6 依頼

 万富さんのビルを出てすぐに、抱えていた猫が目を覚ました。もがくようにして俺の手から飛び降りると、そのまま走り去ってしまう。車に轢かれるのではないかと心配したが、この辺りの土地に慣れているのだろう、車が走らない道をすり抜けていく。その姿が見えなくなってから事務所に向かって歩き始めた。

 今回の脈主会議も酷いものだった、と思う。会議はいつもあんな調子で、万富さんと庭瀬さんの二人が互いを牽制し合いながら話をする。井倉さんはそれを面白がって見るばかりだし、清音さんは他人事のように無関心だ。今回は万富さんが神経質だったことから、いつもよりも雰囲気が悪かった。同じ脈主同士なのだから、もう少し友好になって欲しい。

 そんなことを思いながら事務所のあるコンビニの駐車場に行くと、高級外車が一台停まっていた。その車体を見て、なんとなく嫌な予感がする。事務所に戻らずこのまま散歩にでも出ようかと思ったが、おそらく来客は俺か苫田さんが帰ってくるまで居続けるだろう。

 大きなため息をひとつ吐いて、外階段を登る。入るかどうか少し悩んだが、逃げても仕方がない。諦めて事務所の扉を開けると、そこには予想通りの来客がいた。

「帰りが遅いな。歩きか」

 そう俺に声をかけたのは、つい先程脈主会議を終えて別れたばかりの庭瀬さんだった。来客用のソファに座ってコンビニで買ったであろう缶コーヒーを飲んでいる。机にはパソコンが一台置いてあり、どうやら俺を待つ間に仕事か何かをしていたようだ。俺を待っていた、というよりは、仕事をしていたら俺が帰ってきたかのような雰囲気を醸し出している。

「バイクで移動するほどの距離でもないので」

「時間は有限だ。無駄遣いするものじゃない」

 庭瀬さんはパソコンを鞄に仕舞いながらそう言って、顎で俺に座るように促す。逆らうようなことでもないので、日本刀を腰から外し庭瀬さんの向かいに座った。

「苫田さんならしばらく来ませんよ。多分、昼頃になると思います」

「そうか、それは好都合だ。俺が話があるのはお前だからな、黒猫」

 俺に話? 何だろうか? 今まで俺個人に話があると言ってきた事が一度もない人だ。どうせ碌なことじゃないだろう。

 庭瀬さんは足を組み、ネクタイを少し緩めた。

「事務所、片付いているな。珍しいじゃないか。どうしたんだ?」

「それが、俺に聞きたいことですか?」

「いや、気になったから聞いただけだ」

 庭瀬さんは胸ポケットに仕舞っている煙草の箱を取り出し、少し迷ってから元に戻した。箱は開いていて凹んでいる。どうやら何本か吸った後のようだ。事務所内に吸い殻がないところを見ると、ここでは吸わず別のところで吸ったのだろう。

 庭瀬さんは小さく息を吐いて、

「黒猫、お前は今日の話の内容をどう思う?」

 と尋ねた。

「今日の話………脈主会議のですか?」

 どう思うと聞かれても。もう少し穏やかな会議にして欲しい、くらいしか感想がない。

「今日みたいな険悪な状況を作るような発言は、控えてもらえると助かります」

「なんだそれは。まるで俺がわざと相手を怒らせるような発言をしているとでもいうのか?」

「わざと、とは言いませんけど、もう少し相手を見て発言してください。俺は誰かを斬るだなんて御免です」

 ちらりと側に立てかけている日本刀を見る。あまり良い刀ではないが、あそこにいる全員を殺すくらいは可能だっただろう。

 庭瀬さんは俺の言葉を鼻で笑った。

「俺は他の脈主たちの危機意識の欠如を指摘しただけだ。相手が怒りに駆られるというのなら、思うところがあるということだ。自信がなければ辞めてしまえばいい」

「そういう………乱暴な言い方は止してくださいと言っているんです」

 大きなため息が自然と出てしまう。

 庭瀬さんは魔術師としても脈主としても優秀な人だと思う。俺が側から見てわかる程に、自分の持ち場を隅々まできちんと管理している。だからこそ、相手の足りないところが目に付くのだろう。だから指摘したくなる。しかし、指摘するにしても言い方があると思うのだが、そこをわかってくれない。俺よりも二十歳くらい年上だというのに、どうしてこの人はこんなにも相手の感情に無関心なのだろうか。

「ところでいつも思うのだが、ここの結界は少々緩すぎるんじゃないのか? 仮にも魔警の事務所だろう? もう少し防犯に意識を向けるべきだ」

「一応、建物そのものに軽い人避けは張ってありますよ。それと防音ですね。それ以外は必要に応じて、です」

「ふん。緩いな。継ぎ足すぞ」

 庭瀬さんはそう言うと指を三回鳴らした。どうやら傍受排除の結界らしい。事務所内の空気の密度がきつくなった。

「それで、俺に何の用ですか?」

 結界の具合を確かめている庭瀬さんに声をかける。時間は有効にというのなら、さっさと用件を終わらせて帰ってほしい。

 俺の問いに、庭瀬さんは足を組み直した。

「万富さんの受けた被害状況はどの程度だったんだ? あの血塗れの壁事件、井倉さんは被害者がひとりだったと言っていたが、確か二人目も存在したな? あまり大々的に報道はしていなかったが、そんな話を聞いたぞ。それですべてか?」

「その件に関してはさっき万富さん自身が情報提供できない、と言ってたじゃないですか。それを俺に聞くんですか?」

「細かい位置情報や被害規模は秘匿だろう。しかし、それ以外なら話せることがあるんじゃないのか? 例えば、その事件現場でどんな大魔術を使用されたのか、とか」

 庭瀬さんの表情を観察する。純粋な好奇心での質問なのか、それとも今後の地脈の奪い合いに利用するためなのか。

「………それを聞いて、どうするんですか?」

「あの万富さんが渡師を呼ぶほどの事態に陥った。そのことに危機感を抱いているんだ、俺は。被害状況は万富さんの意向もあるからな、それは聞かない。だが、相手が何の魔術を使用したのかは聞いてもいいだろう?」

 俺の質問には答えたくない、ということか。

 この人はいったい何をそんなに警戒しているんだろうか? 会議をあれだけ混乱させて話し合いを中断させたと思えば、会議後に事務所にやってきてもっと情報をよこせと言う。しかも、苫田さんではなくわざわざ俺を指名してきた。苫田さんは警戒しているが、俺なら話をしても大丈夫だと判断したのか? その判断基準がよくわからない。

 庭瀬さんの問いに答えるべきかどうか、考える。おそらく庭瀬さんは何かを知っている。もしくは推測している。それの確証が欲しいのかもしれない。話の運び方からして、まだ庭瀬さん自身も情報収集段階なのだろう。でなければ、もう少し会議の場を有効に利用できたはずだ。

「その質問に答えたら、俺の質問にも答えてくれますか?」

「それはもちろん。俺が答えられることならな」

 庭瀬さんは俺の提案が嬉しかったのか、口元を歪めて笑う。

 微妙だな、と思う。俺が質問したところで、この人がどの程度本当のことを話してくれるのか掴みかねる。脈主として自分の管理区域を守りたい、というのは本当だろう。そして自分以外の脈主の力量不足を不安視しているのも本当だ。そこの部分は疑う必要はないだろう。

 しかし、それ以外のことに関しては信用できない。万富さんが受けた被害状況を事細かく調べたら、そこを突いて脈主権限を奪おうとするかもしれない。その取っ掛かりにこの質問があるとしたら、答えることに少し躊躇いが生じる。

 だが、今回はかなり特殊な状況でもある。存在しないと考えられる“渡り”を実現する魔術具。本来、“渡り”の魔術そのものはそこまで魔力を使う魔術ではない。今回被害が大きくなったのは、相手が脈主の管理権限を無視してまで発動させたからだ。そして、それは魔術師本人による魔術ではなく、魔術具の補助で成り立っていた。

 つまり、地脈そのものの在り方と今回の被害は必ずしも同一ではない、ということだ。だから何の魔術で地脈が傷ついたのかを知ったところで、今後の地脈の奪い合いを勃発させるような事態には、すぐにはならないだろう。

 今後起こりうる可能性と、得られる可能性のある情報。それを天秤にかける。

「………………………“渡り”の魔術です」

 予想外の返答だったのか、庭瀬さんは顔を顰めた。

「そうか、“渡り”か。それが渡師を呼ぶほどの被害を生み出した、と。万富さんが焦るわけだな。あれは本来、そこまで魔力を喰う魔術じゃないし、地脈を傷つける魔術でもない。そうでなかったとなると、脈主の権限を排除したか強制発動させたか………ど素人がやった、という可能性も捨てきれないが、事件は最低でも二件。その可能性は捨ててもいいだろう。しかし、そんなことが可能なのか。いったいどういうことなんだ? ………万富さんが脈主の地位の安定のため、と言った理由がわかるな。これは一大事だ。相手はこちらの意図を無視する術があるのか」

 庭瀬さんは独り言のように言葉を紡ぐ。

 このまま独り言を続けさせていては何も情報を得られそうにない。遮るように質問した。

「庭瀬さん、交換条件です。俺の質問を聞いてください。………脈主会議で言っていたことを確認したい。脈主たちの情報を集めている渡師がいた、と言っていましたが、その噂話を持ってきた情報源は誰なんですか?」

 俺の質問に、庭瀬さんは俺を呆れたように見た。

「よくない質問だな。会議で答えられない、と返事したが?」

「つまり、いつもお世話になっている違法な骨董屋から、ということですか?」

 俺の問いに、庭瀬さんは一転、意地の悪い笑みを浮かべた。

「違法ではないな。あれは脈主の利益を損ねる可能性があるから排除したいだけの存在であって、売買にはなんら問題はない」

「問題がない訳ないでしょう。顧客がいるから、いつまで経っても撲滅できないんですよ」

「過去に製造された魔術具の売買は、そんなに悪いことなのか?」

「その中に、地脈への干渉を可能とする魔術具が混じっているのが問題なんです。魔警はそのような魔術具を発見次第、破壊する義務がある。これは脈主たちの総意でもあるはず。それを脈主が自ら収集するのには賛成できません」

「俺は何も面白いからコレクションしているんじゃない。その魔術具を分解・解析することで、相手がどのようにしてこちらに干渉してくるのかを研究しているだけだ」

 ため息が出る。この人は骨董屋から魔術具を買い付けることをこれっぽっちも悪いことだと思っていない。けれど、そのことを他の脈主たちに知られたら拙い、ということも認識している。だから脈主会議の場では情報提供者が誰なのかを明言しなかったのだ。

 魔術具には様々な種類があるが、基本的に分けて二種類に分類される。一度使用したら消滅する魔術具か、耐久性が多少ある魔術具か、だ。一度使用したら消滅する魔術具は、俺が普段持ち歩く札がいい例だ。あれは魔力を通して魔術を実現させたら消滅する。一方、耐久性のある魔術具の例では、俺が持ち歩いている日本刀。これは何度か魔力を通しても形を保っていられる。調書の紙はこの中間だ。調書に一度記載したらその中身は半永久的に保存される。中身を確認する時に通す魔力も微量なので消滅することはない。しかし、誤って大量の魔力を通すと消滅する。まあ、火で燃やせば一発で消えて無くなるのではあるが。

 そして、耐久性のある魔術具の中でも、何度魔力を通しても消滅しない魔術具が存在する。失われた技術とも言われる魔術具で、これは魔術具とは言わず呪具と言う。今現在、この呪具を作れる呪具師は存在しないとされる。人が自然と別ち生存する道を選んでから月日が経ち過ぎたのが原因だとされている。本当のところはわからない。

 基本的に、魔術具の売買は認められている。しかしそれは呪具師から直接購入する場合に限られている。そうすることで呪具師に正当な報酬が支払われるようにしている。また、呪具師が顧客の要望に沿った魔術具を製造することによって、呪具師の育成や技術向上にも繋がる。

 けれどそこで問題になるのが呪具の存在だ。現存する呪具の多くは大抵の場合、巫術師や魔術師の大家で保管・使用されている。基本的に市場には出回らない。そして呪具は現在の呪具師では作れない貴重なものだ。つまり、数に限りがある。

 その呪具の売買を主な生業にする人々を骨董屋と呼ぶ。骨董屋は昔から存在していて、今ではその人口はかなり減った。それは、昔は呪具が比較的多くあったし、普通に売買されていたからだ。しかし、いつからか呪具の多くは持ち主が固定化され、市場に流通しなくなった。そこで彼らが次に売買し始めたのが、魔術具だ。

 一度使用して消滅する魔術具は、現在の呪具師たちが作成するものでも事足りるのであまり扱わないらしい。彼らが扱うのは、過去に製造された耐久性のある魔術具。例えば日本刀、大鏡、簪、扇子などがそれだ。今の呪具師では再現不可能な技術で作られた魔術具を、呪具を取り扱えなくなってから徐々に売買し始めるようになった。

 戦後すぐくらいまでは骨董屋から魔術具を買い付けることは違法ではなかった。過去の魔術具は、物によっては今作り上げるものよりも精度がいいからだ。また、魔術具の耐久性は呪具に比べると劣る。それらを売り続けていれば、そのうち全ての過去の魔術具が無くなると大勢の魔術師たちは考えていたのだ。

 しかしそこで出てきたのが、地脈に干渉する魔術具の存在だ。これは現在では作成そのものを違法としている。しかし、戦中くらいまでは禁止されていなかった。もし現在、地脈に干渉する魔術具を作る呪具師がいるとなれば、これを即刻捕縛してもよいことになっている。それくらい、地脈に干渉させられることを脈主たちは嫌った。

 そして、骨董屋たちはそのことを理解して、法外な値段で地脈に干渉する魔術具を売買するようになったのだ。

 その時あたりから、骨董屋から魔術具を買い取るのは違法となった。過去の魔術具の撲滅と流通を阻止するためなのだろう。といっても、地脈に干渉する魔術具でなければ見逃すことが多い。彼らにも生活があるのだ。ただ、あまりにも値段と魔術具が釣り合わない場合は捕縛している。

 だから、骨董屋から魔術具を購入している庭瀬さんの行動は決して褒められたものではない。しかし、依然骨董屋から魔術具を購入する魔術師は少なくない。今では得られない技術を得ようと思うなら、そうする他ないからだ。

 だからといって、購入することをこうも正当化されるのは困る。魔警の立場がない。

「そもそも、危ないから全て排除する、という極端なやり方は俺は好きではない。やるならもっと事細かく分類し対応すべきだ」

「庭瀬さんの好き嫌いの話ではないんですよ、これは。………それで、その骨董屋の噂話はどの程度信用できるんですか? 正直、庭瀬さんが危機感を抱く程の噂話ではないと思うんですけど」

 脈主の情報を聞き集め、それを金銭に変えていた渡師の存在。地脈の情報そのものではなく脈主の情報だ。脈主が誰であるかは、どんな魔術師であれ魔警に問い合わせてもらえればわかることだ。なぜなら脈主は地脈の管理者、つまり地脈の魔力を自在に扱える地位にいる、ということだ。それだけ他の魔術師よりも有利な立場にいる。少々身元が割れたところでなんの問題もない。それに、大魔術の研究をしようと思えば脈主の許可が必要になる。でないと大魔術を起動する前に魔力が枯渇してしまうだろう。脈主であることを隠されると、その研究の許可を取るのに手間取ってしまい、困ったことになる。だから、脈主の情報は隠す必要ないし、金銭的価値もない。

 それなのに、それをわざわざ聞いて集めていたという渡師がいたという。そんなことをして、いったいどうするというのだろう? しかも、それをお金で買う相手がいたというのだから驚きだ。お金を払ってまで聞きたい情報があるとは思えない。

 俺の疑問が不服なのか、庭瀬さんは俺を睨みつける。

「俺が噂話を聞いただけでああいった発言をしたとお前は考えているのか? そんなわけないだろう。俺の発言を覚えていないのか? その渡師は脈主の家族構成や地脈の大まかな情報も売買していたんだぞ? この危機がわからないのか?」

「危機と言われても………別に秘密でもないじゃないですか。脈主であることはもちろんですし、地脈だって簡単なことは調べようと思えば調べられる。それは庭瀬さんも指摘していたじゃないですか」

「現時点での話で終わればな。いいか、渡師は脈主が誰であるのか以外にも家族構成を聞いていたんだ。つまり、後継ぎが誰なのかまで把握していたことになる」

 そう言われて、一瞬背筋が冷たくなった。

 そうか、だからあの時苫田さんが有意義な情報、と言ったのか。

 俺が気づいたことに満足したのか、庭瀬さんが口元を歪める。

「それはつまり、情報収集していた渡師は意図的に、脈主が空席になる場所の情報を集めていた、ということですか?」

「そうだ。今後どのタイミングで脈主がいなくなるのか、もしくは脈主候補がいなくなるためにはどうすればいいのか、を調べ回っていた渡師がいた、ということだ。まったくもって気色悪い」

 もしそれが本当だとしたら大問題だ。脈主空席の悲劇が起きるかもしれない。

 魔警が公表しているのは脈主本人のことだけに限る。なぜなら、脈主は血縁者が代々引き継ぐ地位であり、血縁者以外は引き継げない。そういう風になっている。だから脈主の家族構成はなるべく秘密にしている。でなければ、次に脈主になる予定の魔術師を殺されてしまうかもしれないからだ。

 そして、この地域の脈主は今、庭瀬さんが危惧するように不安定である。

 庭瀬さんには後継ぎがいない。結婚していないし伴侶がいない、そして子供がいない。いつかどこかの時点で家庭を持つとは思うのだが、それがいつになるのかわからない。そんなことを心配したらお節介だと怒るだろう。ただ庭瀬さんのことだ、後継ぎはきちんと用意している、と思う。

 井倉さんのところはまだ引き継いだばかりで力不足が否めない。そして後継ぎになるであろう息子の昴くんは、脈主の存在を知らないし、まだ魔術師にもなっていない。あそこは脈主という地位に対してあまり拘りがないのだ。だから昴くんが他の魔術師に命を狙われたとしたら、防ぎようがない。

 万富さんは後継ぎを指定している。それは公言している情報だ。あそこは後継ぎ候補が多すぎるので、その混乱を避けるためだろう。実際、後継ぎに指定されているお孫さんは優秀な魔術師らしい。ただ、まだ高校生だ。何かあってもおかしくはない。

 そして清音さんのところは後継ぎがいない。作るつもりもないのだと思う。遠方の親族もいないらしい。そのため、もし清音さんが死んだ場合、あの土地の脈主は空席になる。清音さんは脈主そのものに興味がないし、魔術の世界も興味がないのだろう。ただ自分の環境に引きこもっている。だから俺と苫田さんは、空席になった清音さんの土地をいかに荒れさせないようにして次の脈主に契約させるか、そのことを時々話し合っている。

 もし、脈主の情報収集をしていた渡師がこの地区の現状を把握していて、且つそれを誰かに売り渡していたとしたら。この地区の脈主たちの地位がいかに不安定であるのか知られている、ということになる。もしかしたら、魔術師の戦場になるかもしれない。

「もしかしてその渡師は、この地区の脈主の情報を調べていたのですか?」

「さあな、そこまではわからん。調べようにも脈主の俺が動いたところでわかることは高が知れている。だからこうやってお前と情報交換をしているんじゃないか」

「それはつまり、魔視正である苫田さんもまた信用できない、ということですか」

「そうだ。渡師は魔警が脈主の依頼に基づいて派遣される人材だからな。苫田さんのあの言い方では誰が派遣されてくるのかは上層部が決めることになっているみたいだが………脈主の許可なしに派遣することは、しようと思えばできるだろう?」

「派遣を依頼したら報告書を上層部に提出しなくてはいけません。ですから無闇矢鱈と派遣依頼はできませんよ」

「魔警の内部事情なぞ、俺は知らん。ただ、信用はできないと言っている。だが、お前は黒猫だからな。実際の権利は何もないだろう? そうなると、お前が渡師を使って情報収集をした可能性はとても低い。だからお前にこのことを話したんだ」

 なるほど、と思うと同時に、そこまで考えているのか、と感心する。

 俺からしたら、苫田さんを疑うなんてあり得ない。あの人は脈主の地位に拘りはないだろう。それに、今更でもある。ただ、今回の件に魔警が絡んでいる可能性があるというのは気になる。その辺りはおそらく苫田さんが上層部に確認を取ると思う。

「情報収集をしていたという渡師の名前は、わかりますか?」

「ああ。確か情報提供者は“シラトリ”と名乗っていた、と言っていたな。それが本当かどうかわからんが、そこはお前が確認してくれるだろう?」

「俺には上層部に照会を頼む権限はありませんよ。苫田さん経由になります。返事に時間がかかると思います………まあ、わかったら連絡します」

「そうしてくれ。その時はくれぐれも足跡が残らないように、細心の注意を払えよ。電話回線なんか使うな。あれは足がつきやすい」

「それは助かります。電話、嫌いなんで。それと、その渡師の特徴とかわかりますか? 身長、体型、性別、年齢、持ち歩いていた杖、特徴とか」

「知らん。むしろ俺が教えて欲しいくらいだ」

 そう言うと庭瀬さんは足を組み直し、胸ポケットから再び煙草の箱を取り出した。吸うのかと思ったが、やはり思い止まって胸ポケットに戻す。

「………………吸いたいのならどうぞ」

 そう声をかけたが、庭瀬さんは首を横に振った。

「いや、いい。吸い始めたら止まらなくなるからな。ところで、だ。黒猫………お前の実力はどの程度なんだ?」

「俺の実力ですか?」

 変な質問だ。俺の実力なんか聞いてどうするというのだろう? そもそもこの場合の実力、というのは何を指すのかわからない。いったいどうしてそんなことを気にするのだろう? 意味がわからない。

「確か、お前の実家は巫術の大家なんだろう? 俺はその手のことにあまり興味がないが、流石に日ノ宮の名前は知っている。対魔、除霊を得意とするんだったか? だが本質は違うんだろう? お前はどの程度扱えるんだ?」

 庭瀬さんの質問に、心の奥底が冷えていく感覚を覚える。

 そんなことを聞いて、どうするんだ。

「………………………その質問に答える必要を感じません」

「お前に必要がなくても答えろ。俺は常に最悪の場合を想定して動いている。その最後の切り札がお前になるかもしれない。なら、情報公開はしておいてもらわないとな」

「勘当されています。もう関係ありません」

「それは社会的身分での話だろう? 巫術は血を重視する。なら、例え勘当されていようとも関係はない」

 真剣な問いだというのは、何となくわかる。単なる興味本位での質問ではなさそうだ。俺に話がある、というのは、このことを確認したかったからだろう。

 しかし、答える気にはなれない。実家からはもう随分と離れて過ごしている。未だ勘当も解かれていない。巫術は血の縁を何よりも重視するが、本来研鑽されるべき技術は長いこと放置している。俺にとって遠い昔の出来事なのだ。それを頼りにされても困る。

 そもそも、俺に日の宮を語る権利など、もうないだろう。

「………………残念ながら、俺には大した実力はありません。諦めてください」

「十年前だったか? 事件があったのだろう? 詳しい内容は秘匿にされていてわからないが、お前は生き残って、そして黒猫だ。それに、苫田さんが言うにはお前は黒猫の中でも随一の切れ味なんだそうじゃないか」

「俺は何もしなかった。だから生き残っただけですよ。勘違いされては困る」

 ─────────ああ、胸糞悪い。

 もし俺に殺しに対する抵抗がなければ、瞬時にその首を斬り落としていただろうに。意気地のない自分に吐き気がする。

 俺が話したがらないことをようやくわかってくれたのか、庭瀬さんは諦めたようにため息を吐いた。

「わかった。なら、仕事の依頼をしたい」

「? 仕事、ですか? それは脈主としての?」

「ああ。実はコレクションしている魔術具のひとつを試しに起動したんだが、地脈に潜ってしまって回収できなくて困っている。それを破壊してくれ」

 庭瀬さんのその言葉に、思わず頭を抱えてしまう。

「………骨董品なんかに手を出すからですよ」

「研究のために必要だったんだ。起動するまで、まさか回収不能な代物だとは知らなかった。売人もそのことを把握していなかったみたいだしな。仕方がないだろう。引き受けてくれるだろう?」

 なんだか、この人の口車に載せられているような気がする。

 しかし、脈主の依頼であるならば断るわけにもいかない。試されるというのは気分がいいものじゃないが、仕方がない。

「苫田さんの許可が出れば、です。早くても明日になります」

「それでいい。来れるとなったらさっさと来い。いいな」

 話は終わった。庭瀬さんは立ち上がり、鞄を持つ。俺はその動作に特に反応もせず、庭瀬さんが事務所を出ていく後ろ姿を見送った。

 出て行った後、しばらく心の中で悪態を吐いた。

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