9 魔術具

 日曜日。軽く運動を済ませてシャワーを浴びた後、カーテンを開ける。薄暗い色の雲が空一面に広がっていた。窓を開けると、強めの風が吹き込んでカーテンを揺らす。時刻は朝の五時半。この様子だと今日は午後から雨が降りそうだ。

 前日の昼過ぎまでは穏やかな気候だった。町に異変はないし、異常も感じられない。庭瀬さんが起動させたという魔術具による問題は何も起こらなかった。あまりにも平和なので、小旅行でもしているような気分になりかけたくらいだ。

 だから、地脈に潜って回収できなくなった魔術具───その存在を怪しんでいた。本当は庭瀬さんはそんなものを起動させていないのではないか? 起動させたというのは嘘で、何らかの理由があって俺をここに呼んだだけなのではないか? そして俺をここに呼んだ理由はおそらく、俺の実力を測りたいためだろう。そんなことをぼんやりと思っていた。

 しかし、昨日の昼過ぎから周囲の様子が徐々に変化した。それまでは何も変わらない平和な日常だったのに、足元で変に脈動する地脈を感じた。

 ───まるで、歯車が噛み合わなくなっている感覚。

 そのためなのか、昨日の午後から町中に不穏な空気が流れ始めた。その空気は一般の人にはまず感じられないだろう。魔術師ならなんとなく気づく程度の、わずかな変化。

 まず、俺の目の前で車同士の衝突事故が起きた。どちらも注意不十分だったのか、正面衝突だった。けれど接触の時に速さが出ていなかったおかげで、軽症で終わった。その後、道路を歩いていると、外灯がいきなり折れて倒れてきた。幸いにも近くに人はいなかったので誰も怪我はしなかったが、割れた破片を踏んで野良猫が怪我をしていた。散策から戻ると、庭瀬さんの工場では突然パイプのひとつが破損していた。警報機が鳴り響き、破損したパイプからは気体が勢いよく噴き出ていた。

 もしかして、地脈に潜ってしまったという魔術具が起動したのだろうか?

 一連の事件を目撃した後、庭瀬さんを訪ねて社長室を訪れた。しかし庭瀬さんは破損したパイプの修復で忙しいというので会ってくれず、追い払われた。なので、昨日は庭瀬さんに会えていない。

 冷蔵庫を開けて中を見る。冷蔵庫にあるのは工場の売店で買った水の入ったペットボトルが一本だけだ。和香奈が作ってくれたおかずは全て食べ終わってしまい、昨日から碌に何も食べていない。食べた方がいいんだろうが、考えるのが面倒なので特に何も買っていない。

 けれど、今日は何か食べた方がいいだろう。もしかしたら魔術具の処理をしなくてはならないかもしれない。とりあえずの空腹を紛らわすために冷蔵庫からペットボトルを取り出して残っていた水を全部飲んだ。

 工場は昨日起きたパイプの破損のためか、それとも日曜日だからなのか、とても静かだ。もしかしたら守衛の人もいないのかもしれない。なら、庭瀬さんは自宅にいるだろう。そう考え飲み終えたペットボトルをゴミ箱に捨て、身支度を整える。

 今日は不穏な空気に包まれた町を歩くことになる。おそらく、昨日よりも事態は深刻だろう。なので、念入りに準備をする。服装は持ってきた中でも一番動きやすいものに袖を通す。いつものように日本刀を腰に差し、腰の後ろのいつもの位置にナイフを装着する。胸ポケットには札を数枚と非常食を目一杯入れた。

 地脈に潜ったという魔術具をどのように処理したものか悩ましい。正直、地脈に潜る魔術具なんてものがどうしてこんな悪影響を及ぼしているのか、皆目検討がつかない。その魔術具は潜るだけではなくて、何かしら他の機能があるのだろうか? なら、どうしてそれが昨日になって初めて起動したのだろうか? さっぱりわからない。

 それに、地脈というのはそこにあるのを感じることはできるが、手に触れることはできないものだ。それを潜ったというのなら、それは“渡り”の魔術のようなものだ。此方から彼方へ、という魔術具なのだろう。ただ、彼方に行くことはできるが、彼方が此方に影響を与えるようとするならば、地脈そのものを傷つけなくてはならない。なら、地脈に潜った魔術具は地脈を故意に傷つけるだけの機能がある、ということなのか? 地脈を傷つけるのなら、地脈に流れている魔力そのものを枯渇させた方が楽だと思うのだが。よくわからない。

 やはり、地脈に潜った魔術具というのは庭瀬さんの嘘だった、と考える方がしっくりくる。地脈に潜ってしまった魔術具とは別の魔術具が起動された、と考えるべきなのかもしれない。

 準備を終え、外に出る。雨こそまだ降っていないが、風は先程より強く吹いている気がする。このまま強くなれば昼頃には嵐になっているかもしれない。

 工場のゲートに行くと、人が行き来できる用の小さな扉は開錠してあったが、車などを通す大きなゲートは施錠されたままだった。もちろん、守衛の人は不在だ。やはり今日は工場そのものを休みにしたんだろう。扉を開けて工場の外に出る。

 庭瀬さんの自宅のある住宅地へと歩いて向かう。道すがら、ガードレールが一つ大破していた。根本から折れ曲がり、その周りにガラスが飛び散っている。昨日の夜に誰かが勢いつけて突っ込んだのかもしれない。付近の道路に血痕は見当たらなかったが、事故にあった人が大怪我したのではないかと心配になる。

 斜面に沿って作られた住宅地は日曜日だというのに静まり返っている。いや、むしろ日曜だから朝早くから誰も行動していないのかもしれない。けれど、物を動かす音や水を使う音が一切聞こえない。犬の不安気な鳴き声が住宅地のどこからか聞こえるだけだ。

 庭瀬さんの自宅は住宅地での一等地、つまり切り開いた斜面の一番頂上にある。そこを目指して周囲に気を配りながら坂を登る。静かすぎる家々、強い風の音、時々点滅する外灯すべてが不安を掻き立ててくる。風は追い風なので坂を登るのに苦労はないが、下る時は大変かもしれない。

 坂を登り、途中にある休憩用の広場で一息つく。潮風が勢いよく住宅地に登ってきていて、潮の匂いがきつく感じられる。海は荒れ始めているのか、白波が遠目でも見え始めた。今日のような天気では海鳥は飛ばないらしく、空では灰色の雲が風に押し流されていく。

 庭瀬さんの自宅に着く。ここも他の家同様、人の気配を感じられない。確か庭瀬さんは一人暮らしだったはず。もしかしたらまだ寝ているのかもしれないと思いチャイムを数度鳴らしてみたが、反応はなかった。

 仕方がないので庭瀬さんの自宅周辺の異常を探す。庭瀬さんが言うには、魔術具は自宅の自室で起動したということだった。もしそれが本当なら何か手がかりがあるかもしれない。地脈の流れに注意しながら、ゆっくりと住宅地を歩く。

 けれど、三十分ほど探してみたが何も見つからない。だが、気づいたことがあった。庭瀬さんの自宅は地脈の本流の上を通っていたのだ。だからなのか、庭瀬さんの家から海までの直線は、建物は一つも建っていない。わざとこのように設計したのだろう。地脈の通り道を確保してあるのだ。だから、もし自宅で魔術具を起動したというのなら、もしかしたら魔術具はそのまま海へと移動したのかもしれない。

 とにかく周辺の様子をひとつずつ確認した方がいい。

 そう判断し、坂を降り、異常の感じられる場所を歩いて探した。



 午前中いっぱい使って付近を全部見て回った。其処彼処そこかしこと事故の後が生々しく残っていて、気持ちが塞ぐばかりだ。一番酷いと思ったのは、市役所の近くの一本の木だ。何かの記念に植えられた木なのだと思う、前回見た時は手入れの行き届いた木だと思っていた。その木が半分に折れていた。どうも側のビル工事で使われていた足場が壊れ、その足場が木に直撃したようだ。ビルの足場は中途半端に放置してあるし、木は折れた部分の断面が痛々しい。近寄らないようにするための赤色のコーンが、現場を虚しく見せる。

 まったく、自分の研究のためといえども、こんな事態を引き起こす魔術具を起動させるだなんて、頭がおかしいんじゃないか?

 この事態を引き起こしたであろう原因を作った庭瀬さんに怒りが湧く。脈主なのだからその土地に住む住民たちの平穏を願うべきだし、そのための努力をしなくてはならない。それが義務だろう。その義務を果たすからこそ脈主という地位を与えられるのだ。それなのに研究のためだとかなんとかいって好き勝手するのは間違っている。

 鬱屈した思いを抱えながら、工場へと戻ってきた。歩き回った結果、どこも問題の発生源からは遠い気がしたのだ。

 小雨が降り始めた。予想通り、午後からは雨模様のようだ。

 扉を開けて工場の敷地内に入って、足を止めてしまう。

「………なんだ?」

 ここを出る時には感じられなかった違和感が、強く感じられる。安寧を否定するかのような緊張感が、場を支配している。その原因を見つけるために、立ち止まった場所から工場全体を見回す。けれど、ここからではよくわからない。まだここからは少し遠い、ということしかわからないのだ。

 この違和感は何か大きな結界が張られているとか呪いの類ではなさそうなので、原因を探すために工場内を歩き回る。といってもほとんどの場所は施錠されていて中には入れない。歩けるところだけ歩いて探した。しかし、どれだけ歩いても確信からは遠く感じる。

 そうこうしている内に、工場の裏手に行き着いた。

 工場の周りには金網が張り巡らされていたが、海に面した場所はその金網がなかった。必要がないと判断したのだろう。工場の建物のある場所から五メートル先は崖になっていて、海が広がっていた。天気が良ければ絶景だろう。残念ながら今は汚い色をした荒れた海しか見えないが。

 その場所で一人、人がいた。庭瀬さんだ。雨合羽を羽織って海を見ているよだ。

「庭瀬さん、こんなところで何をしているんですか?」

 近づいてみると、庭瀬さんの手には板と丸い球体があった。板は真ん中が少し窪んでいる。その窪みに収まるようにして丸い球体が乗っているのだ。それを片手で支え、もう片手で球体を動かしている。

「なんだ、黒猫か。いや、魔術具を昨日ひとつ起動させたはいいんだが、海底で引っかかったようだ。コントロールが効かない。なんとか動かせないかと昨日の夜から頑張っているんだが、駄目だなこれは」

 そんなことを悪気もなく言う。

 ………一瞬、この人は何を言っているんだ、と思考が止まりかけた。

 魔術具を昨日起動させた? もっと以前の話ではなくて? そもそも海底で引っかかっているとはどういうことだ? 地脈に潜ったんじゃないのか?

 いろいろな疑問が思い浮かぶが、おそらくこれら全部。

「………………庭瀬さん、俺に依頼した地脈に潜って回収できなくなった魔術具っていうのはもしかして」

「ああ、嘘だ。だから昨日、せっかく俺の管理区域に来てくれたお前のために骨董屋から買った魔術具を一個起動させた」

 庭瀬さんのその言葉に、こめかみが痛くなる。

 この人は本当に馬鹿なんじゃないだろうか!

 もしかしてそういうことをしたんじゃないかと心の奥底で疑いつつも、けれど脈主なのだからそこまでの馬鹿はしないだろうと期待していたのだが、裏切られた。いやだがそもそも嘘じゃないかと疑ってはいたのだが。それでも、いくらなんでもこれは酷いだろう。

「何を馬鹿なことしてるんですか! そんなことするから、昨日から町の彼方此方で事故が多発してるじゃないですか」

「そんなこと知るか。これしきのことで事故を起こす奴らなんて、日頃から現実から目を逸らして生きてる幽霊みたいな奴らだろう。そんな奴らのことなんか、俺は知らん」

「知らんじゃないでしょう。彼らは彼らなりに精一杯生きているんですよ。脈主なら、彼らの生活を脅かさないようにすべきです」

 俺の言葉に庭瀬さんはまるで関心が向かないらしい。視線はずっと海と手元の球体を往復するばかりだ。その様子に、ますます腹が立ってくる。

 この人にとって自分以外の人間はどうでもいい存在なのだろう。その考え方が、気に食わない。

「管轄区域の住民の生活を守れないというのなら、他の脈主たちの適正に文句を言うのではなく、庭瀬さんこそ脈主を辞めるべきだと俺は思います」

「お前の正義感なんぞ、俺にはどうでもいい。いいか? ここは俺の管轄区域だ。そしてお前は脈主を守るべき魔警の黒猫だ。俺の方針に文句を言うな。従え。そのためにお前たちには毎月多額の金を渡している。それでも俺が気に食わないというのなら、その腰の刀で俺の首を斬ってみろ」

 庭瀬さんのその言葉に、何も言えなくなる。

 所詮、魔警は脈主の下位の存在だ。逆らうことはできない。逆らうことができるとしたらそれは、脈主として庭瀬さんは不適合であると魔警の上層部の人たちが決定し、排除の命令が出たときだけだ。俺の一存で斬り落とすことはできない。そんなことしたら、俺の首が物理的に飛ぶ。現状、俺の命をかけるほどの事態にはなっていないのに首を差し出す行動に出るのは、得策ではない。

「そもそも、お前が悪いんだぞ? 俺が説明を求めたにも関わらず実力がどの程度なのかを言わなかったからな。だからこうやって休日を狙って魔術具を起動させたんだ。ちゃんと人払いをしているだけでも有難いと思え」

 雨風が一段と強まる。魔術具の影響が大きくなっているのだろう。ここでこのまま庭瀬さんに反論し続けたとしても事態は改善しない。無意味だ。

 大きくため息を吐いて、海を見る。ここからではよく見えないが、どうやら起動させた魔術具は海底にあるようだ。海は午前中よりも激しくうねり白波を立てている。

「………それで、起動させた魔術具はどういったものなんですか?」

「起動させると、自動で地脈の本流を探してくれる魔術具だ。本流を見つけるとそこに固定して地脈の流れの量を増加させる」

「増加、ですか? 変動とかではなく?」

「そうだ。支流や葉流に流れる力を本流に引き込む仕組みらしい。昔はそれで一部分の土地を潤して農作物なんかを過剰採集していたようだ。しかし、その後のリバウンドが酷くてな。一年まるまる使ったら二〜三年は何も摂れんかったらしい。まあ、利益の先取りということだな」

 悪質な魔術具だ。そんなものを多用していたら、地脈に傷ができてしまう。だから過去に作られた地脈に干渉する魔術具は全て破壊するべきなのだ。迷惑極まりない。

 そして今回は、その地脈の流れを海底で増加させることになってしまい、土地に流れている力の流れが狂ってしまった。そして地上では事故が多発する状態になった、ということなのだろう。

「起動後の魔術具本体はどうなるんです?」

「魔術具はこれ」

 そう言って、庭瀬さんは手に持っていた板と球体を俺に見せる。

「これでコントロールする。本体は起動後、本流を探して自動で動くんだが、見つけたらその場に爪のようなものを出して土地そのものに張り付く仕組みになっている。しかし、張り付く場所が悪いと通行の邪魔になるからな、このコントローラーで邪魔にならない場所まで移動させることができるんだ。だが、今回はいきなり海に向かって動きやがった! 止めようと操作したんだが、言うことをまるで聞かん! 不良品だ!」

 庭瀬さんはそう言いながら、怒ったように球体を前後に動かす。けれど、魔術具がそこから動いた様子はなさそうだ。怒りに駆られてコントローラーを投げ捨てる、という真似をしないだけマシなのかもしれない。

「自業自得です。つまり、魔術具の本体そのものは海底にあるということで間違いないんですね?」

「ああ、もちろんだ。だからそれを斬ってこい。お前ならできるだろう?」

 庭瀬さんはそう言いながら口元を歪ませて俺を見る。まるでこの事態を少し楽しんでいるかのようだ。悪趣味だ。

「やろうと思えばできるとは思いますけど………………もし出来なかった場合、どうするんです?」

「出来るまでやれ。言っとくがな、昨日から俺の右足の踵が痛い。痛くて堪らないんだ。この痛みを取るためにもここでグダグダ文句を垂れずにさっさと行け。それに、俺は泳げないんだ! だから海底に行って魔術具を物理的に回収することもできん。俺に何も期待するな! 何がなんでもやれ!」

 酷い脈主がいたもんだ。ため息が止まらない。どうしてこんな人物が脈主として居続けることができるのだろう? 不思議でならない。早く次の世代の脈主に変わってほしいもんだ。まあ、後継ぎがいないのでなかなか難しいだろうが。

「今回のことは、苫田さんにきっちりと報告させてもらいます」

「ふざけるな! そこは隠せ! お前の実力を測るために魔術具を一個無駄にしたんだぞ! 三百万もしたんだからな! それを知られてみろ! 怒られるじゃないか! 俺はあの人に怒られるのはゴメンだ!」

「知りませんよ、そんなこと。自己責任です」

 崖を見下ろすと、下には小さいながら海岸があった。崖の高さはおおよそ六メートルくらいか。体に魔力を循環させて、そっと飛び降りる。

 海岸には小粒な石と空き缶が大量に転がっている。海の流れがこの場所をこのようにしているのだろう。海が荒れているためか、海岸の広さが徐々に狭くなっている。台風の時はこの場所はきっと波に呑まれて消えてしまうに違いない。

「おい黒猫! おそらくだが、魔術具は流脈にもぶつかっている! 下手をしたら傷ができるかもしれん! 一刻も早く処理しろ!」

 庭瀬さんが崖の上から叫ぶ。が、無視する。そうなったら渡師の派遣を依頼すればいい。依頼理由には「脈主による違法な魔術具の使用による損害」とでも書いてやる。

 しゃがんで靴に水上歩行の魔術をかける。かけることはできるのだが、あまり得意ではない。長時間は持たないだろう。やるなら短時間で終わらせるべきだ。

 けれど、問題がひとつある。刀だ。

 打ち直しを依頼した日本刀が未だ届かない。正直、この借り物の刀では難しいと思う。けれど、新しい刀が届くまで待つということはしたくない。放置すればするほど怪我人が増えるし、最悪の場合死人が出るかもしれない。それは避けなければ。

 荒れる波の上に乗る。荒れているから水の上で安定できない。常に揺られているような状態になる。踏み込みがうまくできない。

 とりあえず軽く走って異常の中心点に向かう。崖の上から庭瀬さんがそこじゃないとかもっと左だとか叫んでいるが、その声も雨風で徐々に聞こえなくなる。

 十分程走ってようやくそれらしき場所を見つけた。

 一息にそこまで飛ぶと、波の動きが急に変わる。それまでは海岸へと強く動いていたはずなのに、円を描くように渦を巻き始めたのだ。

「まさか」

 急いで回避の行動を取る。予感が当たり、渦の中心から針のように波が突き出して、俺を刺そうと向かってくる。それを全て避けつつ後退する。

「魔術具の防衛装置か。厄介だな」

 赤の他人が魔術具を勝手に排除しないための仕組みだ。この骨董品はご丁寧にも、そういった仕組みまで備えていたらしい。通常なら起動者本人が装置を停止させれば問題ないのだが、先ほど泳げないと宣言された。期待はできないだろう。コントロールが効かないと言っていたし、俺の実力が見たい人なのだ、例え泳げたとしても、わざわざ魔術具の起動を自分で止めるなんてことはしないに違いない。

 どうするべきか。距離をある程度とればこの攻撃は止まるだろう。所詮防衛装置なのだ。こちらを追いかけてまでは攻撃してこない。しかし、距離をとって魔術具の在処を探ることは不可能だ。これは海に潜って探しても同じことだ。むしろ潜ると足を取られて死ぬ可能性の方が高い。なら、このまま水上で探す方がまだいいだろう。

 逡巡していると再び海から針のような波が俺に向かって何本も向かってくる。試しに何本か刀で斬ってみたが、まるで意味がない。所詮は水なのだ。しかも地脈の影響を受けている。刀で斬ったところですぐに再生した。

 そして最悪なことに、どうやら流脈の影響も受けつつあるようだ。こちらに向かってくる海の流れが循環し、再度こちらに迫ってくる。しかも避ける度に少しずつ威力が増している。

 水上歩行の魔術は、おそらく一時間くらいしかもたないだろう。それまでにこの魔術具の防衛装置の攻撃を避けつつ魔術具本体の場所を探り当て、そしてそれを処理しなくてはならない。

 雨の勢いが、さらに増した。

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