第12話 誰か助けて!

★★★(ヨシミ)



 私は今日、一番の友達の友達を傷つけてしまった。

 ヒカリちゃんは、しがない甘味処の家だったウチを、大金持ちにしてくれた恩人の家の子。

 それだけでも大切だけど、それだけじゃない。


 普通に友達としてもお付き合いしてきた子だ。


 そんな子の、顔を潰すような真似……。


 許せなかった。


 真剣な顔で、私はクローバに向き合う。


「クローバ、私はあなたを叱らないといけない」


「ヨシミ様、なんと言われましても、私はあなたをお守りするのが仕事です」


 クローバは、全く悪びれていなかった。

 当然の事をしたまでだ、という顔だ。


 この子は……!


 この子の一家は、元々貴族のお屋敷で使用人としての教養、スキルを身に着けて来た一家。

 それが、その当の貴族の家がお取り潰しになったとかで、放り出されて、就職先を探していたのがウチに来た切っ掛けみたいな子なのだ。


 だからなのかな。

 頭が固いところがある。


 と思う。


「……あの子、泣いて逃げて行ったわね。それに関してはあなた、何も思ってないって言うの?」


「あの程度で傷つくという事は、性根の腐った人物ではなかったというところまでは認めます。しかし、私には主人を守らなければならない責務があります」


「……いい加減にしなさい!」


 バン、とテーブルを叩いた。


 私には使用人の責務と言うやつが分からない。


 だって成金の娘だもの。


 元々、メザシを食べて生きていた女の子だもの。


 だから、主人の世話をし、主人を守ることを責務としている、本物の使用人がどうあるべきかなんて、私には本当のところは分からない。


 でも……


 女の子を深く傷つけておいて、この言い草。


 許せなかった。


「ヒカリちゃんが友達だと言った子が、悪人なわけ無いでしょ!」


「それは根拠のない思い込みの可能性があります。私は蛇蝎になったとしても、ヨシミ様を守るために行動する責任があります」


 ……ヒカリちゃんも信用できないと。

 ヒカリちゃんはお母さん同様、すごく頭がいい。


 寺子屋の学業成績は1番だし、とてもモテるのに、男子の告白をOKしたことはただの一度もない。

 理由を聞いたら


「結婚に結びつく相手以外と付き合うのは意味が無いと考えているから」


「その視点で行くと、告白してきた相手は私の外見しか見ていないし、女の子を外見でしか評価して無い人物としか判定できない。そんな人物と結婚しても幸せにはなれない」


「私と付き合う事で、相手が良い方に変わるなんて不確定要素に賭ける気は毛頭ない」


 ……聞くと、お母さんからの受け売りなんだって。

 でも、ヒカリちゃん自身「もっともだ」と納得したからそれを受け入れてるんだ。


 だから思慮深くて、ものすごく頭良いんだよ。あの子は。


 そんなヒカリちゃんが友人と呼んだ相手なんだから、悪い人間なわけがない!


 この子は、私を守るためと言いながら、私の友人を侮辱したんだ!


「クローバ、アンタ、ホントいい加減にしなさいよ?」


「旦那様に報告されますか? それでも構いませんが、私は間違ったことをしたつもりは毛頭ございません」


 ……手が出そうになった。

 けど、寸前で我慢する。


 主人の立場で、使用人を殴るなんて。

 客観的に見て、良い行為とは言えない。


 立場が違うんだから。


 でも……このままじゃ……


 そんなときだった。


「おうおうお嬢ちゃんたち、何を揉めてるんじゃ?」


「オジサンたちに話してみるッスよ~」


 突如、知らない男性が話し掛けて来た。

 鷲鼻の初老男性と、太り気味の中年の男性だった。



★★★(スーさん)



 ワシの名前はハイエ・スー。

 巷ではスーさんで通っとる。


 職業は火消し。

 火消しの親分じゃ。


 火消しという仕事は、呑む、打つ、買う。

 これが出来て一人前。


 呑む……酒を飲む。

 打つ……博打を打つ。

 買う……女を買う。


 これが出来ん火消しなど、もはや火消しとは言えん。


 賭場仲間、花街仲間の、ハマちゃんとも、常々そう話しとる。


 ワシはそろそろ60に差し掛かろうという年齢じゃが、まだまだ現役!


 今日もそれを証明するために、何やら揉めている女子2人に声を掛けたのじゃが……!


 声掛けした瞬間、ポニテの方が、良い着物を着ているショートカットの方を、庇うように振舞いよった。


 警戒されとるのう。

 ……燃えて来たわ。火消しなのに。


「おう、そう警戒せんでも……」


「あなた方2人からは、危険な香りがします!」


 ポニテの若い女は、そう厳しい声で返してきよった。


 ……勘がいいな……。


 そう。ワシらは、多少強引な手を使ってでも、女を釣り上げようとする、言わば「女釣りバカ」じゃった。

 日誌には毎日、その日の釣果を書いている。


 ここのところ、不漁続き。


 ここらで、イッパツ年齢差50近い大釣果を……


 火消しなら、それぐらいのガッツが無いと。


 なぁ? ハマちゃん?


 ……聞きはしないが、ここでもし聞いたらな「そうッスよ! 男は度胸ッス!」とガハハと笑って同意してくれるだろう。


「そんなの勘違いじゃ。こんな老人を捕まえて、危険な香りなどと……」


 まずはこの警戒心を解かんとな。

 そして隙を見て、飲み物に眠り薬を……


 ワシは、そう頭の中で計画を立てながら、若い女ふたりにそう話しかけ……


 そのときじゃった。


「オマエ……老いてなお良い欲望を持っているワン」


 突然じゃった。


 突然、第三者の声がしたんじゃ。


 老いてなお、という部分で、自分の事だと気づいたワシは振り向き……


 絶句した。


 そこには……


 白い、犬が居た。

 ただし、顔が人間。


 口髭を生やした、男の顔を持つ白い犬だ。


 そんな化け物が、いつの間にかこのカフェテラスの床の上でくつろぐように、寝そべっていたのだ。


「……な、何じゃお前は!?」


 ば、化け物!


 化け物が、街中におる!


 動揺を必死で抑え、ワシはへたり込みそうになる自分を必死で抑えた。


 その化け物は、そんなワシの様子を鼻で笑って


「僕はノライヌエンペラー……ヒゲだワン」


 落ち着き払ってそう名乗り、懐から紫色の直方体を取り出しよった。

 大きさは、口紅くらい。


 先端が、金属になっている。


 そして化け物……ノライヌエンペラー・ヒゲはその前足で、器用にその直方体横のスイッチを押す。


『ラチカンキン』


 無機質な人間の声によるコール。


 そのコールを確認し、ヒゲは言った。

 極めて、事務的に。


「……その欲望。このDLメモリで解放させてもらうワン」


 そして……


 シュッと投擲してきた。

 投げられたDLメモリは、回転せず、真っ直ぐにワシの額に飛んできて……


 ワシの体内に吸い込まれて行った。


 おおお……おおおおおおおお!!


 ワシの体内から、沸き上がる衝動。


 身体が膨れ上がり、自分の身体が人の形を辞めていく……


 足が車輪になり、眼が平べったくなり、腕が伸び……


 エロマニアアアアアア!!


「……ラチカンキンエロマニア、誕生だワン……」


 ワシの産声を聞いた化け物が、そう宣言するのを聞いたのを最後に。

 ワシの意識は途絶えた……。



★★★(ザキ・ハマ)



 なんなんスか!? なんなんスかスーさん!?


 アンタ、これからオレと女の子相手に遊ぶんじゃ無かったっスかー!?



 エロマニアアアアアア!!



 オレの仲間……スーさんが怪物になってしまった……!


 全体的なフォルムは、幌付き馬車に似てたっス。


 車輪がついてて、屋根があって……。


 ただし、その全てが金属製なことと、馬も無いのに勝手に車輪が動いて、自由自在に走り回っているという点が大きく違ったッスが……!


 怪物になってしまったスーさんは、走り回って、片っ端から周囲の若い女を自分の体内に放り込んで行ったっス。

 女たち、泣きながら逃げていたけど、怪物化したスーさんには適わない。


 あっという間に追いつかれて、胴体横に据え付けられた口を開き、中に放り込んでいくっス……。


 ……違う!


 ……違うだろスーさん!?


 アンタ、女の子を暴力的に攫うなんて最低だ、薬を使えっていつも言ってたじゃないっすか!


 それを……それをアンタ、忘れてしまったっスかー!!?



★★★(ヨシミ)



 何なの!?


 いきなり人面犬が現れて、妙な事を口走ったかと思ったら!


 私たちに話し掛けて来た妙な老人がいきなり怪物に変わって……


 ニュッと手を伸ばしてきた!


 いきなりだったので、私は対応が遅れ……


 そのままだったら、捕まっていただろう。


 けれど。


 ドンッ、と突き飛ばされ。


 私は救われた。



 ……突き飛ばしたのは



 クローバだった。


「クローバ……」


 突き飛ばされた姿勢から身を起こす私の前で、クローバは、私の代わりに怪物に捕獲され……


 胴体に開いた口に、放り込まれた。


 そして、放り込まれるとき


「逃げてください! ヨシミ様!」


 そう、言い残したのだ……。


 そんな……


 逃げながら、私は震えた。

 逃げないと、クローバの犠牲が無駄になってしまうから。

 それが、クローバの意思だから……


 でも……


 クローバ……クローバァァァァァァァッ!!


 あんなにキツく叱責したのに、それでも私を助けてくれたっていうの!?


 ……そんな……そんな!


 こんなのって、無いよ!


 誰か……誰かクローバを助けて!!


「クローバァァァァァァッ!!」


 私の叫び。


 その叫びを、心地よさそうに聞く人面犬。


 そのときだった。


「ダブル」


「ノラハンターキーック!」


 怪物が、どこからともなく飛来してきた人影2つからのドロップキックを喰らって吹っ飛んでいった。


 ……その人影は


 白いフリフリ衣装を身に纏った、金髪ロングの美少女。


 黒いフリフリ付きのノースリーブ衣装、スパッツを身に纏った、赤髪三白眼のボーイッシュ少女。


 ふたりの少女戦士だった。

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