第18話

 宇宙暦SE四五一二年十月二十三日 標準時間〇八三〇。


 ブルーベルの潜入部隊がクーロンベースに侵入を果たした頃、ベースの主制御室MCR内では警報音が鳴り響いていた。


「H点検通路減圧! 常用エアロック故障! H点検通路監視システム全停ブラックアウト! 原因不明、調査します!」


 オペレータの緊迫した声が警報音に被る。

 その報告にクーロンベース司令のカオ・ルーリン准将が工事担当に緊張感のない声で確認する。


「流れ弾か? Hブロックでの作業予定は?」


「作業予定はありません。Hブロックの先は二時間前に損傷が確認されており、敵の攻撃が止むまで放置することになっております」


「保安長、Hブロックの状況を確認させろ。敵の強襲部隊の可能性がある。念のため武装させておけ」


「了解しました」という声が聞こえ、すぐに保安要員と技術者に指示を出して行く。


(また、故障か……工事途中とはいえ、このタイミングで故障しなくてもよいものを……)


 カオ司令がそんなことを考えながら、未だ続く敵スループ艦からの攻撃を眺めていた。


(それにしてもしつこいな。無駄だということが分からないのか? ふっふっ、豆鉄砲では効かないと教えてやりたいくらいだ……)


 十分後、侵入者防護警報(フィジカルプロテクションアラーム)が鳴り響く。


「PPA確認! 侵入者の可能性があります!」


 保安要員の報告に、カオ司令はシートから立ち上がり、「状況を報告しろ! 何をやっているか!」と怒鳴る。


 その怒鳴り声に保安長の焦りを含んだ声が応える。


「Hブロックから正体不明の武装集団約二十名が侵入。Hブロックに派遣した兵が現在交戦中です!」


「保安システムはなぜ作動していない! システム責任者は直ちに原因を究明しろ! クソッ、何から何まで私が言わなければいけないのか! 自分の判断で直ちに行動し、正確な情報を報告しろ!」


 カオ司令は額に青筋を立て、金切り声でMCRの部下たちに当り散らす。


「Hブロック派遣者からの連絡途絶! 全滅した模様!」


 司令は保安長のその言葉に再び怒りを露にしながら、「ワン艦長を呼び出せ!」と命じていた。


 すぐにスクリーンに通商破壊艦のワン・リー艦長が姿を現す。

 彼は既に装甲服を身に着けており、肩には無骨なアサルトライフルを担いでいた。


「君の言っていた通り、敵が侵入してきた。こちらの保安責任者が無能で困っているよ。すまないが、君に指揮を頼みたい」


 それまでの金切り声とは打って変わって鷹揚に命じていた。


「了解しました。それでは敵を排除します。そちらはシステム防御をお願いします」と言ってすぐに通信が切られる。


 カオ司令は、まだ完全に冷静さを取り戻してはいなかったが、システムのプロテクトと非戦闘員の退避を命じ、シートに深々と座り込んだ。



 ワン艦長はカオ司令からの命令を受け、“最初から俺に任せておけばいいものを!”と心の中で罵った後、P-331の部下たちに命令を出していく。


「グァン・フェン。俺が戻るまでここの指揮を頼む。チャン、三十名の部下と共に俺について来い。クーロンのパワープラントエリアに向かうぞ!」


 グァン・フェン副長とチャン・ウェンテェン甲板長にそう命じ、二人の返事を待つことなく、戦闘指揮所から飛び出していった。


 チャン甲板長はすぐに艦長を追いかけ、残されたグァン副長は肩を竦めながら、自分に任せてくれればいいのにと考えていた。



 十分後、ワン艦長に率いられた三十名の重武装の兵たちは、パワープラントPP行きメイン通路に到着した。


 前方では先に送り込んだP-331の十五名の兵士が足止めをしており、保安システムが復旧したのか、自動迎撃システムのレーザーも敵の装甲服に命中し、白い閃光を弾けさせている。


「よし、ここで挟み撃ちにするぞ! どうせ造りかけの拠点ベースだ。少々吹き飛ばしても構わん! 壁ごとぶち抜いてしまえ!」


 車載用では無いかと思われるほど巨大な高出力レーザーの使用を許可した。


 そのレーザーにより一人の兵士の上半身が蒸発する。


「こりゃ、オーバーキルだな。まあいい。重要設備にさえ当てなければ、気にする必要は無いぞ!」と努めて陽気な声で部下たちを鼓舞する。


 しかし、彼の心中はそれほど楽観的なわけでもなく、敵の意図を計りかねていた。


(本当にこいつらだけなのか? PPを狙うのはいい。最初の遭難船の積荷を調べればヤシマ製のPPシステムだと分かるからな。本体でなくともエネルギー伝送系を破壊するだけでも目的は達せられる。しかし、どうも気になる……)


 彼は目の前の敵兵たちが陽動ではないかと疑っていた。

 カオ司令の言葉ではないが、敵スループの人員数、搭載艇の能力から考えて、二十名程度が限界だろうから、全数であってもおかしくはない。


 更に保安システムが回復してからも新たな敵発見の報告が無いことから、自分が考えすぎかもしれないとも思うものの、なぜか引っ掛かるものを感じていた。



■■■


 十月二十三日 標準時間〇九一〇。


 アルビオン軍潜入部隊アルファ隊はドックの制御室に潜んでいた。

 指揮官であるブランドン・デンゼル大尉は、ドックの爆破準備を部下たちに任せ、陽動しているブラボー隊の状況を確認することにした。


「ブラボー隊に連絡する。何かあればすぐ教えてくれ」とガイ・フォックス三等兵曹に言った後、ブラボー隊指揮官ナディア・ニコール中尉を呼び出す。


「こちらアルファリーダー。ブラボーリーダー、応答せよ。ブラボーリーダー、状況を報告せよ」


「こちらブラボーリーダー! 現在PP行き通路で敵の攻撃を受けています。特に後方から来た部隊が強力です! 現在、通路脇の倉庫に立て篭もっています!」


 ニコール中尉の焦りの混じった声と激しい爆発音が聞こえてくる。


「ナディア! どのくらいもたせられる!」


「分かりません! 敵は三十人以上です! 既にこちらは六名戦死、二名負傷です。何とかグレネードで抑えていますが、二十分、いえ、十分が限界です! また、一人戦闘不能……できるだけ早く支援を!」


 そう叫んだ後、小声で付け加える。


「敵が多すぎます。大尉たちだけでも脱出して下さい」


 彼は一瞬言葉に詰まる。


「諦めるな! 何か考えてみる!」と鋭く言った後にもう一度、「諦めるな」と付け加えた。


 通信を切り、クリフォードたちの作業状況を確認する。


「爆薬の設置状況は?」と冷静さを装いながらクリフォードに確認する。


通常空間航行用機関NSD調整設備と超光速航行機関FTLD調整設備は制御装置の破壊準備が完了、大型マニピュレータと自動溶接機の制御装置は三十パーセント完了、あと十分で終わります」


 デンゼル大尉はクリフォードに近づき、小声で状況を伝える。


「ブラボー隊がまずい状況になっている。通商破壊艦からの応援部隊に挟撃されているようだ。もってあと二十分だ……」


 クリフォードは感情を押し殺した声で「この後はどうしますか? ブラボー隊は?」と確認する。


 デンゼル大尉は、周りに聞こえないようクリフォードだけに「この状況ではブラボー隊は諦めるしかない」と言った後、「何も思いつかない……」と呟く。


 クリフォードは反撃があることを予想していたが、これほど迅速に、そして強力な反撃があるとは思っていなかった。

 自らの策で味方が窮地に陥っていることに彼は自責の念を感じ、奥歯をぎしりとかみ締める。


(何か方法は! 冷静になって考えるんだ。敵の数は? 通路の状況は? 敵は何を考えている?……)


 数秒考えたあと、彼は冷静な口調を保つことに注意しながら声を発した。


「大尉、ブラボー隊を救う方法を考えました」


 彼の言葉にデンゼル大尉は頷き、先を促す。


「ブラボー隊が危機的な状況なのは後方からの増援が原因です。増援は通商破壊艦から派遣された部隊と思われますから、この部隊を引き上げさせれば脱出の可能性は出てくると思います……」


 P-331から派遣された部隊を引き上げさせれば、ブラボー隊は退路が確保できる。更に前方にいる敵はPPパワープラントを守るため追撃しないと考えられ、タイミングを合わせて動けば脱出できる可能性があった。


 派遣された部隊を引き上げさせるためには、P-331に直接的な危機が迫っていると認識させることと、P-331から追加の増援が出せない状況にすることが必要になる。


 追加の増援を出させないためには、ドック内での破壊活動を断続的に続け、P-331のハッチを開けると危険な状況と認識させればいい。


 こうしておけば、ブラボー隊の他に別働隊がいることが分かるため、派遣された部隊は引き上げざるを得ない。


 ドック内は無重力状態であり、火災防護と酸素の節約の観点から真空状態になっていた。


 この状況を利用し、まず、ドック内で大きな機械を破壊。その後、時間差を付けて、その他の機器類を破壊していけば破片が飛び散り、P-331は自らの損傷を避ける意味からエアロックを容易に開けることができず、増援は出てこられない。


 更に破壊活動を繰り返せば、ブラボー隊への圧力は減る。

 アルファ隊は退路を確保しつつ、派遣部隊を攻撃し、ブラボー隊が撤退した後、脱出する。その際、使った退路を破壊して追撃を受けないようにすれば自分たちも脱出できる。


 今回の作戦ではドック内に入ることなく、制御装置を中心に破壊する予定であった。しかし、この変更案ではドック内の機器を直接破壊する必要がある。


 ドック内のセキュリティシステムはまだ生きている状態で、侵入すればすぐに気付かれてしまう。このため、機器を破壊するための爆薬設置の時間が無い。

 そこまでの説明を聞いたデンゼル大尉が疑問を口にする。


「どうやって爆薬を設置するのだ?」


「ドック内に侵入後、誰かに爆薬を投げてもらい、私がブラスターライフルで狙撃します」


「しかし、それでは確実性にかけるのではないか?」


いいえ、大尉ノー・サー。大丈夫です。私が狙撃で確実に爆発させます」


 クリフォードが僅かに上気した顔で自信有り気に答えるが、内心はそれほど余裕があるわけではなかった。


 彼の考えを聞いたデンゼル大尉は決断した。


「了解した。ジェンキンズに今の話をして早急に準備をしてくれ。私はニコール中尉に連絡する」と言って、ブラボー隊へ連絡を始めた。


 クリフォードはヘーゼル・ジェンキンズ三等兵曹ら技術兵に簡単に説明していく。


 ジェンキンズは一瞬驚いた表情を見せるものの、「了解しました」と答え、


「ガイ、どこに投げたら一番効果的?」と、艤装に詳しい掌帆手ガイ・フォックス三等兵曹と目標について検討を始めた。


 クリフォードはジェンキンズとフォックスが協議して決めた手順を確認すると、アルファ隊の技術兵たちにCX爆薬を渡し、目標を指定する。


「指示通りに投げてくれ。無重力だから勢いを付ける必要はない。確実に目標に向かうよう慎重に投げてくれ」


「了解しました、ミスター・コリングウッド」


 技術兵たちが理解したことを確認すると、クリフォードはデンゼル大尉に報告する。


「準備完了です。いつでもいけます」


 デンゼル大尉は静かに「突入開始」と命令を下した。


 ドック行きのエアロックを手動操作し、八名のアルファ隊員がドック内に侵入する。


 有重力から無重力に切り替わる吐き気を伴う感覚を感じた後、彼らは遮蔽物になりそうな固定された大型コンテナの陰に隠れる。そして、デンゼル大尉の命令に従い、CX爆薬を次々と投げていく。


 クリフォードはブラスターライフルを構えながら、自らを落ち着かせるように心の中で言い聞かせる。


(落ち着け。訓練を思い出せ。100メートル先でも楽に当てられたんだ。できる。自信を持て……)


 そう考えながら、飛び去っていくCX爆薬を凝視していると、最初の攻撃目標である大型マニピュレータに爆薬が変形しながら張り付いたのを確認した。


 目標は五十メートル先の直径二十センチメートルほどの樹脂の塊。

 彼は爆薬を爆発させるべく、ブラスターライフルの引き金を引いた。


 煌くような白い可視光がマニピュレータに吸い込まれると、眩い閃光が辺りを照らす。


 すぐにドンと突き上げるような衝撃を感じるが、さすがに大型のマニピュレータは一回の爆発では破壊できなかった。


 しかし、それは最初から想定しており、すぐに次のCX爆薬がマニピュレータの固定部付近に張り付き、クリフォードが狙撃した。次も一発で当て、再び床に衝撃が走った。


 フォックス兵曹が「よし!」と言っている声が聞こえ、前方を見ると20メートルはあろうかという大型マニピュレータが根元から千切れ、宙を漂っていくのが見えた。

 その巨大な機械の腕はドックの中央に鎮座するP-331に向かって飛んでいく。


 クリフォードは次の目標である多数の腕が付いた自動溶接機を狙う。

 三つのCX爆薬が溶接機に飛んでいく。三つ目の爆薬が張り付いた瞬間を狙い、正確な三連射でほぼ同時に爆発させていった。


(士官学校の射撃の成績通りだな。五万人の候補生の中でトップスリーに入る腕前というのは本当らしい。しかし、この状況であの冷静さはどういうことだ? クリフの奴はこういう“危機的状況崖っぷち”に来ると“切れ味エッジ”が鋭くなるのか……正に“クリフエッジ”だな)


 デンゼル大尉は周囲を警戒しながら、頭の片隅でそんなことを考えていた。

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