第13話『ジャングルジム』

鳴かぬなら 信長転生記


13『ジャングルジム』   







 反射的に投げ飛ばしてしまう。




 ブギョ!


 美少女の市には似つかわしくない悲鳴……といっては哀れだが。


 地面に胸を打ち付けた衝撃で肺が圧迫され、圧縮された空気が美少女の声帯の容量と処理速度を超えて吐き出されるものだから、単に革袋が破れたような音を発した。いわば、口から出た屁のようなモノだ。


 突然出てしまった屁というものは可笑しい。


 キャハハハハハハ


「ちょ……なんで投げ飛ばすかなあヽ(#`Д´#)ノ」


「許せ、武人の反射神経だ。飛びかかってきた者は、取りあえず投げ飛ばす。戦場で考えていては首をかかれるからな。それにしても、今の蛙が潰れるような声はおもしろかったぞ、キャハハハハハハ」


「その笑い声もムカつくんですけど!」


「生まれつきだ。宣教師のヴァアリニャーノも『信長は鳥のように高い声で笑う』と書いておるぞ」


「明智さんがあんたを嫌った理由の一つは、その笑い方だと思うよ」


「なんだと……いや、そういうものかも知れんな。俺も、やつの金柑アタマは、いかにも無駄な知恵が詰まっているようで嫌いだったからな」


「そ、そういう自覚は生きていた時に持ちなさいよね!」


「で、俺になんの用だ?」


「よ、用なんてないもん!」


「泣きそうな顔で飛びかかってきたではないか『おにいちゃーーん!』と」


「お、おにいちゃーん! なんて、ゆってないし!」


「いや、言った。市に『おにいちゃん』と泣きつかれるのは三十年ぶりだぞ」


「ゆってないもん!」


「そうか、まあいい。しかし、ジャングルジムの上で黄昏ていたのはなぜだ? 理由がないとは申すなよ。理由もなく高いところに上がるのは、バカと煙しかないからな」


「た、黄昏てたんじゃなくて……考えを整理していたのよ」


「言ってみろ」


「やだ」


「では、缶コーヒーでも飲め。せっかく買ってきてやったんだから」


「ありがと……でも、わざわざ買ったんじゃなくて、一個買ったら当たったんだよね。パンパカパーンって、自販機が鳴るの聞こえてたよ」


「まるまる一本だと多いからな……おまえと半分こにするつもりだった」


「え?」


「女同士だ、姉妹だ、気にすることもあるまい」


「そうだね……プ、あんた、女子高生なんだ……フフ」


「飲め」


「うん……どこ行くのよ?」


「ジャングルジム」


「ブランコにしようよ」


「そんな軟弱なものに乗れるか」


「もう、我がままなんだから」


「今の今まで、おまえも上っていたろ」


「……やっぱ、女なのは外見だけだ」


「俺は信長だ」


 返事を待たずにジャングルジムの天辺に上がる。


 この程度の高さでも、世界が広がる。


 宵の明星が上っている……が、市には教えてやらない。


「天下の信長が、自販機の当たりで喜んでるのは、なんだか、微笑ましいね」


「喜んでなんかおらん。コロンと出てきて『であるか』でしまいだ」


「フフ、小さくガッツポーズしたような気がしたんだけどな」


「いったいなにがあったのだ?」


「もういい」


「がんこなやつだ」


「ガッツポーズ言ったら、言わないでもない」


「勝手にしろ」




 ジャングルジムとブランコに分かれて缶コーヒーを飲む。


 まあいい、取りあえずは同じ公園の中に居るんだ。





 宵の明星が際立つのを待っていたら、すっかり暗くなった。


「市」


 見下ろすと、水銀灯が照らす公園に置き忘れられたような遊具たち。


 微かに揺れるブランコに妹の姿は無かった。





☆ 主な登場人物


 織田 信長       本能寺の変で打ち取られて転生してきた

 熱田敦子(熱田大神)  信長担当の尾張の神さま

 織田 市        信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)

 平手 美姫       信長のクラス担任

 武田 信玄       同級生

 上杉 謙信       同級生


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