12 二度目の探索
翌日の昼一時。前日に約束した通り、私と優人さんは昨日捜索を止めたところで占い師と待ち合わせた。今日も夏の日差しは大絶賛営業中で汗が滝のようにダラダラと流れていく。それは全身黒服の優人さんも同じらしく、涼しい顔をしてはいるけれど大量の汗をかいていた。それを見て「あ、この人もちゃんと汗とかかくんだな」と変に感心してしまった。
「やー今日も暑いわね! 死にそう! でも頑張りましょ!」
占い師は暑さで弱っている私たちとは違い元気そうだ。服装も長袖にロングスカートに日傘という、日差しに対して鉄壁防御。これにプラスでサングラスをしたら完璧だ。日差しに対してこれだけ対策をするんだもん、だからこその美貌なんだろうなぁと納得する。美人さんは努力のしがいがあって羨ましい限りだ。
前日に引き続き、夏祭りの提灯が飾られた場所を延々と歩いて殺傷現場になるであろう場所を探す。今日は駅通りを中心に探してみたけれど、まるでヒットしない。むしろ前日歩いた場所の方が雰囲気が似ていたらしく、どこを歩いても「違う〜」と占い師に言われてしまった。
「な………なかなか見つからないですね………」
「そうねー。これもそれも夏祭り会場の範囲が広すぎるのが原因だわ。来年からでもいいから規模を縮小してほしいわね」
「そんな不景気なこと言わないでください………」
一時間炎天下をぶっ続けで歩いたが成果ゼロ。そのせいなのか少しふらつく。なので歩く時はなるべく木陰に入って涼んでみたりしたけれど、まるでダメだ………気持ち悪い。
「大丈夫か」
「ひゃ?!」
気がつくと優人さんが私の目の前に立っていた。うっかりするとぶつかるところだったよ! 思わずびっくりして変な声が出た。
「だ、大丈夫って何が」
「………生駒さん。少し休憩しましょう」
無視された!
私は慌てて声をかける。
「休憩しなくて大丈夫ですよ。さっさと探してしまいましょう」
二時間歩いて現場を探すだけのお仕事だ、休む時間が勿体無い。それに優人さんが大人しくついて来てくれているのだ。気が変わらない内にさっさと終わらせてしまいたい。
でも動き出そうとする私を優人さんが手で制した。
「え? 休憩? 私は別にいいけど………ってあらま。グロッキーねぇ」
占い師も私の顔を見てそんなことを言う。
「別に大丈夫です」
「大丈夫じゃないわよ、おバカ。あなた顔色真っ青よ? ちょっと水分補給しなさいな。ねえ優くん、この辺りに素敵な喫茶店とかある?」
「知りません」
優人さんのそっけない返事に占い師が呆れたような表情をした。
………顔色、そんなに悪いのかな? 自分ではまったくわからない。まだまだ頑張れば歩ける気はする。そう、思う。けれど、休憩できるのは正直助かる。ちょっと気を抜いたらうっかり吐いちゃいそうだもん。
「も〜頼りにならないなぁ。ねえ、あなたは知ってる?」
占い師が私を見た。その動作で長い髪が女優のように揺れる。
「………もうちょっと先に行ったところに喫茶店があります」
「そ。ならそこに行きましょ。そこまで歩ける?」
「はい。大丈夫です………すみません」
「謝るようなことじゃないわ」
占い師はそう言って持っていた日傘を私に貸してくれた。大人しくそれで日差しを避ける。たったそれだけのことだけれど、歩くのが多少楽になった。
歩いて五分程したところに小さな喫茶店がある。個人でやっているケーキ屋さんだ。このお店の売りはシフォンケーキ。買って帰ることもできるしイートインスペースで食べることもできる。私たちがその店に到着した時は運良くイートインスペースの席が空いていたので、そこに滑り込むようにして店に入る。店内はエアコンがよく効いていて、熱った体がそれで一気に冷やされた。
「わあ! どれも美味しそうね! イチゴにマンゴーにマスカットか。桃もいいわね。迷うわ………ねえ優くん! 優くんはどれにする?」
占い師は早速メニュー表を開いてご機嫌だ。私はお店の人が出してくれたお水を飲んでほっと一息つく。冷たい水が熱った体を内部から冷やしてくれる。そのことで自分が思っていた以上に体が限界だったことに気づいた。
優人さんを見ると、相変わらず表情は動かないけれど少し楽しそうな雰囲気を醸し出していた。こういったお店にあまり来たことがないのかもしれない、占い師にメニュー表を強制的に見せられてはいるけれどそれを不快には思っていなさそうだ。
「俺は………人参」
「渋いわね………ねえ、あなたはどうする?」
「私は、そうですねぇ。バナナにしようかな」
「そ。じゃあ私は………よし決めた! すみませ〜ん!」
占い師が店員さんに注文を伝えている間、優人さんと目が合った。
「もう大丈夫だな」
そう呟いたのが聞こえたので小さく頷く。
「すみませんでした」
私が謝ると、優人さんは小さく首を横に振った。………なんか、嬉しかった。
「よし! 今日は捜索はここまでにして後はのんびりお茶しましょ! ね? いいでしょ?」
注文を終えた占い師が優人さんに同意を求める。嫌がるかなと思ったけれど、
「それでいい」
と優人さんは言った。
「やったー! お茶会よお茶会! せっかくだからいろいろと質問してもいいかしら?」
優人さんから許可をもらえて占い師はルンルンだ。その様子がまるで年相応ではないというのに可愛らしく見えるのだからホント美人は羨ましい。
「質問なら私、聞きたいことがあるんですけど」
占い師があれこれ言う前にと思って私は小さく手を上げてみる。
「あら? あなたが質問? 何かしら? あ、わかったわ! 占い方法とか技術の話ね! 企業秘密、聞いちゃう〜?」
「違います」
………企業秘密って何? 魂を読む魔術のことかな? それなら気にならないといえば嘘になるけれど、でも今はそれ以上に聞いておきたいことがある。まずはそっちを知っておきたい。
「優人さんと占い師さんの関係って、なんですか?」
占い師さんは優人さんとの関係を「旧知の間柄」と言っていた。その単語が、一度は無視しておこうと思ったけれど、やっぱりどうしても気になる。気になるのならさっさと聞いて安心したい。せっかく二人が目の前に座っているのだ。この機会を逃したくない。
そう思って質問したけれど、私の問いに優人さんは瞬時に感情をシャットダウンし占い師さんは目を瞬かせてフリーズした。
………………なにこの反応。あれかな、もしかして二人は私の予想斜め上な関係だったとか? 例えば元カレと元カノ? したら悪いこと聞いたなー………。
居心地が一気に悪くなったので、私は二人から視線を逸らした。
「あ………言いにくいならいいです………」
「いや別に言いにくい話とかじゃないわ。そうよね? ね? ね?!」
占い師は優人さんに同意を求めるけれど、優人さんは完全無表情で静かにお水を飲むだけで何も答えない。いつもならなんとなく感情がわかるのに、今の優人さんは完璧に感情をクローズしてる。まるで読み取れない。下手なことを言ったらこのまま人参味のシフォンケーキ食べずに帰ってしまいそうなくらいに感情を抹殺している。
「あの、いいです。すみません質問間違えました。忘れてください」
「いやそんな警戒しなくて大丈夫だから! 大したことないから! 別に卑猥な関係とかじゃないから!」
卑猥な関係って何?! もうヤダ大人怖い!
私は必死に首を横に振って拒絶を示す。それを見て占い師が舌打ちをした。
「というか優くんから聞いてないの?! それか苫田さんからとか!」
「こういうのは本人たちから直接聞くのがいいのかなって!」
「そりゃそうかもしれないけれど!」
占い師がそこまで言ったタイミングで店員さんがのんびりとした調子で注文したものを持ってきた。会話はそこで一時中断。可愛らしくデコレーションされたシフォンケーキと飲み物がそれぞれに行き渡るまで三人とも始終無言でやり過ごす。
店員さんが去ったのを確認してから占い師はオレンジジュースを物凄い勢いで飲み干しグラスを机に勢いよく置いた。
「私たち、元
この状況をどう打開したら良いのかを考えつつアイスティーをぼんやりと飲んでいた私は、占い師の言葉がすぐには理解できなかった。三分の一くらいに減るまで飲んでからようやく言葉の意味を咀嚼する。
「………へー、許嫁………それはそれは………え? 元? ん?」
「そ、元。元なのよ元。あーゆーおっけー?」
中学生英語で尋ねられましても。
急いで優人さんの様子を確認する。見ると、占い師が関係をバラしてしまったからかさっきまでの緊張感は無くなっている。というかむしろ今は目の前に運ばれてきたシフォンケーキに夢中だ! 早速美味しそうに食べている!
「元許嫁ってどーゆーことなのでしょうか!?」
「いやだから言葉の通りよ。私たちは元々は親が仕組んだ結婚相手なわけ。最終的に破断したけど」
占い師はヤケになったのか運ばれてきたイチジクのシフォンケーキに乱暴にフォークを突き刺す。それを口に放り込むと途端表情が和らいだ。
「うわ! 何これ! 美味し! こうなると他の味も気になるわね………追加で頼んじゃおうかしら」
「破断って、どうして」
そう占い師に尋ねると、優人さんが一瞬私をチラリと見た。
理由は占い師も言いにくいことらしく、黙々とシフォンケーキを食べて返事をしてくれない。仕方がないので私も自分のシフォンケーキを一口食べる。うん、バナナ味美味しい。
占い師はあらかたシフォンケーキを食べ終えた後、言葉を選びながらといった調子で話してくれた。
「………ぶっちゃけると、私は優くんの許嫁候補の一人だったの。他にも多数いたのよ、許嫁候補。私はお眼鏡に敵わなかったってわけ」
「なるほど。優人さんはよりどりみどりな状態だったんですね」
「違う」
優人さんが私の発言に耐えかねたのか会話に入ってきた。なかなかに珍しい事態だ。
「違うって、でも許嫁がたくさんいたんでしょ?」
「選択権は俺にはなかった。だから違う」
優人さんはそう言いつつも視線はシフォンケーキに釘付けだ。どうやらとても気に入ったらしい。
………まあ、許嫁ですしね。結婚相手は親が決めるんでしょうよ。
シフォンケーキを食べつつ優人さんを観察する。優人さんは行儀良く一口ずつシフォンケーキを切り分けては口に運び味わっている。占い師の食べ方とはまるで対照的な丁寧な食べ方だ。
………それにしても、だ。優人さんの実家ってなんなんだろう? 苫田さんは巫術の大家だって言うし井倉さんは優人さんのことを「お坊ちゃん」って言うし今回は許嫁候補がたくさんいたって話だし。………もしかしてめちゃくちゃ高貴な身分のお方なのでしょうか、この人。そりゃちょっとした仕草とか品があるなとは思う。こんなに社会人として生活能力ダメダメな感じなのに仕草に品があるだなんて、変なの。
でも、もしそうだとなると優人さんの人生ってどうなってるんだ? めっちゃ高貴な身分だったのに今では魔警の黒猫だよ? 魔警でこき使われていつも命懸けなんだよ? どんなジェットコースター人生? シェイクスピアもびっくりじゃない?
───そこまで考えてハッとする。
そうか、破断した理由ってもしかして優人さんが黒猫になった理由に繋がるのかもしれない。そう考えると占い師が話しにくそうな態度を取るのも納得がいく。
占い師は私が閃いたことに気付いたのだろう、シフォンケーキの最後の一口を美味しそうに食べた。
「私が優くんのことを知ったのは十五の時だったかな〜。親がなんか良い縁談もらったとか言ってさ、そんで名前を知ったの。まあ、その後いろいろあって実際会ったのは優くんが魔警に来てからね。それ以来ちょくちょく会ってるの」
「………破断したのに、その後初めて会ったんですか?」
普通、破断した相手に会うなんてことないと思うのだけれど。
私の疑問に占い師は困ったように頭を掻いた。
「私の母さんが苫田さんと昔からの知り合いでね、先読みの意見交換をするっていうからその付き添いで魔警に行ったのよ。したらそこに優くんがいてさ」
そうなんだ。そこで優人さんと占い師は初めて出会ったのか。破断した後に会うだなんて人生何があるもんかわかったもんじゃない。
それともう一つ。
「すみませ〜ん! 桃味のシフォン一個追加でお願いします!」
占い師は元気よく店員を呼んだ。ケーキ二個目食べるのか、すごいな、と感心する。この人は痩せの大食いタイプなのかもしれない。
そう思いつつ気になった単語を尋ねてみる。
「先読みの意見交換? それ、なんですか?」
「ん? あれ、知らないの? あなた苫田さんの弟子なんでしょ? 苫田さんの研究内容、聞いてない?」
私は首を横に振る。というか何かを研究していることさえ知らなかった。
そういえば魔術師は自分の叶えたい奇跡のために努力をし続けなくてはならない、と以前苫田さんが言っていた。そうか、苫田さんにも何かしら叶えたい奇跡があるのか。
「苫田さんは先読みがしたいんですか? 先読みってなんです?」
優人さんに聞いてみるけれど興味がないらしい、美味しそうにシフォンケーキを食べるだけでこっちを見ないし返事もしてくれない。
それを横目で確認した占い師が私の疑問に答えてくれる。
「先読みってのは、まあ要は予言よ予言。近日中に起こる出来事を把握する魔術。例えばそうね、明日の夕飯は何、とか」
「は? 明日の夕飯、ですか?」
何それ。めっちゃ地味じゃね? それが先読みの魔術? そんなものを苫田さんは研究しているの?
私の反応がイマイチなのが気に食わないのか占い師が顰めっ面をする。
「あのね、あなたはとっても馬鹿にしてるかもしれないけれど、これってすっごく困難なことなのよ? 私たちはほんのちょっとの心構えで未来を変えられる。だから将来を正確に予想するのはとっても難しい。長期的な結末ならまだしも短期的な結末なんて不可能に近いんだから」
「ほんのちょっとした、心構え」
そう言われて昨日の優人さんとの会話を思い出す。魂と心の話。魂は肉体とは関係のない予定、そして心は現実との折り合いをつけるもの。苫田さんが見ようとしているのは心で揺らぎやすい未来、なのかもしれない。
「私たちが抱えているのは宿命であって運命じゃない。近場の未来になればそれは予測不能なのが当たり前なのよ。それをいかに精密に読み込むのか、これは生駒が積み上げてきた技術では至難の業。苫田さんはそれを研究している」
占い師が熱く語る。その姿に少し驚いた。酔っ払って占いをしていたけれど予見をすることに対する情熱があったんだこの人、と思ったのだ。
占い師が予見について語る間に店員さんが桃味のシフォンケーキを持ってきたけれど、占い師はそれに怯まず話し続ける。
「生駒はどうしてもこれまでの研究で魂に固執してしまうのよね。そこでわかるのは予定調和や希望的観測。それ以上は見えにくいのよ。でも苫田さんは可能性全てを把握する。まあ、それもまだまだ精度が低いけれど。でもすごいわ。あそこに辿り着くまでの研究量は半端ない。その技術、私はもっと自分のものにしたいけれどまるで駄目ね。あれは独自の理論で成り立っている。生駒の人間じゃどうしても色眼鏡で見てしまうというか、素直に突き詰められないのよ」
「そうなんですか………」
知らなかった。苫田さんが魔術師として研究をしていたことも、極めようとしていた魔術のことも、それが専門家からしたらとてもすごいことだってことも、何も知らなかった。
私はそんな人の弟子なんだ、と思うと心が熱くなる。
「苫田さんはその先読みで何を知りたいんでしょうか?」
魔術師は奇跡を願い研鑽する生き物だと聞いた。なら、苫田さんも望む奇跡があるに違いない。それを知りたくて質問したけれど、占い師は首を横に振った。
「さあね。それは知らないわ。気になるのなら苫田さんに聞きなさい。あなたは弟子なんだもの、きっと教えてくれるわよ」
「そっか。そうですよね」
今まで魔術師の弟子ってのはあくまで借金返済のための詭弁だと思っていたけれど………なんだかそれが詭弁で済ますには惜しくなってきた。
不思議だな、とバナナ味のシフォンケーキを食べながら思った。
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