第28話 とてもいい笑顔で

★★★(テスカ)



 光が収まった後。

 そこにおったのは、手をパンパンに腫らしたあの小柄なオッサンと。


 頭を禿げ散らかした、中年太りしてるオッサン。


 そのふたりやった。


 ふたりとも、すっぽんぽんで、庭に倒れとる。


 小柄なオッサンは分かる。

 変身前を見とるからな。


 だけど、禿げ散らかした、この中年のオッサンは……


 あれか……ノライヌエンペラーなんか……?


 と、考えてる間に、禿げ散らかしたオッサンが気ィつきよった。


「……俺は……これは?」


 自分の身体を見て、激しく動揺しとった。

 自分が人面犬やなくなってる、と気づいたんらしくて。


「浄化させてもろたで」


「浄化したら、人間の姿になってしまうのね」


 ウチら2人の言葉に、元ノライヌエンペラーのオッサンは叫び声をあげた。


「こんな形で人化しても何の意味もない!」



★★★(池巻下郎)



 俺は人間になってしまった。


 人間に再度生まれ変わるのは俺の望みではあったが……こうじゃない!


 俺はもっと良い条件の人間に生まれ変わりたかったんだッ!


 女神マーラは言っていた。

 首尾よく極上の泣きっ面を捧げて、自分の復活を成し遂げたら、望みの姿に生まれ変わらせてやると。


 それを信じて頑張ってきたのに……


 髪の毛ふさふさで、足が長くて、かっこよくて、イケてる姿……


 それを夢見て頑張ってきたのに……!


 それがっ、それがッ……!


「こんな地獄に落ちる前と同じ姿で人化しても意味が無い!」


 俺の嘆き声。

 それは大きく響いた。



★★★(テスカ)



 ああ、このオッサン地獄言いよった……。


 このオッサンって、テツコ曰く「ビッチヘイムから逃げ出してきた妖精」なんよな?


 やっぱビッチヘイムって地獄なんや……。

 まぁ、どうでもええけど。


 ウチらには関係ない話やし。


 そんな事よりも


「オッサン」


 ウチは言うた。


「何が不満なん?」


 キモい人面犬の姿から、ちゃんとした人間の姿になれたんや。

 それだけで十分やないの?


 それ以上、何を求めるん?


「人間になれただけで丸儲けや思えへんの?」


「こんなッ、禿げてて、中年太りしてて、ブサイクな姿ッ……!」


 オッサンは身振り手振りを交えて、自分の今の状態が如何に不満かを訴えてきよる。


「ふむふむ」


 そうかそうか。

 オッサンはその姿で居るのがホンマに嫌やねんな。


 でも……


「オッサン」


「何だ!?」


 ウチの言葉に、オッサン目を剥いて反応してきおったな。



 ウチは、言うたった。


「そんな事のために、オッサンは女の子を泣かしたんか?」


 じっと目を見て。




「そうだ! それの何が悪い!? 上を目指して何が悪い!?」


 オッサンは目を血走らせながら、激しい剣幕でそう応えてきよった。


「女神マーラの望むように事を成せば、それが手に入ったんだ!」


 オッサン……


 ウチは言うた。


「そうやってアンタは、足りへんもんを羨みながら、我が身を呪って生きて来たんやね……」


 ……よぉ似とる。


 多分、そこで意識不明になっとる小柄なオッサンも、このオッサンの同類やろう。

 それがウチには確信できた。


「自分さえ良ければ、他の人はどうなってもええんか……そんなんやから、オッサンは何も手に入れられへんねん……」


 ヒカリさんに友達になってもろて。


 ウチはなんとなく、そんな法則みたいなものが分かるようになってきた。


 自分さえ良ければいいなんて思てる奴のところには、誰も本当の意味で寄って来-へんし、手も貸してくれへん。

 だって、誰だって利用されたく無いにきまってるんやから。


 そんなんに寄ってくるのは、そいつの同類の奴だけや。


 そこには本当の絆なんてもんはあれへん。


 誰にも手を貸してもらえないなら、そら、生きにくいに決まっとる。

 全部自分でやらなあかんねんもんな。


 ピンチになっても自分でやらなあかんねん。

 助力が期待できへんねんから。


 そんな生き方そりゃしんどくて、辛いに決まっとる。


 でも、そんな風にしているのは、自分自身の心持ちなんや。

 自分が他人なんてどうでもいい思てるから、そういう生き方が舞い込んでくるんや。


「お前なんぞに何が分かる!?」


 すると、オッサンは泡を飛ばしながら怒鳴りつけて来た。


 喧しい。


「その言葉、そのまんま、オッサンに返すわ」


 どうせ伝われへんのやろうけどな。




 そして。


 人が集まってきたので、ウチらは姿を消して変身を解き。


 お役人に窃盗未遂と猥褻物陳列罪で連行されていく、小柄なオッサンと、禿げ散らかしたオッサンを見送った。


 腰にぼろ布を巻いた2人のオッサンは、最後まで自分の不幸を嘆いて、泣き言を言うたまま連れていかれて行ったわ。


「ごめんなさいね。お客に招いた日にとんでもなく見苦しいものを見せてしまって」


 自分も被害者やのに、ヨシミさんはそう言ってウチらに謝った。


 さすがやな、とウチはおもた。




 そしてテスト。


 今回は、ウチも他人に教えた効果か。

 いつもより調子いい気がしたんやけど……



「2位かー」


 いつも通り。

 寺子屋の結果の貼り出して、1位は「ヒカリ・ヤマモト」498点。

 ウチは495点で2位。3点差。

 動けへんかったわ。惜しかった。


 悔しいけど、しょうがあらへん。

 次のテストこそ、1位取ったる。


「今回もヤバかったわね」


 並んで、隣で結果を見てたヒカリさんがそう言うてくれはる。


 なんか嬉しい。


「気を抜いた結果、1位をテスカさんに奪われるのは流石に失礼だと思うから」


 これからも油断しないようにするからね。

 笑顔のヒカリさん。


 ウチの事、対等の存在や思てくれてるんやね。


 嬉しい。


 ヒカリさんは微笑んでくれたから、ウチも微笑み返す。


 ちょっと前までは、こんな日が来るなんて思てもみいひんかったなぁ。


「おふたりさん! ちょっと聞いて頂戴!」


 そこに。


 ヨシミさんがクローバさんを伴ってやってきた。


 テストの答案持って、や。


 2枚。「国史」と「国土」の試験やね。


 それぞれ、78点と82点。


「赤点を取らないで済んだの……ありがとう」


 ヨシミさん、胸を撫で下ろしてるみたいやった。

 聞いた話によると、いつも赤点ギリギリやったみたいやからね。

 良かったやんか。


「これからも何かわからへんことあったら、気軽に聞いてくださいね」


 まぁ、低い点数から、普通の点数に上がるのはそんなに難しくないからな。

 このくらいなら、頑張り次第なんや。

 教えた側としても、結果を出してくれはって嬉しいわ。


「ありがとうございました」


 クローバさんが、ウチらに頭を下げてくれはる。

 主人と一緒に、ってことやろか。


「ウチも勉強になったから全然構えへんですよ」


 あまり畏まられても困るので、ウチは両手を突きだしてちょっと困った仕草をする。


 すると。


 顔をあげたクローバさんが、スッとウチに近寄って来はった。

 ……?


 ちょっとウチは不思議に思ったけど、そのまま向き合う。


 そしたら……


 そっ、と。

 クローバさんはウチに言うたんや。


「……テスカさん。とてもいい笑顔で笑うようになられましたね」


 ……笑顔?


 そう……なんかな……?


 ウチはそう言われて。


 自分の顔に手を当てた。

 自覚、無いねんけどな。


~4章(了)~

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