまだ減っていない。別の通路を使って回りこまれる前に脱出したいんだが……)
追撃をどう防ぐかで彼は悩むが、時間が貴重だとすぐに頭を切り替える。
「全員聞いてくれ! グレネードの残弾をすべて敵に撃ちこむ。その隙を利用してエアロックに退却、すぐにドック側の扉を閉鎖し通路に退却する。私のカウントダウンでグレネードを撃ってくれ!」
早口で命令を出す。
そして、全員から了解の返事を待ってから、「五、四、三、二、一、発射!」と命じると、敵兵が集中している付近目掛けて五発の擲弾が放たれた。
数秒後、ほぼ同時にグレネード弾が爆発し、僅かにドックの床を揺らす。
爆発による破片が飛び交う中、クリフォードは最後まで援護射撃を行い、締まりつつある扉の隙間に体を滑り込ませていた。
その直後、エアロックのドック側の扉は完全に閉止された。アルファ隊は頑丈なエアロック内に退避することに成功した。
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