【番外編】 ブリアン夫人の独り言(1)

 アデール・ブリアンは美しかった。


 領地を持たない貧乏子爵家の一人娘として生まれ、貴族が通う学園には特待生として通った。


 父は怠け者で酒ばかり飲んでいた。

 社交界にデビューできる家ではなかったのに、父は年頃になったアデールを着飾らせて、あちこちのパーティーに顔を出させた。

 アデールはすぐに、裕福な貴族の目にとまるようになった。


 貧しく美しい娘が力のある男の目にとまる。

 それが何を意味するか、アデールが知るのに時間はかからなかった。


 アデールは複数の貴族の妾のような存在になり、いつも違う男のパートナーとしてあちこちのパーティーに行くようになった。

 金をかけて着飾るようになったアデールは誰よりも美しかった。

 アデールの後ろにいる大貴族たちを恐れて、誰もがアデールを丁重に扱った。


 だが、心の中でアデールを見下していることを、アデールは知っていた。

 生きていくためには、ほかにどうすることもできなかった。


 アデールはブリアン夫人と呼ばれるようになった。

 誰の夫人にもなっていないのに「夫人」と呼ばれるのは、もう結婚相手としては適切でないという目印のようなものだ。


 社交界に咲いた大輪の赤い薔薇。

 アデール・ブリアンを連れてパーティーに行きたいと望む男は後を絶たなかった。


 アデールを妾にした男たちの一人に、オーブリー卿がいた。国で一、二を争うモンタン公爵家の当主だ。

 彼の息子のコルラード卿は妻一筋の真面目な男に育つのだが、父のオーブリー卿は、お洒落で、女好きで、遊び人として有名だった。

 嘘か本当か定かではないが、国中にある領地の全てに愛人を囲っていると言われていた。


 オーブリー卿は遊び人だったが、女性をおもちゃにしていたわけではなかった。

 たくさんの女を愛したが、愛した女たちの誰もに優しかった。

 どの女の人生にも誠実に関わり、別れる時にはきちんとした財産を持たせた。ひどい捨てられ方をした女は一人もいなかった。

 

 子どもができれば、自分の子として育てた。

 夫人との間には長男のコルラード卿しかいなかったが、ほかに四人の愛人がそれぞれ一人ずつ子どもを産んでいる。

 令息が一人、令嬢が三人。

 三人の令嬢たちは、それぞれ力のある貴族に嫁がせ、ダニオという息子には領地を与え、王から賜った子爵を名乗らせていた。 


 アデールには子どもができなかった。

 オーブリー卿はある時こう言った。まだ令嬢たちが嫁ぐ前のことだ。


「きみは頭がいいんだから、その道の知識を生かして、貴族の娘たちに夜の作法を教える教育係になるといい」


 今雇っている教育係は、どうも下品で好きになれないと、愛人たちの娘を預かるモンタン公爵夫人が嘆いていたらしい。


「うちの娘たちに、あれやこれやについて真面目に教えてやってほしい。きみさえよければ、ほかの貴族も紹介しよう」


 若さと美貌を失った後のことを考え始めていたアデールは、オーブリー卿の勧めを受け入れることにした。

 


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