7 テスト終了

 チャイムが鳴って、流れ作業の起立、礼、を終えた後。ものすっごい安堵感で思わずため息が溢れた。

「お、終わったあああ〜! 疲れた〜!」

 中間テスト全科目が無事に終わった。そのことに心の底からほっとする。クラスメイトたちも同じ気持ちらしく、教室中に達成感と脱力感がごちゃ混ぜになって漂っている。

 つっかれたー! 自分はよくやったよホント! 今度はテストがあることを忘れないように気をつけよう。そんなことを思いながら、鞄に教科書やら参考書やらを詰める。

「ホント、ようやく終わったね。三日で全教科って、結構キツい」

 莉緒が鞄を持って私のところにやって来た。普段はあまり感情を表に出さない莉緒だけれど、今日ばかりは少々お疲れの様子だ。眉がちょっと寄ってる。

 莉緒の言葉に全面的に同意する。たった三日間で全教科はキツすぎる。せめて五日間でやってほしいもんだ。

「わかる〜。しかも今回はうっかりテストあること忘れてたからね。もうね、初日の数学で私は死んだと思ったよ。莉緒がここ出るよって教えてくれなかったら乗り切れなかった………本当にありがとう!」

 莉緒の手を取って、感謝の意を伝えるためにぶんぶんと上下に振る。莉緒はほんの少し嬉しそうに笑って、

「当たってよかった」

 と言った。

「もうね、これは感謝してもしきれないよ! 今度一緒にお茶しに行こうっ! 奢らせて!」

「大袈裟だよ。そんな大したことない」

「いやいやいや、私にとっては一大事だったんだ! 本当にありがとーっ!」

 お茶しに行くならいつがいいかなっ?! なんて莉緒と話そうとした時、教室の出入り口が少しざわついた。しかも、女子ばかりざわついているみたいで、黄色い声が聞こえる。

 なんだろう? と視線を向けてみると、どうやら上級生が来たらしい。ちょうど近くにいた女子生徒がその上級生に何やら聞かれている。

「鶴崎さんならいますけど………」

「そっか。ありがとう」

 女子生徒にお礼を言って教室に入ってきた上級生を見て、私は思わずぽかんと口を開けてしまった。

 なっ………なんというイケメン! すらっとしてて顔のパーツの配置が完璧で背中に花しょってるんじゃないかってくらい華やかな雰囲気の上級生だ! 学ランだというのに、上質な服でも着てんじゃないかって勘違いしてしまいそう! 実はこの人芸能人なのよって耳打ちされたら信じてしまうくらいに、イケメンオーラ全開だ! こんなのがいきなり教室に来たら、そりゃ黄色い声出しちゃうわ! 納得!

 そんなイケメン上級生がなぜだかまっすぐ私たちのところにやってくる。

 ………なんで? 私、こんなイケメンと知り合いなんかじゃないよ?

 もしかして莉緒に用事なのかな? と思って莉緒を見ると、莉緒はなんだか少し嫌そうな表情をしている。やっぱり、知り合いなのかもしれない。

「テストお疲れ様。少しいいかな?」

 イケメン上級生は私と莉緒の目の前に立って、そんな言葉を発した。それだけのことなのに、気がついたら私たちを囲むように女子たちが壁を作っている。

 な、何が起きてんの?

「えっと………お疲れ様です」

 変なプレッシャーを感じつつもう一度莉緒を見るけど、莉緒はいつもと変わらない表情だ。さっき一瞬見た嫌そうな表情は、私の気のせいだったのだろうか? いつものように、静かにそこにいる。

 莉緒はこの上級生と知り合いなんだよね? と不安になる。そうじゃなかったら、この上級生はいったい何しにここに来たのさ?

「………莉緒、上級生に挨拶されてるよ」

 肘で莉緒をつつくと、小さな声で、

「お疲れ様です」

 と言ったっきり黙ってしまった。

 知り合いかも、と思ったのは私の思い違いだったのだろうか? 莉緒の態度はまるで「話すことはない」とでも言っているかのようだ。

 イケメン上級生は莉緒の方はちらりと見るだけで、私に視線を合わせてくる。

「君が鶴崎さんだよね? 今日は君に用事があって来たんだ」

「へ? 私?」

 一瞬、イケメン上級生が何を言っているのかわからなくて止まってしまう。

 今、私に会いに来たって言った? なんで? 私、この人と会うの初めてなんですけど。初対面の相手に用事って、どゆこと?

 まっさかー! 人違いでしょ!

「人違いじゃないですか?」

「人違い? 君は鶴崎和香奈さんじゃないのかな?」

「それは私ですけど。人違いじゃないですか? ねえ?」

 莉緒に同意を求めるけれど、莉緒は困ったように首を傾げる。それにつられて私も首を傾げた。

「あれ? 俺のこと、何も聞いてないのかな? 困ったなぁ」

 イケメン上級生はそう言うと、困ったように腕を組んで首を傾げる。たったそれだけの動作なのに、ものすごく絵になる人だ。なんだか私がものすごく悪いことをしているような、そんな気持ちになってしまう。

 というか、私がこの人を知らないことがなんで困るんだろ? 意味不明だ。

「あの、申し訳ないんですけど、どちら様でしょう?」

 その問いを発したら、側で取り巻きのように私たちの会話の行く末を見守っていた女子たちが驚いたような悲鳴をあげる。その中には、信じられなーい、という言葉も含まれていた。

 え? なに? 私、何か悪いこと聞いた? というかこの状況、どういうことなのさ? この人、そんなに凄い人なの? めっちゃソワソワするんですけど!

 私の様子を見かねたのか、莉緒が制服の裾を掴んで小声で教えてくれる。

「和香奈、この人、生徒会の人。確か書記」

「え? 生徒会? 莉緒、生徒会メンバー知ってんの?」

「入学式の時に一人ひとり挨拶があった。覚えてない?」

 イケメン上級生の顔をもう一度見る。イケメン上級生は私たちのやりとりを微笑ましそう見ているだけで何も言わない。

 ………生徒会にこんな人、いたっけ? というか生徒会の挨拶とか、あったっけ? あの時はいろいろと気持ちがバタバタしてて、入学式の記憶とかすっ飛んでる。思い出そうにも思い出せるほどの記憶がこれっぽっちもない。

「そ、そうなの? 入学式………入学式かぁ」

 目を瞑って思い出す努力をしてみる。

 ………………だ、ダメだ! 覚えてない! 式に出席したことは覚えているけど、それ以外のことは綺麗さっぱり! 私の中で入学式というイベントはどーでもいい記憶だったんだろうな! じゃなきゃここまで綺麗に忘れてないよ!

 ここまできて、私のテンパリ具合を察してか、イケメン上級生が声を出して笑った。

「いいよ、無理して思い出さなくても。それじゃ、改めて自己紹介をしよう。初めまして。俺の名前は万富竜樹たつき。生徒会では書記をしている。君たちの一個上の二年生だ。よろしく」

「よ、よろしくお願いします………」

 そっと手を差し出されたので、思わず握ってしまう。その瞬間、取り巻きの女子たちがいいなーいいなーと騒ぎ始める。この人はアイドルなのか? いや、アイドルくらいにキラキラしてる人だけどさ!

 な、なんかとんでもないことになっている、ような気がする………………。変な汗をかき始めてるんじゃないかな私。イケメンと握手したことよりも、周りの反応にドキドキする。

 じゃ、なくて!

 先輩の自己紹介の内容を頭の中でもう一度再生する。

 イケメン上級生の苗字、どっかで聞いたことある! 確か、この間事務所に来ていた男性で、脈主の人! 同じ苗字ということは、この人はあの男性のお孫さんか何かなのかな? つまり、先輩は魔術師ってこと?!

「あの、先輩はもしかして」

「あ、思い出してくれたのかな? よかった。本当はもっと早くに挨拶に来ようと思っていたんだけど、ごめんね? なかなかタイミングが合わなくって、挨拶がこんなに遅くなってしまった」

「いえ、そんなことは………………」

 この反応を見る感じ、私の予想は当たったみたいだ。そうなのか、この人、魔術師なのか! まさかあの男性の孫がこんなにもイケメンだとは、遺伝子ってすげえな!

 そして思う。学校でこうやって挨拶に来るんじゃなくて、事務所に直接来て欲しかった! だったらこんなに大勢のクラスメイトにじろじろ見られることもなかったのに! この人は自分が周りに与える影響とか、これっぽっちも考えない人なのだろうか?

 というか、学校に魔術師がいるだなんて聞いてないよ! 教えてよ、もう! 心臓に悪いじゃないか!

 制服の裾が再びつんつんと引っ張られる。莉緒だ。

「ねえ、和香奈。この人と知り合いなの?」

 見ると、莉緒の表情がなんだか険しい。眉がめっちゃ寄ってる。

 ど、どして? どうしてそんなに険しい顔してんの?

 理由はわからないけれど、莉緒にとってこの上級生と私が知り合いなのは、喜ばしくないことのようだ。どう説明したものか………………。

「知り合いっていうか………アルバイト先に先輩の家族の人が来たことがある、というか………」

 な、なんて答えたらいいのかわからなくて、しどろもどろなりながらそんなことを言うと、万富先輩が助け舟を出してくれた。

「そうなんだ。俺のおじいさんが彼女のアルバイト先にいつもお世話になっていてね。可愛らしいアルバイトの子がやって来たとおじいさんから聞いていたから、ずっと気になっていたんだ」

「そう、なんですか」

 莉緒はそう言いつつも、険しい表情を崩さない。むしろ万富先輩を見る視線が冷たいものになった。

 な、なんで? どうしたのかな莉緒は? 何がそんなに気に食わないのだろう?

「莉緒、どしたの?」

「………………別に、なんでもない。和香奈、私、部活に行くね。また明日」

 莉緒はそう言うと私を置いて周囲に集まった女子をかき分けて、さっさと教室を出て行ってしまった。口調からして怒っているわけではなさそうだけど、不機嫌になってしまったのはわかる。

 ………………………どして? どうしてなのさー?!

「莉緒、どうしたんだろう?」

 呟いたら、それに答えるように、

「さあ? どうしたんだろうね?」

 万富先輩はそう言って首を傾げた。どうやら先輩にとっても莉緒の反応はよくわからないものだったらしい。まあ、普段からこうやってアイドル並みに女子に囲まれている人からしたら、ああいった態度を取る女子は珍しいのかもしれない。

 なんとなく居心地が悪く感じられたので、急いで鞄に荷物を詰め込み肩にかけた。

「えっと、わざわざ挨拶ありがとうございます。それじゃ、失礼します」

 挨拶は終わったのだし、もう私に用事はないだろう。なら、さっさとこの場を離れてしまおう。いい加減、見せ物のような現状が恥ずかしくって仕方がない。

 さっと万富先輩の脇をすり抜けようとするが、

「あ、ちょっと待って」

 と声をかけられる。引き止められて無視するほどの勇気は、残念ながらない。しぶしぶ止まる。

「今度の日曜日、デートでもしない?」

 その一言で、周囲の女子からきゃああああっと悲鳴が上がる。悲鳴の内容はたぶん、イケメンが放ったデートと言う言葉に反応したのと、その言葉を受けたのが私であるという現実に対する呪いだ。

 に………逃げたいっ………………!

「………えっと、なんで、ですか?」

 冷や汗が出る。周囲の女子たちの視線が厳しい。変な回答でもしようものなら、後で校舎裏に連れて行かれて文句言われそうな予感っ! ちくしょーなんだってこんな目に!

 私の焦りに全く気づいていないらしい万富先輩は、爽やかに私の質問に答えてくれる。

「親睦を深めたいから。せっかく同じ高校に通っていて年齢も近いんだ。それに、おじいさんが言ったように可愛らしい子だし。もっといろいろと話をしてみたいな。………………駄目かな?」

 ダメですって言いたいっ!

 汗がダラダラと真夏でもないのに出てくるっ! プレッシャーが凄すぎるんですよこの状況! お前みたいな凡人がイケメンとデートだなんて許さねぇぞっていう圧力がすごいの!

 でも、断りにくい! だって万富先輩、ものすっごく眼をキラキラさせて、こう、母性本能を引き摺り出すような顔してんだもん! お前は子犬か! これ、断ったら断ったで周囲にいる女子たちに「お前、先輩の誘い断るだなんていい度胸してんなオイ」と追い詰められそうなんですけど!

 も、どうすりゃいいのさ!?

「けっ………健全なデート、ですよね?」

「もちろん。親睦を深めるのが目的だからね。それに俺たちは恋人同士なんかじゃないし。食事でもしながら話しようよ。君のアルバイト先のこととかさ」

 アルバイト先のこと、と聞いて、少しテンパっていた気持ちが冷める。

 万富先輩が話したいのは私個人のことではなくて、魔警のこと。つまり、魔術師同士の話でもしようってことなんだと推測する。と言われても、たいして話せることもないけれど。だって私、魔術師なりたてだし、魔警のこと詳しくないし。でも、恋愛のあれやこれやと無縁なのは助かるかも。

 それに、私の知らない魔術師の世界のことを教えてもらえるのかもしれない。そう考えたら、この提案は悪いものじゃないかも、と思う。

「そういうことなら………………」

 心臓が口から出そうなプレッシャーの中、私は人生初のデートをすることになった。



 テストの疲労にプラスアルファが加わって、漕ぐ自転車のペダルがとても重く感じられた。でも負けない! これしきのことで負けてなるものか!

 必死に漕いで、事務所のあるコンビニの駐車場に自転車を停める。外階段を登る頃にはいつもの調子がようやく戻ってきた。

「お疲れ様です〜」

 事務所は相変わらず電気を点けていない。夕暮れに向かいつつある日差しがぼんやりと事務所内を照らしている。

 そんな事務所の中で、優人さんはいつものように真っ黒な服装で、窓枠に腰掛けて外を見ている。私の挨拶に返事はない。いつも通り、正常運転だ。

 事務所内をざっと見ると、机の上に空になった缶コーヒーの缶がひとつ放置してあった。優人さんは普段インスタントコーヒーを飲むので、これは誰かが来たということなのだろうか?

「今日はお客さんが来たんですか?」

 優人さんに問いかけるけど、答えはないし動こうともしない。私の声が聞こえていなかったわけではないはずなので、これは明確なる無視だ。

 その姿を見て思う。なんとなく、だけれども、優人さんは不機嫌だ。おそらく、来客に嫌なことでも言われたんだろう。だからって黙り込むのは大人としてどうかと思うけど。

 とりあえず掃除をしよう。私がいない間、そこまで雑多にはなっていないけれど、やっぱりゴミは放置だし、書類はいい加減に机にほったらかしだし、うっすらと埃が積もってるし。

 まだ少し明るいけれど、事務所の電気を点けて鞄を定位置に置く。ここに来る前に買ってきた食材を冷蔵庫に片付け、掃除を始めた。

「優人さん、私がいない間、ちゃんとご飯食べてましたか?」

 机を拭きながら尋ねてみる。

 さっき冷蔵庫の中を確認したら、アルバイトを休む前に作り置きしていたおかずは全部なくなっていた。残さず食べたのだと思う。けれど、あの量じゃ三日は持たなかったはず。作り置きのおかずを食べ終わった後、ちゃんと食事を取っていたかどうか、微妙だ。とても微妙だ。どうせ気が向いた時に適当にコンビニで何か買って食べていたに違いない。

 私の質問に優人さんは、

「別に」

 と答えるだけだ。

 つまり、ろくに食べていなかった、ということか。

「ちゃんと食べないとダメですよ! 風邪ひいちゃいます」

「今は気候がいいから、そんなことじゃ風邪なんかひかない」

「ひきますよ。食事は大事です!」

 事務所内の掃除を終えて、台所に立つ。今日は小松菜が安く買えたので、それでおひたしを作ろう。それと大根があるから、鶏肉と大根でも煮ようか。

 そんなことを考えながら料理の準備をしていると、優人さんが台所にやって来た。

「和香奈、明日から少し出かける」

「へ? 出かける? 誰が?」

「俺が」

「え? なんで? どこに? いつまで? どのくらい? すぐ帰ってきます?」

 矢継ぎ早に質問する。じゃないと、質問したことにしか答えてくれない。

 私の質問に優人さんは困ったように腕を組んだ。

「脈主の庭瀬さんから仕事の依頼があった。明日現地に行ってみないと、どのくらい時間がかかるかわからない。なるべく早く終わらせるつもりだけど」

 優人さんの仕事はいつもこれなんだな、と思う。行ってみなくちゃわからないし、どのくらいで終わるのかもわからない。

 でも、困ったことになったぞ。

「そっかぁ〜困ったなぁ」

 私の言葉に、優人さんは首を傾げた。

 久々に事務所で料理をするもんだから、事務所に来る前のスーパーでちょっと多めに食材を買ってきてしまったのだ。優人さんが当分帰ってこないとなると、この食材がダメになってしまう。廃棄するのはもったいない。だからと言って私の家に持って帰るのは、材料の購入費用は優人さんから出ているので抵抗がある。

「仕事先の、庭瀬さんですか? その人のところで冷蔵庫とか借りれます?」

「冷蔵庫? どうだろう。頼めば貸してくれるとは思うが」

「よし。わかりました。なら、明日出かける時におかず、持っていってください。まさか優人さんが不在になるとは思ってなくて、食材買いすぎちゃったんですよ。腐らすのも勿体無いし、とりあえず全部調理します。なので、持っていってくださいね」

 私の提案に、優人さんは少し驚いた表情をする。けれど特に不平不満はなさそうだ。そのことを確認して包丁とまな板を準備する。

 だって仕様がが無いじゃないか。買って来た食材を無駄にするくらいなら、出来うる限りおかずを作って持っていってもらって、食べてもらうのが一番だ。作るのに時間はかかるけど、無駄になるよりずっといい。

 そうと決まればゆっくりしていられない。ちゃっちゃと手を動かそう。

 とりあえず鍋に水を張り始める私を、優人さんは不思議そうに黙って見ている。別に、見ていて楽しいもんじゃないと思うけど、変な人だ。

「優人さん、何か食べたいものとかあります? リクエストがあったら、まあ、できる料理なら作りますよ」

「リクエスト………」

「簡単なものでお願いします。あ、でもオーブン使う料理とか作れないですからね! ここオーブンないんで。あと炊飯器買ってください! ご飯ものの料理ができないので」

 そんなことを話しながら、野菜の皮を剥いたり切ったりする。優人さんはリクエストを何にするのか考えているのか、側で突っ立ったまま黙りこくっている。別に邪魔になるわけでもないし、そっとしておく。

「あ! 忘れてた!」

「何を?」

 ジャガイモを茹でながら、そういえば聞かなきゃならないことがあったことを思い出した!

 包丁できゅうりとハムを千切りにしながら質問する。

「学校に万富っていう苗字の上級生がいました! あれってこの間事務所に来ていた脈主の万富さんの親族なんですか?」

「………………ああ、そういえばそんなこと言ってたな」

 知ってたんかい! 心の中で思わずツッコんでしまう。知ってたのなら教えてよ!

「びっくりしましたよ! 万富先輩、あの万富さんと違ってめちゃくちゃイケメンなんですね。なんか、今度の日曜日に食事に行くことになりました」

「へー、そう」

「人生初ですよ、デートなんて。優人さんはデートしたことあります?」

 きっとないんだろうなぁ。だって周りに女性とか彼女とかいる雰囲気、これっぽっちもないもん。いたらもうちょっと愛想良い人間になってると思う。

 なのに、衝撃の返事がきた。

「ある」

「あるんだ?! え? いつ? いつの話なんです?! というか相手は誰?! 気になる!」

 思わず手を止めて優人さんを見てしまう。

 野次馬根性丸出し。でも許して。ちょっと衝撃だったの。まさかデート歴があるとは。そういうのと無縁そうなんだもん。………………あ、でも優人さんって二十代半ばっぽいし、デートしたことがないっていうのも変な話なのかな? 私みたいに高校生になって初めてデートっていう人間の方が珍しいのかも?

 優人さんは私の質問には答えず、そっぽを向く。

「あれは苦行だ。いいものじゃない」

 ………………………………どんなデートよ、それ。

「デートで、何したんです?」

「何をしたって………………相手が行きたい店に行って映画見て食事した」

「よくあるデートじゃないですか。それのどこが苦行なんです?」

 返事はない。が、その表情は少々曇って見える。

 どうやらあまり良い記憶ではなさそうだ。もしかしたら、盛大に振られたか失敗したかしたのかも。それが心の傷になって、こんなに面倒くさい性格になってしまったのか?

 優人さんは、どんなことが苦行なのかは答えず、

「万富さんのお孫さんがどういう人なのか俺は知らないが………………あんまり浮かれないように」

 そんなことを言った。あんたは私のお父さんか。

「浮かれませんよ。むしろ、今から気が重いんですから」

 万富先輩は私と親睦を深めたいとかなんとか言っていたけれど、正直何を考えているのかよくわからない人だな、と思う。初対面でいきなり食事っていうだけでも気が重いのに、話す内容は魔警のことや魔術師のことみたいだし。浮かれようがない。

 もしこれが、私が万富先輩に片想いでもしてたら楽しいイベントになったんだろうけどなー。

 そんなことを思いながら、茹でたジャガイモをマッシャーで潰した。

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