11 予見

 歩くこと二時間。夏の日差しは私の体力を容赦なく奪っていく。全身汗だくで肌が痛い。日焼け止めを塗っていなかったらと思うとゾッとする。

 私たちはぶっ続けで歩き続けて殺傷現場を探しているけれど目的の場所はさっぱり見つからない。そのことに焦りを感じるのか占い師が困ったように首を傾げた。

「ここでもないなぁ。どこなんだろ? 結構近い気もするんだけれど」

 占い師はそう言って頭をガシガシと搔く。そろそろ予定時間が過ぎてしまう。焦りがあるのかもしれない。

 私たちが今いるところは商店街から駅通りへと通じる裏道だ。まずは人気のない道から探そうと思ってそこを中心に歩いたのだけれど、どの道も「それっぽい!」と言うばかりで肝心の場所が特定できない。正直、裏道なんてどれも似たり寄ったりだ。曖昧な感覚だけで占い師がどうやってそこが目的の場所だと判別できるのか、段々心配になってきた。

「どうしよう。見つからない。困ったなぁ。ねえ、もうちょっと探す? そしたら見つけられるかも。でもそろそろ仕事しないといけないし、どうしよう」

 占い師は心配そうに私たちに尋ねる。けれどその視線の先は優人さんだ。まあ、仕方ないよね。

「まあ、まだお祭りまで数日ありますし。明日また今日みたいに集まって探しませんか?」

 私がそう提案すると、占い師は眉を寄せて私を見た。

「それは、まあ、悪くはないけれど………優くん明日も来てくれる?」

 占い師が心配そうに優人さんに尋ねる。その行動はまあ、そうだよねー、としか思えない。

 けれど優人さんは占い師の気持ちなんてこれっぽっちも理解していない。

「それが仕事ですから」

 淡々とそう言った。

 その言葉に占い師はほんの少し不満そうに眉を寄せ頬を膨らませる。でもこればっかりは相手が悪いと思うのよ、私。むくれても仕様が無いことだ。

 占い師は少しの間むくれていたけれどなんとか気持ちを切り替えたようで、

「じゃあ明日も今日と同じように探しましょう」

 と事務的に言った。きっと内心穏やかじゃないんだろうなぁと想像する。けれどそれを指摘するほど私は野暮な人間じゃない。

「わかりました。じゃあ明日も午後一時から、集合場所はここ。それでいいですよね?」

 改めて確認すると、占い師はそうね、と応えた。

「ええ、それでよろしく。それじゃ二人ともお疲れさま! 明日もよろしくね!」

 私は占い師にお疲れ様でしたと挨拶をする。優人さんも何か言うのかなと思ったけれど、振り向いて確認したら既にさっさと来た道を引き返し始めていた。

 ───挨拶くらいしてあげてもいいじゃないか!

 それに慌てた私は急いで後を追う。

「優くん! 寄り道なんかしちゃダメだからね! 真っ直ぐ事務所に帰るのよー!」

 占い師が背後から声をかけるけれど優人さんはそれも無視。その表情を覗き見ると、いつもと変わらず無表情のままだ。

「優人さん、占い師さんに声でもかけてあげたら………」

「別に話すことなんてない」

 表情は変わらないからパッと見わかりづらいけれど………どうやら優人さんはご機嫌ナナメのようだ。言い方がとても冷たい。

「どうしたんです? そんな不機嫌にならなくったっていいじゃないですか」

「別に不機嫌じゃない」

 ………いや、不機嫌でしょこれ。

 私は呆れつつ、不機嫌になった理由を想像する。

「占い師さんが初め真面目じゃなかったのがそんなに気に食わなかったんですか?」

 質問に優人さんは首を横に振る。

「そもそも今回の依頼自体、魔警の仕事じゃない」

 優人さんはそう言って不満そうに息を吐いた。どうやら不機嫌の理由はそれらしい。なんというか………そこからかー。仕事内容そのものに文句があるとは思わなかった。

「んー………でも占い師さんが未来を予見して殺傷事件を防いでほしいってのが今回の依頼ですよね? それって魔警の仕事になるんじゃないんですか?」

「魔術師が事件そのものに絡んでいないのなら担当は警察だ。魔警じゃない」

 ………いや、占い師の予言だけじゃ警察は動いてくれないと思うぞ?

 そう思いつつ、優人さんがどうして今回の仕事をサボろうとしたのかその理由がようやくわかった。魔警は魔術師絡みの事件を処理する組織だ。だから魔術師が関わらない事件の対応を魔警に持ってくるのはお門違いだと言いたいのだろう。

 ここから歩いて事務所までは三十分以上かかる。せっかくの時間だ、私は優人さんの隣を歩きながら気になったことを質問することにした。

「優人さん、質問なんですけど、あの占い師さんって今回の殺傷事件を予見できるってことは未来が見える人ってことなんですよね?」

「正確に言えば未来ではなく魂を見ている。………それが何か?」

 未来じゃなくて魂を見ている? 意味不明だ。まあその辺りはまた今度ゆっくり話を聞いてみよう。今私が知りたいことはそれじゃないから。

「少し先の未来がわかるのなら占い師さんはどうしてあんな自由気ままに振る舞ったのかなーって少し疑問に思ったんです」

 私の問いの意味がよくわからなかったらしい、優人さんが首を傾げた。

「占い師さんが初めから真面目に殺傷現場を探すことに協力してくれたのなら、依頼そのものに不満があったとはいえ「帰る」だなんて意地悪、優人さん、言わなかったでしょ?」

「意地悪………」

 意地悪という単語が不満なのか、優人さんが少しだけ眉を寄せる。私からしたらあれは意地悪な行為だったと思うのだけれど、違うのか?

「もし占い師さんが本当に未来を予見できるというのなら、優人さんが「帰る」って言っちゃうような行動を取らなかったと思うんですよ。だって占い師さんが今回の殺傷事件を防いでくれって依頼してきたんですから。でも現実には占い師さんは不真面目な態度をとって優人さんが「帰る」と言って、占い師は大慌てで引き止めようとした………どうしてそうなったんでしょう?」

 経緯を話ながら、段々と混乱してくる自分がいる。

 そもそもの依頼は殺傷事件が起きるからそれを防いでくれ、という占い師の予見から始まっている。そして苫田さんはその依頼を受けた。苫田さんは、この占い師は未来を予見できる人間だ、と認識している。じゃなきゃこうやって殺傷現場を探すことを優人さんに命じたりしない。

 けれど、集合した後の行動で起きうる事態を占い師はまるで予見できていない。もしわかっていたというのなら優人さんの協力を失いそうな事態は避けたはずだ。それなのにそうとはならず「帰る」と言われてしまった。

 ───占い師は未来を予見できるのか、できないのか。それが私にはさっぱりわからない。

 私の疑問に答えてくれるかな、と優人さんの反応を少し待つ。

「………未来を知る、という魔術には種類がある」

 おお! 今日は疑問に答えてくれるのか! でもきっと難しい話になるんだろうなぁ。

 私はこの後展開される話の内容を覚悟した。

「いろいろあるんですか?」

「ああ。………俺は専門ではないから詳しくは説明できないが………生駒家の未来を知る方法は魂を見ることから始まる」

 出たよ、魂。よくわからないけれど、思いつく単語を口にする。

「魂ってあれですか? 幽霊!」

 お墓に集まって光るとか出ると因縁の場所にひゅーどろどろと出てくるアレとか、夏に大人気の怪談話! あれのことか! と思ったのだけれど、どうやら違うらしい。優人さんは私の言葉に首を横に振った。

「魂は自身の中身、形、在り方、理由、筋道。自分という個の根本的な欲求を知るもの。………心、と言った方がわかりやすいかもしれない」

 早速難解になってきた………。

「魂イコール心、ではないんですか?」

「心は肉体あっての現象。魂は肉体そのものがなくても存在しうるもの。厳密にいえば心と魂は別物だ。そうだな………赤ん坊に心はあると思うか?」

「へ? 赤ちゃん、ですか?」

 なんか優人さんの口から赤ちゃんという単語が出てきてびっくりする………その、失礼だけど、赤ちゃんとか可愛いものとかとまるで縁なさそうなんだもん、この人。

「そりゃ赤ちゃんに心はありますよ。じゃなきゃお腹すいたーとか抱っこしてーとか思って泣いたりしないだろうし、親の顔を見て嬉しそうに笑ったりしないんじゃないですか」

 自分の身近に赤ちゃんがいないから想像でしか話せないけれど、でも心がないというのなら赤ちゃんが嬉しそうに笑ったり大声で泣いたりなんかできないと思う。

「なら、その赤ん坊から未来を知ることは可能か?」

 優人さんの更なる質問で頭の中にクエスチョンマークが大量乱舞だ。優人さんが何を言いたいのかさっぱりわからん!

 でも、せっかく話す気になってくれたのだ。必死に考える。

「えっと………その未来ってのはどの程度の?」

「その人間が死ぬまでの未来」

 死ぬまで?! スパン長すぎない?!

「そ………それはかなり難しいんじゃないですか? だって赤ちゃんですよね? その子の好き嫌いが何なのかもわからないし、どんな環境でこれから育っていくのかもわからないし、そもそも何を考えているのかもよくわかんないし」

 そりゃ赤ちゃんの両親や住んでいる場所、生活水準なんかを見れば多少はわかるかもしれないけれど、でも死ぬまでの未来を知ることは不可能なんじゃないだろうか? もしそれがパーフェクトにわかるとしたらその人は人間じゃない、神様だ。………そしてそれをすることが可能だというのなら、将来はすべて決められていて人生はとてもつまらないものなのだということになる、気がする。

 優人さんは私の回答に頷いた。

「和香奈の言う通り、通常なら赤ん坊の未来はわからない。不確定要素が多すぎるからだ。しかし、それらは主に心に起因する」

「???」

 ゆ、優人さんの言葉はいちいち難しすぎてパニックなんですけど! 井倉さんが以前優人さんのことを「お坊ちゃん」と呼んだ理由がよくわかる!

「え、えっと、つまり?」

「周囲の環境で左右される未来は心が選択をした結果の積み重ねだ。しかし、魂を読むことで未来を知る生駒家の場合、心による選択を全て排除した上で得られる可能性を見出す」

「か、噛み砕いて説明してください!」

 流石にわけわかんないにも程がある! 頭がパンクしそうだ!

 私の混乱具合にやっと気付いたのか、優人さんが少し思案する。

「………人間には肉体と魂がある。それはわかるな?」

「はい………それならなんとなくわかります」

 なんだかめちゃくちゃ根本的なところから説明してくれようとしているのがわかった。それがちょっと申し訳なく思えるけれど、でもそこから話してくれなきゃ私は全く理解できない自信がある! 申し訳ないけど!

「魂の願望や欲求は肉体を動かす原動力になる。そして人は肉体を使って現在と接触し、そこから得るものを魂に蓄える」

「え、えと、それはつまり私が今走りたい! と思って走って、それで疲れたら疲れたーって思うってことですか?」

「違う」

 違うのかー! そうじゃないのかー!

「和香奈の例えなら、疲れたと思うのは心の方だ。魂に蓄えられるのは走ったことで得られる経験値」

「経験値、ですか? 例えば?」

「走る動作をしたことで変わる出来事を知ること。それは個人的なことから社会的なことまで全てを含む」

 そこまで言って優人さんは信号待ちのために足を止めた。それに倣って私も足を止める。

 私たちが今歩いている道は人通りの少ない道だ。けれどあちこちに信号が設置されている。今も道路には車が数台低速で走っているだけで他に危険そうなものは何もない。それでもきちんと赤信号を守って足を止める優人さんは本当に育ちがいい人だなぁと思った。

「経験値………経験値かぁ。個人的なことは、どの程度走ったら疲れるなーとか走っている道の景色が好きだなーって思うことですか? 社会的なことっていうと………痩せたねって褒められる、とか?」

「それらも心の方だ。………魂に蓄えられるのは、なぜ走るに至ったのか、という欲求」

 ………………そこ?! そこなの?!

「は、走る理由?! そっちなの?! 走った結果じゃないんですか?!」

「例えば、だ。もちろん走った結果の経験値も魂に蓄えられる。走るに至る原因、行動、結果。それら個別に考えるのではなくすべてを経験として認識する。………具体的に説明すると、和香奈がここから事務所まで走るとする」

「え! ここからですか? 事務所まで結構距離ありますよ?」

 信号が青に変わった。優人さんが横断歩道を歩き始めるのについて歩く。

「例えの話だ。和香奈の魂の根本的な欲求に、俺と走るという動作について会話をすることで走りたくなる、というものがあるとする」

「変な欲求ですね」

 運動苦手な私には縁のない欲求だ。

「仮定だから細かいことは気にするな。………和香奈はその欲求に従い、ここから事務所まで走る。その結果、和香奈は満足する」

「え? 満足するって、それは心じゃないんですか?」

 私の疑問に優人さんは首を横に振った。

「この場合、心は疲労を訴えるだろう。和香奈も言ったじゃないか、ここから事務所までは距離がある。走ったら疲れるに決まってる」

 優人さんの説明を聞いて、徐々にだがわかり始める。

「………ここから事務所まで走ることで疲れたーって思う。でも、走りたいっていう根本的な欲求に従ったことで満足感を得られる。これが心と魂の違い。あ、わかった。そっか。だから心は肉体あっての現象で、魂は肉体そのものがなくても存在しうるもの、なんですね?」

 私の頭の中にピピーン! と電流が走る。

 そうかつまり心は肉体の影響を受けた感想で、魂は肉体を突き動かす元々の理由ってことか! なんかスッキリしたぞ! てか、初めからそう言ってよ! わかりにくい説明だなもう!

 でも、ここでふと疑問が浮かぶ。

「でもこの場合、個人的なことしか魂に蓄えられていないですよね? 社会的となるとどういったものになるんですか?」

「社会的なものは、和香奈が走ったことを知っている人がいる、という現実」

「………………それだけ?」

 優人さんは頷くが、私は首を傾げる。

「えっと、それって私になんかメリットってあるんですか?」

「経験値として魂に蓄積される」

「いや、知っている人がいるってだけでしょ? それにどんな意味があるんです?」

 私が走ったことを知っている人がいるからどーだっていうんだ? 例えばさ、チャリティーマラソンで走ることそのものに意味があるのなら、周囲の人に還元するものはあるとは思う。走ってくれてありがとーって感謝もされるだろう。けれど、走りたいから走るだけでいったい何の意味があるのかさっぱりわからない。それを知っている人がいることにどんな価値があるのか想像できない。

「和香奈がここから事務所まで走る。それを見ていた人がいる。見ていた人は和香奈が魂の欲求に従い行動したことを魂で感じる。それが魂に蓄積される」

「つまり、私ではなく他人の魂に蓄積されるってことですか?」

 それならそうと説明してよ! と思ったけれど、優人さんが首を横に振ったのでますますわけがわからなくなる。

「魂は本来個別のものではなく一つのものだ。だから相手が得た感覚は巡り巡って和香奈の魂に蓄積される」

「………は………………?」

 頭がフリーズする。意味わかんない。何言ってんのこの人状態。カオス、カオスですよ!

 優人さんは困ったように頬を掻いた。

「わかりやすい言葉でいうのなら………類を以て集まる、だな」

「ん? 類友ですか?」

 なんでそんな話になるの? 考えすぎて知恵熱出そう。でもここで挫けたらもう二度と優人さんは説明してくれなくなる気がするから必死に回らない頭を酷使する。

「えーとつまり、私が欲求に従って走ったことを知った人が、そのうち私の周囲に集うってこと?」

「その感覚でいい」

 やったよ! 正解したよ! もうわけわかんないよ!

「結果というものは短期と長期がある。短期的なものは個人的な経験値の蓄積。欲求に従ったことで得られる満足感がそれだ。長期的なものは社会的な経験値の蓄積。巡り巡って自身の魂に蓄積されていく。個人的なものと社会的なものが蓄積されることで魂は自身のもつ在り方、筋道をより鮮明にし、歩むべき未来を選べるようになる」

「はい………………?」

 何となく言いたいことはわかるけれど、これ以上ツッコんだら頭がシュートしそうなので大人しく聞いておく。

「しかしこの経験を積むには心の問題がある。魂の欲求に従い肉体を動かすことに成功し、その経験が魂に蓄積される。しかし心は必ずしも魂とは連動しない。今回話したように“走る”という行為は肉体に疲労感を生む。それを否定的に捉えるか肯定的に捉えるかはその人の判断だ。そこで未来は予定から外れていく」

 ああ、なるほど。そういうことなのか。やっと理解できた、気がするよ?

「本当なら魂の希望通りに動いていきたいけれど、肉体からの影響で心が邪魔をする。だから本来思い描いていた未来から外れていく、ということですか?」

「そうだ。赤ん坊の例に戻って考えると、魂には元々個人的な欲求、在り方、理由、筋道、そういった歩むべき未来、歩みたいと願う形がある。だから赤ん坊を見て正確な未来は予見できないが、魂が持つ希望を読み解くことはできる。これが心と魂の違い。わかるか?」

「はい………たぶん」

 優人さんが言った「心は肉体あっての現象。魂は肉体そのものがなくても存在しうるもの」という説明に戻ってきた。本来予定していた未来を生きたいとするのなら、魂に従って行動し個別的・社会的な経験値を積み重ねていくことでそれが達成される。でも、肉体を動かすということは心が揺れるということでもある。「周囲の環境で左右される未来は心が選択をした結果の積み重ね」なのだ。つまり、本来予定していた未来は心が揺れ動くことで少しずつ変貌していき、未来が変わっていく。予定していた未来は心という揺らぎによって不確定になってしまうのだ。

 それが魂と心の違い。

 でもそうなると、だ。

「心って実はいらないもの………になるんですか?」

 この説明だとそういうことになると思う。だってそうじゃないか。本来予定していた未来が心が邪魔をして達成できなくなるんでしょ? それって悪いことなんじゃないの?

 優人さんは私の疑問に首を横に振って否定する。

「心は無碍に扱ってはならない。心は現実で得られる情報の判断材料だ。それを無視しては社会的な経験値を魂に蓄積できない。………さっきの“走る”という欲求の話で考えるなら、もし信号を無視して事務所まで走っていたとしたらどう思う?」

 あれ? また走る話に戻ってきたぞ?

 でもこの質問なら楽々答えられる。

「そんなことしたら危ないじゃないですか。信号無視するってことは車にうっかり轢かれちゃうかもしれないってことでしょ? その車を運転していた人が犯罪者になっちゃう。迷惑行為だと思います」

 私の回答に優人さんは頷いた。

「そうだな。魂は走ることに誠実であろうとする。しかしそれだと現実にはそぐわない行為になる危険性がある。だから理性でそれを判断し、心でそれを現実的なものに落とし込む。自分の欲求にばかり素直に従うのは獣のすること。それを社会に適応させるのが理性の役目。そして社会的に問題のない行為の形で欲求を現実化し、心の平安を得る。社会的に批判されれば心は揺れる。心が揺れ動けば予定していた未来からは遠ざかる可能性が大きくなる。だから心は必要だ」

「はへ〜………」

 なるほど。魂の通りに行動することは予定していた未来を叶える近道ではあるけれど、それだけじゃ社会と折り合いがつかない。折り合いがつかないと心が揺れるから予定していた未来はら外れてしまう。だから理性でそれを調整して、魂と心のバランスを取るのだ。

 つまり、理性、大事。

「生駒家が見るのは心の揺らぎを排除した魂が歩むと決めた未来の在り方だ。それを言葉で確定し縛るのが生駒家の魔術師としての技術。だから生駒さんの予見は信用に足る。………おそらく今回起きるとされている殺傷事件、その被害者は本来歩むべき道からかなり外れているのだろう。だからその結果として刃物で刺される、と見たのだと思う」

「な、なるほど………あ、だから今日みたいなチグハグな行動をとっても何もおかしいことはないってことですか? 優人さんが意地悪言うかどうかなんて、魂とは何も関係のない話ですもんね」

 そうか、殺傷事件は魂を見ることで予見できる事件だけど、優人さんの意地悪は魂よりは心の問題だもんね。魂をいくら見たってあそこで機嫌を損ねるなんて予見できないわけだ。

「和香奈、あれは意地悪ではない」

 優人さんを見ると少し眉が寄っている。どうもこの表現が気に入らないらしい。………変なの。

「え? 意地悪でしょ? 優人さんが帰るって言ったから、占い師さん泣きそうだったじゃないですか。あれが意地悪じゃなくてなんだって言うんです?」

「あれは生駒さんが俺の魂を無意識に縛ろうとしたから拒絶していただけだ」

 ………………………へ?

「無意識に、縛る、ですか?」

 そうだ、と優人さんは頷くけれど、意味わかんない。あれは側から見れば女性が必死に男性の気を惹こうと努力している姿なだけだったぞ? それが魂を縛る? どゆことなのさ?

「生駒家は魂を見て起こるべき未来を知る。知った未来を言葉で確定することに長けているんだ。つまり、魂の形に強制力を持たせることができる。………あの時俺が帰ると言ったのは生駒さんがやる気がないのならそれでもいいと思ったからだが、その後の発言は皆、俺の魂の在り方を縛ろうとするものだった。それを拒絶していただけで別に意地悪でも何でもない」

「そ、それって未来を選び取らされるってことですか?」

「そうだ」

 そうなの?! 勝手に未来決められちゃうの?! そりゃあんな態度を取っちゃうわけだよ! 危険だな、占い師!

 ───あれ? ということは。

「私が占ってもらった結果もそれってことですか?!」

「そうだな」

「マジかよ! こわっ!」

 だから苫田さんが「それは良い言葉をもらいましたね。大切になさい」と言ったのか! これが悪い言葉だったらと思うと恐怖だよ!

「女子は占いが好きらしいが………節操なく占ってもらうことは反対だ」

「はい………気をつけます………」

 私は使いすぎた頭の疲労感とまさかの占い師の所業に驚き、思わず大きなため息を漏らした。

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