ファーザー ー21.7.14.

監督:フロリアン・ゼレール



「さ迷い、失い行く」を体験する」

正直、和解と許しの物語か、と勝手に想像していた。

だが期待を裏切るストーリーは、

ヘタなホラーよりも格段に恐ろしく、

ヘタなサスペンスよりも格段にハラハラさせられる仕上がりだ。

おかげで何が事実で何が虚構か。

誰が誰で、いつ、どこなのか。

ときおり見せつけられる現実に、観客は主人公と同じ体験を強いられ、

恐怖と混乱と絶望に陥れられる。


唐突に始まる物語は舞台劇のようで、さほどシーンに切り変わりもなく、

派手さなどもってのほかだ。

だが上記のようなミスリードでたたみかけられると、もう勘弁してください

というほかない。


主人公のような人物像はよく、第三者目線で描かれるが、

これは当事者目線の物語である。

物語として一貫性を欠くにもかかわらず、起承転結が整い

観客を置いてゆくことのないシナリオ構成は圧巻。

もちろん主演、アンソニー・ホプキンズの演技も抜群で、

まだ見たことのなかった世界観があったのか、と唸らされる仕上がりだった。


そしてそこはかとなく切ない。

正しく認知できなくなった時の、人の「尊厳」についても痛いほど考えさせられる。

ラストもあそこで切れるなどと、魂レベルでえぐられた。



何か、誰かを表す時、対象を外から眺め、観察、描写することで表す方法は一番オーソドックスだ。

し、最も書きやすい。

したがって通常版、ともとらえられる。

一方で本作のように表したい当事者視点で描くことで伝える、という方法もある。トリッキー版だ。

もちろんこちらの方が没入感は半端ない。なにしろ第三者の目を通さず理解してゆくわけだから。ただこの視点をとると全体像を示しにくい。

本作から学ぶところがあるとすれば、没入しつつ最低限、状況把握できる情報が挟み込まれる絶妙さについてだろう。

ヘタをすると状況説明と視点が分離しがちなだけに、視点に埋没し過ぎて何が起きているのか伝わり切らなかったりするだけに、

本当に難しい塩梅を本人視点からブレることなく絶妙に描き切った本作は、お手本にしておきたい一作だった。

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