6 良い言葉

「昨日、占い師に会ったんですけど」

 事務所の掃除を終え昼食を優人さんと並んで食べている時、苫田さんに声をかけた。

 今日の昼食はお出汁が温めのきつねうどん。暑いとはいえども一日中クーラーの中にいたらお腹が冷える。だから今日は温いうどんにしたのだ。熱いのは優人さんは嫌がるかなと思ったけれど、そんなことなく大人しく食べている。よかったよかった。

 私の言葉に苫田さんはまん丸い眼を細めた。今日は茶色の毛をした猫で、瞳がうっすら青くて綺麗。

「ほう、占い師ですか」

「占い師っていうよりも、魔術師でした。結界張ってたし」

 私は昨日出会い占ってもらった占い師のことを思い出す。

 黒髪のロングに赤のメッシュ。手足が細長くてまるでモデルのような美人さんだった。そんな綺麗な人が真っ昼間からお酒を飲んでいたのには少々びっくりした。その人のする占いが、占い師だというのに誕生日を聞いたり手相を見せてとも言わなかった。突然意味深な言葉を残してそれが占いだと言ってお金を払うよう請求された。払うことを拒否したら呪うとまでいう、なかなかな人だった。

 私はまあ、変な人だなぁくらいの感想だったけれど、ななみは違ったらしい。占い結果に納得したのかしなかったのか、あの後妙に大人しくなってしまったのだ。まあそれも夕方頃にはいつも通りに戻っていたけれど。

 それだけ、あの占い師の言葉に思い当たる何かがあったのかもしれない。

「その占い師、黒髪の女性ですか? 歳は確か、優人の二つ上でしたね」

「へ? あ、はいそうです。そのくらいの人。知り合いですか?」

 苫田さんは猫らしく机の上でくるりと転がる。クーラーをつけているとはいえ暑いのは変わらないらしい。一日中ずっとダラダラしている。

「ええ。そうですか、もうそんな時期」

 ………ふむ。苫田さんが知り合いだというのなら、優人さんはどうだろう?

 優人さんを見ると、私たちの会話を静かに聞いているようだ。けれどその表情はいつもと変わらず無表情で感情が読めない。

「優人さんは知ってます? 占い師」

 優人さんは私をちらりと見るだけで何も答えない。というかうどんを食べるのに必死らしい。すぐに視線は私ではなくうどんに戻る。

 ………今の感じだと、知らないわけではなさそうだ。

 苫田さんは優人さんが答えないのを見て私に質問した。

「それで、占い師に何か言われましたか?」

「はい。えっと、徹底的に努力しろ。そうすりゃ最後に願いは叶う、です」

 確かそんな感じの言葉だった。細部はなんとなく違う気もするけれど、大筋は間違えていない。

「そうですか。それは良い言葉をもらいましたね。大切になさい」

「はあ………」

 良い言葉、か。うんまあ悪くはないと思う。努力すれば願いは叶うんだもんね。やり甲斐がある。

 私はうどん椀に残った汁を啜って昼食を食べ終える。優人さんはおかわりを取りに台所へと行ってしまった。

 なんとなくだけど、どうやら優人さんは占い師の話をしたくないようだ。このタイミングで聞けることは聞いておこう。

「苫田さん。昨日占ってもらった占い師は当たるって評判らしいんですけど、本当なんですか?」

 こそこそっと尋ねてみる。あの占い師、結界を張れる魔術師みたいだし苫田さんの知り合いみたいだし、苫田さんなら占い師について何かしら情報を持っていそう。あの占い師の占いが当たるかどうか、よく知ってるかも。

 私の質問に苫田さんは楽しそうに尻尾を振った。

「彼女は本物ですよ。代々占い師の家系の子で、実力はかなりのものです」

「占い師の家系? 魔術師ではないんですか?」

 結界を張ったのだ、あの占い師は魔術師なのだとばかり思っていたけれど。

 私の疑問に苫田さんは少しだけ首を傾げ、起きて私の真向かいのソファに移動してきた。

「和香奈さんが昨日出会った占い師は魔術師ですよ。そうですね………魔術師の中で占い師という職業を選んだ人、と考えていただければ」

「魔術師の中で、占い師を選ぶ。………魔術師って職業じゃないんですか?」

 てっきり魔術師という職業があるものだと思っていたけれど、その認識はどうやら違うらしい。苫田さんは考えるように尻尾をくねくねと動かす。

「魔術師というのは奇跡を望み努力する者のことです。彼らは魔術を行使する際に地脈・霊脈・気脈それと流脈、これらの力を使う。それが魔術師」

 ………地脈以外の謎単語が羅列された。よくわからないけれど、地脈のような力が他にもあるっていう認識でいい、のかな?

「魔術師はそれらを使い奇跡に手を伸ばす人間のことを指すので、職業ではありません。まあ、一般人と分けて考えるのに「魔術師」と語りますがね。………だからこそ、特権意識が芽生える魔術師も出てくる」

「特権意識………」

 そう言われて、春先に出会った私を殺そうとした魔術師を思い出した。そういえばあの人は、優人さんのことを黒猫だとかなんとか言って馬鹿にしてたし、私のことを一般人だと言って自分の欲求のために殺害しようとした。それが苫田さんの言う特権意識だったのかもしれない。

「魔術師である人間はそれぞれの得意分野を活かして日々の糧を得ています。占い師、僧侶、祈祷師、学者、医者、教員など様々ですね」

「え?! お医者さん?!」

 魔術師でありお医者さんでもあるって、そんなことあるの?! それってどんな病気でも治せちゃう、スーパーミラクルドクターではなくって?!

 私の驚きが面白いのか、苫田さんが笑った。

「魔術師は自身の肉体を通じて術を行使する。なので自然と人体に対する知識が増えるのですよ。それを応用して医者になる魔術師もいますし、代々医療魔術の研究を進めている家系もあります」

「はえ〜なるほど」

 なら、私がこうやって魔術師の弟子をしていることは無駄にはならないのか。魔術師の弟子になった時は借金返済のことしか考えていなかったけど、思わぬ発見に心が躍る。

 優人さんが台所から戻ってきて私の隣に座り再びうどんを食べ始める。

 その様子を見て、ふと思い出した単語があった。

「そう言えば………フジュツノタイカ、でしたっけ? それも職業なんですか?」

 以前苫田さんがそんな単語を言っていた。これも魔術師の職業なのだろうか?

 私の問いに驚いたのか、優人さんがうどんを食べる手を止めて私を見た。けれども何も言わずにまた食べ始める。何か言いたいことがあったのかもしれないけれど、口にうどんがあって話せなかったのかもしれない。

 ………………なんなんだろう?

 私の問いは苫田さんにとって嬉しいものだったらしい。苫田さんはヒゲをぴょこぴょこ上下に動かし私をまっすぐに見た。

「巫術の大家、というのは巫術師の家系でも有名な家柄、ということです。巫術師というのは………そうですね。日本の魔術師、と思っていただければ」

「日本の魔術師?」

 ………意味がわからない。魔術師に日本バージョンとか海外バージョンとかあるの?

 首を傾げる私に苫田さんは頷く。

「日本に西洋魔術の知識が流入したのはやはり、幕末・明治維新あたりですね。それまでは日本独自の魔術体系が構築されていました。そしてその魔術を使用しているの魔術師のことを巫術師と呼ぶ」

 苫田さんはそこで言葉を区切り優人さんを見る。けれど優人さんはガン無視だ。大人しくうどんを啜っている。話す気はない、ということだろう。

「西洋魔術の良い点は、魔術というものが大多数にも理解できるように知識体系として確立していることです。なので魔術行使の素質さえあれば誰でも魔術を体得することができる。しかし、巫術師はそれができません」

「………魔術体系が日本独自だから?」

 なら、日本人なら誰でも利用できそうだけれども。

 けれど苫田さんが首を横に振る。

「巫術は魔術と違い、遺伝情報を重視する傾向がある。肉体に拘るんですね。一族で研鑽された巫術の技術を体得した者がその子孫に伝承しさらに研鑽する。故にその技術は一族の遺伝がない人間には使えないことが多々ある。部外者が気軽に体得できるものではない。もし体得しようとするのなら、肉体を入れ替えなくてはならないんです」

「はえ〜」

 遺伝情報を重視ってことは、その家の子供でなければ体得できないってことか。そしてそうでなければ肉体を入れ替えるなければならない。………肉体を入れ替えるってそんなことできるのか? もしやるとしたらかなり物騒。

 話を聞いている限り、巫術師になるには門戸がとても狭そうだ。

 となると、占い師さんはどうなのだろう?

「………占い師さんの家系は代々占い師の家なんですよね? となると、もしかして占い師さんは魔術師でなくて巫術師だったりするんですか?」

「そうですね。彼女の家は遡れば戦国あたりまで辿れるはずですから、今の説明だと巫術師ということになります。ただ彼女の家は肉体というよりも魂そのものを重視しています。巫術師として技術の研鑽をしているかというと、どうなんでしょうねぇ」

 苫田さんの曖昧な言葉に首を傾げる。

 肉体ではなく、魂を重視? 魂ってのがよくわからないけれど、肉体に拘らないのなら巫術師ではなさそう。でも戦国時代から続く家なら、日本独自の魔術を使ってると思うんだけど。

「………もしかして、その辺りの区別ってはっきりとしてなかったりします?」

 私の質問に苫田さんは頷いた。

「各家々の歴史の話ですし、家系で研鑽されている技術は秘匿とされています。魔術師・巫術師の分け方は部外者から見てそうだと判断しただけということ。だから、外から見て魔術師だと思った家が実際は巫術の家だった、なんてこともザラです。魔術師・巫術師の区別そのものの意味は薄い。………………まあ、巫術師は肉体に拘りますからね、外部から入ってくる血に対して警戒心が強い。魔術師と混同されるのを嫌う家もあります」

 それってつまり、結婚する相手をめっちゃ選ぶ、ということなのだろうか。となると家同士が納得しないと結婚できないわけで、お見合い結婚が基本なのかな? 巫術師ってのは自由恋愛できない家なのかも。………なかなか庶民には信じられない発想だ。

 苫田さんは優人さんを横目で見ている。その眼はちょっとだけ、意地の悪いものに見えた。

 ………優人さんは巫術の大家の子だと言っていた。つまり、そういった価値観の中で優人さんは成長したということか。

 とにかく、優人さんは日本独自の魔術体系を持っている巫術師の中でも有名なところの人らしい、ということはわかった。なるほど、だから井倉さんが優人さんのことを「お坊ちゃん」と呼んだのだ。

「巫術師って、なかなか大変そうですねぇ」

「そうですねぇ。こういう話を考える度、私は魔術師でよかったと思いますよ」

 ………これはきっと、話にちっとも割り込もうとしない優人さんに対する嫌味なんだろうなぁ。苫田さん、ちょっと意地悪だ。

 急に、苫田さんは耳を事務所の扉の方に向けた。尻尾もピンと立っている。気がつけば優人さんもうどんを食べ終えそちらを見ている。

「噂をすれば、ですね」

 苫田さんがそう呟いた。と同時に事務所の扉が勢いよく開けられる。

「お邪魔しまーす! 苫田さん、ゆうくん、元気ー?!」

 元気いっぱいにそう発言したのは、黒髪ロングの赤メッシュの美人さん───昨日占ってくれたあの占い師だった。

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