13 その後
海と雨風でずぶ濡れになった体を労るため、庭瀬さんから借りている家に戻ってきた。自分一人だったら適当に着替えて休むところだったが、何故かここには和香奈がいる。濡れっぱなしだと体に触るだろうと考え、先に風呂に入るように言った。
なので、今は脱衣所にある洗濯機の動く音と風呂場からシャワーの音が聞こえる。俺は着ていた洋服を洗濯機に放り込み、持ってきていた別の服を着て、ソファに沈み込むように座っている。
………流石に、疲れた。
慣れない魔術の使用に、足場の悪さ、そして二度の剣技。流石に魔力の消耗が激しい。途中、携帯食で魔力の補充を試みたものの、それでも回復には程遠い。仮眠を取るべきなのかもしれないが、そうなると事務所に帰るのが遅くなる。それは避けたかった。
今回のことは、日本刀二本分の支払いに免じて苫田さんには正確には伝えないこととする。それが庭瀬さんの希望だし、この程度のことなら隠しても問題ないだろう。といっても苫田さんのことだ。恐らく俺が嘘の報告をしたというのは察するだろう。だが、だからといって問い詰めることもないに違いない。
今回は、これでいい。もし今回のような無茶を庭瀬さんがまたしてきたら、その時は今回のことも含めて改めて報告するだけだ。
庭瀬さんは俺の戦闘を見て、俺の実力がわかったのだろうか? 今回の違法な魔術具の起動の理由は、俺の実力を図るためのことだと言っていた。迷惑な話だ。もしこれで納得してもらえなかったとしたら、また変なことをしてくるかもしれない。それは勘弁願いたい。何をそんなに警戒しているのは計りかねるが、その警戒心を薄めるために無茶な実験を繰り返されてはこちらの身が持たない。もう二度とこんなことをしないよう、祈るばかりだ。
それにしても………………どうして和香奈はここにいるのだろう? 今日は万富さんの孫とデートすると言っていた。天気が悪かったから取りやめになったのだろうか? 刀を届けてもらったのは有り難かったが、まさか現場に来るとは思わなかった。デートに行かない代わりに現場に来たというのなら、今後はそういったことをしないように重々言っておかなければ。今回はまだ比較的安全な現場だったが、そうでない場合、彼女に危険が及ぶ。それは避けなければ。
今回の和香奈の行動は、もちろん苫田さんも把握しているのだろう。でなければ俺がここにいることは知らなかったはずだ。つまり、苫田さんが伝えなければ和香奈はここに来ることは出来なかった。きっと地図か何かを渡して、あの笠間の運転でここまで来たのだろう。
笠間本人が刀を届けて来るのなら、それはあいつの仕事の範疇だ。理解はできる。しかし、そこに和香奈がついてくるのはおかしい。苫田さんはどうして和香奈が現場に来ることを止めなかったのだろう?
和香奈は苫田さんの弟子とはいえ、まだまだ未熟な魔術師だ。碌な魔術も使えない。そんな弟子が現場に行くことを、苫田さんは許可すべきではないのだ。今回はまだ比較的危険性の低い現場だったが、これが指名手配されているような魔術師がいる現場なら、命が危ない。もしそのような現場に和香奈が来たとしたら、一番最初に死ぬだろう。俺がその場にいたとしても、守り切る自信はない。
今回は安全な現場だと判断したから許可したのかもしれないが、安易すぎるのではないか? もしかしたら、苫田さんは弟子を大切にしない人なのだろうか? そういった魔術師ではないと思うのだが、俺の認識が違ったのだろうか? よく、わからない。
いろいろと思うことは出てくるが、それも疲労で混濁してくる。やはり、少しだけでも仮眠をとるべきなのかもしれないと思った時に、後ろから足音がしてきた。
「いいお湯だった! 優人さんもお風呂どうぞー!」
和香奈がバスタオルで髪を拭きながら声をかけてきた。着ていた服は今、俺の洗濯物と一緒に洗濯している。なので、申し訳ないが俺が持ってきた洋服を適当に選んでもらって着てもらっている。背丈が違うのでサイズがまるで合っていないが、裾を折って工夫はしている。
「俺はいい」
「ダメですよ! 体、冷えちゃったでしょ? 風邪ひいちゃいます」
和香奈はそう言いながら俺の隣に座る。座って、体育座りをした。そうして俺をじっと見てくる。海に向かって何度も叫んでくれたのだろう、声が少し掠れている。
「………………………………なに?」
「ちゃんとご飯、食べてましたか?」
………………。
「やっぱり!」
「持ってきたおかずは全部食べた」
「でも、それ以外は食べてないんですよね? ダメじゃないですか! ちゃんと食べなきゃ!」
そう言って和香奈は頬を膨らます。
………………どうしてこの子はいつも、俺の食事を気にするのだろう? 食事をしていないことを指摘する度、その疑問が頭をよぎる。なぜなのか理由はわからないが、事務所で夕飯作ってくれるし休みの日には昼食も作ってくれる。そして今回庭瀬さんのところに来る日にはお弁当も作ってくれた。そのこと自体はとても有り難いが、作ってくれる理由がまるでわからない。どうしてだろう? もしかして、単純に料理するのが好きなのだろうか? 作ったものを食べる人間がいるから作っているだけなのかもしれない。それとも、何か別の理由があるのだろうか? よく、わからない。
「じゃあ、優人さんがお風呂から出てきたら、どっか食べに行きましょう! ほら、お昼もだいぶんすぎちゃったし。いいでしょ?」
和香奈は楽しそうにそう言って、笑顔で俺を見てきた。
時計を見ると、確かに時刻は十三時を過ぎていた。
「そんなことよりも、和香奈。どうしてここに来たんだ?」
まさか俺がちゃんと食事を摂っているかどうかを確認するために現場に来たわけではないだろう。………ではないと思うのだが。たったそれだけの理由で来たというのなら、この子は魔術師同士の争いの危険性をまるで認識していないことになる。自分の命を魔術師に狙われたことがあるというのに、そんな甘い認識を持っているとは思いたくないのだが。
それか、何か俺に用事でもあったのだろうか? 和香奈が俺個人に対する用事があるとは思えない。理由が何も思い浮かばない。
俺の質問に、和香奈は驚いた表情をした。
「どうしてってそりゃ………あのお兄さんが事務所にやってきて、それで刀をまた今度持ってくるって言ったから。それは困るって言って」
あのお兄さん、というのは笠間か。つまり、笠間はここに刀を持ってくるつもりはなかったようだ。どうやら和香奈が笠間を説得して持って来させたらしい。
「だからといって和香奈が現場に出てくる必要はない」
「でも、持ってきてもらって正解だったでしょ?」
「助かった。けれど、アイツ一人が来ればよかったんだ。和香奈は来なくてもよかった。現場は危険だ。和香奈は事務所で待機していてくれ。それとも………何か用事でもあったのか?」
和香奈の様子を見る限りあまり急いでいる様子もない。つまり、緊急性のある用事ではないのだろう。けれど、それならますます予想がつかない。いったい俺にどんな用事があるんだろう?
俺の質問に、和香奈はじっと俺を観察するばかりで答えようとはしない。いや、聞こうかどうかを少し悩んでいる風だ。口を開きかけては、閉じるを数回繰り返す。
「………………用事は、あるにはあるんですけど」
言いにくそうに、そう言った。
「………………今はいいです。優人さん、疲れてるし。また今度にします」
そう言って和香奈はソファから立ち上がり、俺の目の前に立った。
「さ、さっさとお風呂入っちゃってください。ご飯食べに行きましょ! 私、お腹すいちゃいました!」
どうやらその用事とやらは今はまだ話すつもりはないようだ。
この様子だと、俺が風呂に入るまで側から離れなさそうだ。仕方がない。ため息をついて、俺は疲れた体を起こして風呂場へと向かう。
………一体、どんな用事だったのだろう? 気にはなったが、きっと大したことないものなのだろう。なら、放っておこう。
服を脱ぐ時、お腹が鳴った。
魔警の黒猫Ⅲ 呪具師 天宮さくら @amamiya-sakura
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