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何故、金池とデート中なはずの彼女が、こんなコンビニで一人、——正確には、昼間よく見る茶トラ猫と二人? で、居るのだろうか。
その人物とは、何を隠そう、僕の妹だ。
「紗凪?」
「はっ、に、兄ィ……はぅ」
「はぅ、じゃないだろ? 何でこんなところにいるんだよ? 金池とのデートは!?」
僕の言葉に反応はするものの、何も答えてくれない紗凪。仕方なく、コンビニでホットコーヒー(紗凪のは甘いやつ)を購入し隣に座った。
ビクッと肩を窄めながらも、僕からコーヒーを受け取った紗凪は、「あたたかい」と、一言だけ漏らすのだった。
「兄ィに謝らないといけないことがあるの」
「唐突だな」
「私ね、兄ィのスマホ、見ちゃったの。……それで知ったんだ。あかりちゃんがたっくんのこと好きだってこと。最近、兄ィがスマホよく触ってたから、気になっちゃって。それで納得がいったんだ。兄ィとあかりちゃんがコソコソ会っていたことにも」
やられた。しかし、
「確かに僕はあかりちゃんから相談を受けていた。けれど、それとこれとは」
「いいの! もう、いいんだよ、兄ィ。私ね、あかりちゃんが大好きなんだよ。幸せになってほしいんだ。たっくんもそう。たっくんは私の気持ちは知らないままなんでしょ? だったら、これでいいと思うんだ。お似合い、だよね。あの二人なら」
紗凪は猫を撫でながら、僕に笑顔を見せた。その笑顔に嘘なんて微塵もなく、ただ、大好きな二人を想って微笑む、それこそ天使のような笑顔を。
「兄ィは会長のところに戻ってあげて。私は大丈夫だから」
スマホを見る。そろそろターキーさんの準備も整った頃合だろう。鸞子の楽しそうな笑顔が目に浮かぶ。けれど、
「もしもし、鸞子か? 悪い、急用が出来た。おう、ほんとごめん。今度埋め合わせするから。ホームセンター? わかった、一緒に行く。約束な。……ありがと、鸞子、じゃ、また」
「……なんで……?」
「紗凪、帰って二人でクリスマスやるか。毎年恒例の兄妹クリスマス」
「兄ィは馬鹿だよ。会長が、鸞子ちゃんが可哀想だと思わないの!? 兄ィだって鸞子ちゃんの気持ちわかってるよね!」
「帰るぞ、紗凪」
嫌がる紗凪を引っ張って帰宅。当然、クリスマスなんて雰囲気ではなく。
数分、沈黙が僕たちの間に流れる。
「……っ……ぅっ、うぅ……っ」
馬鹿野郎、泣いてんじゃねーかよ。
「たっ……ぐ、ん……うっ、……っ……た、っ……ゔん……」
たっくんが大好きだったよ、そう言って子供のように泣きわめく紗凪に、僕は何もしてやれない。
してやれるのは。
——足音。足音。遅いぞ……
そうだ、今の紗凪をどうにかしてやれるのは、お前しかいないんだよ。悔しいけれど。
金池、お前だけだ。
ドン! と、玄関が開く。血相を変えて息を荒げながら部屋に飛び込んで来たのは、顔面を、——正確には両頬を腫らしに腫らした、元のイケメン要素が皆無と化した、聖夜には相応しくない形相の金池だった。こりゃ、こっぴどくやられたみたいだ。
やっぱりあかりちゃん、君は優しいな。
「ふわっ!? たたたたたっくん!? どどどどーしたのその頬っぺ!!?」
「あがりぢゃんにボコボコにざれだ……」
「えーっ!? ななななんで!?」
金池はあかりちゃんに見透かされていたわけだ。そしてあかりちゃんは途中から気付いていたのかも知れない。そんな中、きっと葛藤したのだ。
それで、金池の気持ちが紗凪にしか向いていないと悟ったんだ。それなのにその場の空気のために普段通りを装ったであろう金池に、強烈なビンタをお見舞いし、遠ざけたのだろう。
あくまで予想だけれど、ほぼ当たりと見た。
「んじゃ、僕は鸞子の所にでも行ってくるわ。あとは二人で楽しめよ。あ、そうそう。金池、ベッドは一つしかないから、よろしく」
「え!? ちょ、木下!?」
「はわわわわーーーー!?」
無視無視。好きにしろーい。
僕は僕で、やっぱり鸞子と過ごしたいのが本音なのだ。
メールを送るとすぐさま既読がつき、ターキーさんにかぶりつく鸞子の画像も添付されてきた。
返信。僕の分、残しておけよ、と。
その写真に映る鸞子の目は、少し赤みを帯びていたことに胸が締め付けられた。
その夜、僕と鸞子が、そして、紗凪と金池が、どんな夜を過ごしたか。それは、想像にお任せしよう。
そしてその夜、一人泣いた子もいることを忘れてはいけない。
◆◆◆
年が明けた。
「お兄さんっ、紗凪ちゃーん、おっはよう! あ、あけましておめでとうございます」
「あかりちゃん、あけましておめでとう」
「うわーっ、新年初あかりちゃんだ! あけおめー!」
あかりちゃんは変わらず元気だ。
彼女は恋愛ではなく、友情を取ったんだ。大丈夫、きっといい人が見つかるよ。
「さーてと、金池と鸞子は現地集合だし、そろそろ行きますか」
「おー!」「はーい!」
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