第23話/小澤詩織①

 日々は流れ、世はゴールデンウィークへと突入した。

 何の予定も入っていない手持ち無沙汰な俺は、以前であれば切望していた長期休暇にわずらわしさすら感じている。三年前のゴールデンウィークは何をしていただろう。確か、鈴音や千絵とかわるがわるにデートしていた気がする。薄れゆくおぼろげな記憶を辿るも、もはや自分の経験とは思えなくなっている。他人の記憶をのぞき見ているような、夢と同種の儚さを伴っていた。


 そういえば、詩織ともデートしたな。二人きりで。なんという事はない、ただ買い物へ出て、お茶をすすった記憶しかないが。確か、あの後だったよな。詩織が一時的に学校へ来なくなったのは……。


 俺とデートした事をSNSの短文投稿サイトへ書き込んだ詩織のアカウントが、炎上したのだった。誹謗中傷にさいなまれた詩織は、ゴールデンウィーク明けの学校に来なかった。理由を知った俺は、SNSに書き込んだ。誹謗中傷は絶対に許さない、続けるのなら今後一切、誰とも話さない、と。直後、攻撃はんだ。俺は詩織にメッセージを送った。安心して学校へ来るように、と。翌日に復学した詩織は、その後、スクールカーストの最上位から自ら降りた。一部で集まってグループを作るのをやめ、誰とでも分け隔てなく付き合うようになった。絶対的リーダーから、相対的ムードメーカーへと転換したのだった。


 俺を取り巻く環境にも変化が表れた。中間爽哉は女子の共有財産、という風潮ができたのだ。ファンクラブができ、規則が定められたらしい。競い合うような雰囲気は鳴りを潜め、一定のラインを保った交流になった。今にして思えば、千絵が俺に対して一線を画したのも、その頃からだったと思う。校内では占有するような素振りを見せず、一歩引いて遠巻きにながめるようになっていた。俺から何かを言ったことはないが、察したのだろう。


 俺は冷や汗が頬を伝うのを感じていた。大里拓馬はどうするのだろう。いや、普通に考えれば、俺と同じ行動をとるに違いない。それに俺が今、あれこれと大里や詩織に言っても、気味悪がられるだけだろう。俺は詩織のいない高校三年間を想起しはじめていた。背筋に言い知れない悪寒が走る。

 詩織の何気ない言葉が誰かの傷を浅くしたこともあった。詩織の何気ない行動が誰かの背中を押したこともあった。詩織の笑顔が教室を一丸にしたこともあった。そんな詩織がいなくなる事を俺は想像できなかった。夢想は結果に辿り着くことなく、雲散霧消うんさんむしょうした。


 ただただ、各個人の良識が発揮されることだけを祈っていた。




 無為に過ごした長いゴールデンウィークが明け、最初のホームルームがはじまった。そこに小澤詩織の姿はなかった。その机は寂し気に、主人不在で佇んでいる。俺の祈りが届くことはなかったのだ。


 俺はただ待った。以前の記憶から考えれば、三日が過ぎれば詩織は姿を現す。正常性バイアスも手伝って、俺は静観を決め込んでいた。しかし、時が経つにつれて俺の心臓の鼓動はその速さを増していくだけだった。

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