7 警告と依頼
まさかの占い師の登場にびっくりして即座に何も言えなかった。優人さんは彼女の姿を確認すると、普段なら絶対しないクセに今日に限って机の上の食器を片付け始める。
苫田さんはヒゲをピョコピョコと動かして占い師に声をかけた。
「こんにちは、
「こんにちはー! 苫田さん、お加減いかが?」
占い師は持っていた白い日傘を閉じる。足元にはあの黒のトランクケースが置かれていた。もしかしたら今日も占いの仕事をしていたのかもしれない。
──────それよりも、だ。それよりも! 私はこの人が事務所の扉を開けた時の発言が気になって気になって仕方がないんですけど!
「ぼちぼちですね。あなたはお元気そうで何より。今年も夏祭りに合わせて来られたんですか?」
「もっちろん! 夏は恋占いが大盛況ですから!」
優人さんは台所に食器を下げ静かに事務所に戻ってきた。その様子はなんだか、隠れられるなら隠れておきたい、といった雰囲気だ。
けれどそういうわけにはいかないみたいで。
「
占い師はグイグイと攻めるようにして優人さんに近づき、ついでに思いっきりといった様子で抱きついた。
………………抱きついただとぅっ?!
ちょっと待って! 優人さんのことを優くんと呼ぶだけでも衝撃的だっていうのに、何その距離感?! 優人さんにこんな関係性があったのですか?! 私ちょっとパニックなんですけど!
占い師の背丈はヒールのある靴を履いているからか、優人さんと同じくらい。二人がじゃれている姿を見ていると、出来の悪い弟を可愛がるお姉さん、に見えなくもない。………見えなくも、ない、が。
───一体何が起きているのでしょーか………?
優人さんは美人な占い師に抱きつかれて少しくらい嬉しい顔をするのかなと思ったのだけれど、いつもと変わらず無表情………いや、ちょっと嫌そうだ。眼で占い師の行動は迷惑だと訴えている。
「うんうん! 病気も怪我もしてなさそうでなによりね! 元気元気! よかったよかった!」
「生駒さん、離れてください」
「いいじゃない。旧知の間柄なんだから!」
旧知の間柄?! ど、どどどどういう御関係なんでしょうか?!
苫田さんは私を見てニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。この感じだと苫田さんは二人の関係を知っているようだ。
………どういう関係なのかな?! 教えて欲しいぞ!
優人さんはなんとか占い師を引き剥がし窓際に置いてある椅子に座った。視線を外に向けこちらを一切見ようとしない。完全拒絶モードだ。こうなったら会話続行は不可能。諦めるしかない。
占い師もそのことは承知のようで、
「なによぅ。相変わらずなんだから!」
そう言って頬を膨らませる。
けれど気持ちの切り替えが早い。くるりと振り向いて私の側にやって来た。腰をかがめて私と視線を合わせる。その動作で長い髪がさらさらと流れてとても綺麗だ。ポイントの赤のメッシュが映えて見える。
「こんにちは、お嬢さん。昨日はどうもね〜」
「えっ、あ、はい! 昨日はどうも………」
………私が昨日占ってもらったお客さんだということに気づいていたらしい。思い返してみると昨日の別れ際に「またね」と言われた。あれはこのことだったのかもしれない。
占い師はどかっとソファに座り足を組む。組むときにロングスカートの裾がふわりと動いて、それがなんだか色っぽかった。
「それで、羽津美さんはどこまでご存知なんですか?」
苫田さんが楽しそうな声で尋ねる。その質問に占い師は首を少し傾げて笑みを浮かべた。それがなんだかとっても女優さんっぽくって羨ましい。
「どこまで? んーとね、そんなに知らないですよ、多分。私が知っているのは、この子が魔警に出入りしていることくらい」
そう言って占い師は私を見る。
………………私、占ってもらう時に魔警のことなんか一言も言ってない。それなのに私がここに出入りしているって知ってたんだ? だから、事務所に入ってきた時に私がいることに驚いたりしなかったんだ?
でも、なんで?!
「私、魔警でアルバイトしてるだなんて言ってません!」
急いで苫田さんに報告する。だって魔警で働いているだなんて他人にあまり吹聴するような内容じゃないと思うもの。けれど苫田さんは特に何も言わない。尻尾を左右にゆらゆら動かすだけだ。
占い師は私の言葉に小さく頷く。
「あ、アルバイトしてるんだ。なるほどなー。だから出入りしてるんだ」
私、なんか墓穴掘った?!
「あ、違う! いや違わないんですけど! えっと、その………なんで私がここを出入りしてるだなんてわかったんですか?」
わけわかんない! ここでアルバイトをしていることは家族でさえ知らない秘密だ。苫田さんと優人さん、あと脈主の人たちくらいしか知らないと思う。それなのに、ふらりとやって来た占い師に私の行動が知られている。どうしてなのさ? 何? 実は私、監視されてたとか?!
占い師は私の疑問がよくわからないらしく、首を傾げた。
「なんでって、だってあなたの悩みはここと関係していたでしょ?」
占ってもらった内容は、そりゃ優人さんのことを占ってもらおうとしたけれど………でもそれだけだよ? 優人さんのゆの字も言っていない。それなのに、そんなことでわかるもんなの?
───ななみが「マジもんは怖い」と言った意味がよーくわかる! これは怖いわ!
苫田さんは占い師の言葉が気になったようで眼を細めて私を見る。
「ほう、魔警絡みの悩みですか。和香奈さん、どのようなお悩みを?」
「い、いいえ! 大丈夫です! 苫田さんが悩むようなことじゃないので!」
私は必死に否定するけれど、苫田さんは「配慮が足りていないのかもしれない」とかなんとかぼやき始めた。違う! 違うよ苫田さん! そういった悩みじゃないから!
この占い師、守秘義務とかないんかい! と少々腹が立ってきた。
「それで! 今日はどのようなご用件で来られたのでしょーか!」
私は話を変えたくて占い師に尋ねる。こうなったらここに来た理由をさっさと話してもらって速攻お帰り願おう! そうしないと私の心臓バクバクで大変だ!
私の問いに、占い師はそれまで緩い表情をしていたのに急に真剣な顔つきに変わった。
「今日は、警告と依頼。それをしに来たわ」
占い師はちらりと優人さんを見る。そしてすぐに苫田さんに視線を向けた。
「まずは警告。苫田さん、この辺り一帯の流れが良くない。去年に比べて空気が重い。淀みつつある。誰かが悪意を抱いて動いているわね。大事をするつもりよ、そいつ。………気付いています?」
苫田さんは占い師の疑問には答えない。言葉の続きを促す。
「脈主たちに警告を出した方がいいかも。良くない事が起きる前兆が起きつつある。各自、準備をするようにって」
「………そうですか。わかりました。そうしましょう。具体的にどのような事が起きるのか、それはわかりますか?」
占い師は足を組み替えてソファの背もたれに体重を預け、悩ましいようにため息をついた。
「残念ながらそれはまだ見えないわね。それに関わる人物に出会えていないのかもしれないし、まだ兆候だけなのかもしれない。相手が諦めてくれたらそれで良いけれど、そうはならなさそうだし。もしかしたら相手は苫田さんの先読みを警戒しているのかも。ただ………………この子」
占い師が私を見る。
「この子は大切にした方がいい」
「私、ですか?」
占い師の言葉に首を傾げる。
私を大切にするってなんだ? 命は助けてもらったし、アルバイト内容も悪いものじゃないよ? アルバイト代もそこそも出るし。むしろ大切にされまくってると思う。まあ、他に思いつくなら、お守り代の借金をチャラにして欲しいってことくらいか。
苫田さんも占い師の言葉がうまく飲み込めなかったようだ。首を傾げている。
「別に
「んーそういう事じゃなくて、なんて言ったらいいのかなぁ。多分、相手はこの子の存在がイレギュラーなのよ。計算外とでもいうか」
占い師は困ったように頭をかく。その手の動きに合わせて髪が揺れぐしゃぐしゃになっていく。けれどそのことにまるで頓着していない。占い師は美人さんだけど案外外見にあまり気を使わない人なのかもしれない。
苫田さんはしばらく考え込むように俯いていたけれど、
「なるほど。わかりました」
と返事した。
「警告、ありがとうございます。各脈主に伝達しておきましょう。それで、依頼の方は?」
「あー、それはねぇ」
そう言って占い師さんは手を叩く。すると床に放置してあったトランクが勝手に開き一枚のハンカチが占い師の手元に飛んできた。
「このハンカチの持ち主を探して欲しいの」
占い師の持っているハンカチは茶色と黄色と朱色のチェック柄で、貧乏人の私でさえ知っている高級ブランドハンカチだ。確か一枚三千円とかしたはず。ハンカチはきちんとアイロンされていて角がピシッとしている。
「忘れ物ですか?」
私の質問に占い師は頷く。
「ええ、そう。昨日の夜にカップルで占いに来たお客さんが忘れていったの。昨日はほら、その………ちょっと酔っ払ってて、ね」
そう言われて昨日の占い師の行動を思い出す。
………そういえば昼からグイグイ日本酒飲んでたもんね。昼の時はまだ酔いは酷くなさそうだったけれど、夜には流石に酔っ払ってたのか………そして酔っ払いながら占ったのか。その状態で仕事をするってどうなんだ?
やっぱりこの占い師、ちょっと残念な感じな人だ。
苫田さんがハンカチを見ながら尋ねる。
「このハンカチの持ち主を探す、ですか。なぜ?」
「苫田さん、このハンカチ高級ブランドものです。きっと無くした人は困ってます! 見つけて返してあげましょう!」
私が自信を持ってそう答えると、違う、と占い師に否定された。
「別にブランド物だろうがなんだろうが忘れ物をわざわざ届けに人探しするほど私、お人好しじゃないわよ。………このハンカチの持ち主、夏祭り中に刺されると思うのよねー」
さらりと物騒なことを言う。その言葉に思わず占い師を凝視した。
「さ、刺される? なんで?」
「さあ? なんでだろ? でもそうなると思うのよ。その人、刺されたら大怪我するし下手したら死んじゃうなーってとこまではわかってる。だからそれを阻止して欲しいんだけど。流石に人が刺されるのを知っていて放置するのも気分悪いし。この依頼、受けてくれます?」
占い師の問いに苫田さんはピクピクと耳を動かした。
「………相手は一般人、なのですよね?」
「もちろん。フツーの男の人よ。ただ、日常生活にはいろいろとあるみたいだけれど」
カップルで占いに来て日常生活にはいろいろある男の人かぁ。いったいどんな占いをしに来たのか、気になる。
苫田さんも同じことを考えたのか、私の気持ちを代弁するような質問をする。
「どのような占いをしたのか、教えてもらっても?」
「残念。それは秘密。守秘義務がありますから」
───おい。さっき私が占ってもらったことにそれは適応されなかったぞ?
心の中でツッコむ。けれど占い師は知らん顔だ。
「私がわかるのは、このハンカチの持ち主が夏祭り中に刺されること。夏祭りはこの週末の土日よね? 私が見た景色だと夜の時刻。町中の提灯に明かりが灯された時間帯、かな。場所もおおよそならわかるわ。どう?」
「なるほど、張り込みですか」
苫田さんは小さく頷き尻尾を大きく振った。
「それなら対応いたしましょう。この依頼の報酬は先ほどの警告で相殺する。それでよろしいですか?」
「ええ、もちろん。それじゃ、このハンカチは預けておくわね」
占い師はハンカチを机に置く。
苫田さんはそれを確認してから優人さんを呼んだ。
「優人、仕事です」
優人さんは話を聞いていたのだろう、はい、とこちらを見ないで返事した。
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