第328話 栖川村祟り事件32


 猪ヶ倉は目を丸くした。


「じゃあ、お前たち、この村の人間じゃなかったのか」

「栖川芳郎さんにお盆の間、母親の手伝いをしてほしいと頼まれたから来たんだ」


 やはり、まずは俺たちがここに来たよそ者だということを話さなくてはならないだろう。


 俺は依頼でこの村に来て、栖川ウメさんの手伝いをして、初日の夜にお焚き上げの場に参加したら、目の前で焚き火台が崩れて、その中から焼死体が出てきたことを簡潔に猪ヶ倉に話した。


 猪ヶ倉は、首を捻る。


「その死体が出てきたのはこの焚き火台からじゃないのか?」


 西の焚き火台を指さす彼に俺は首を横に振った。


「俺たちは栖川さんの家から東の神社の裏へとやってきた。橋は越えてないから、間違いなく東の神社で死体が見つかったはずだ」


 砂橋の撮った写真には死体しか映っていないはずだ。東か西のどちらの焚き火台に死体があったのかは判断できないだろう。


「橋を越えてないのなら……まぁ……東か」


 猪ヶ倉は「うーん」と首を捻る。


「だったら、東にあった死体がこっちに来たのか?」

「いや、死体が発見されたのは今日の昼間だ。橋が燃えている時に死体はこちら側にはなかった。橋がないのに死体を東から西に移動させるのは無理だろう」


 死体を移動させるのは無理。

 ということは、やはり、この死体は新しい犠牲者なのか。


「だったら、元々東にあった死体はどうしたんだ?」

「それは……」


 そういえば、そうだ。


 老人が「祟りだ」と耳元で騒いでいたから気に留めていなかったが、東にあった死体はどこに行ったというのだ。


 死体をどこかに隠すだけなら、東の人間にもできる。


 砂橋は死体から離れ、ブルーシートの端がかけられている井戸へと向かうとじっと井戸を眺め、それからブルーシートの外へと出て行った。


 砂橋がもう死体を見る必要がないと言うのなら、俺も猪ヶ倉もわざわざここにいる必要はない。


 流れるように俺も猪ヶ倉もブルーシートの下から外へと這い出た。


 ブルーシートの外に出て、オレンジ色に染まった空を見上げて、大きく息を吸い込んだ。死体の傍で息を吸い込みたくない。


「お腹すいたなぁ」


 砂橋の呟きにその姿を探すと、砂橋は川の柵へと手をついて、東の焚き火台の方を見ていた。


 砂橋は俺と猪ヶ倉を振り返り、にこりと笑った。どうせ、栖川さんの家に戻って度半を食べたいとでも言うつもりなのだろう。


「犯人分かったから、ご飯食べよ」

「は?」


 俺と猪ヶ倉はほぼ同時に素っ頓狂な声をあげた。そんな俺たちを放って砂橋は「今日の夕飯はなんだろ」と嬉しそうに呟いている。


「おい、砂橋」

「はは、大人をからかうんじゃない」


 猪ヶ倉は頬を引きつらせていた。


 死体の写真を撮って見せに来たり、犯人が分かったなどという不謹慎なことを言う若者とのギャップに引いているのだろう。


 しかし、これは砂橋の通常運転であって、今時の若者を全て一緒にしたら、むしろ失礼極まりない。


「ああ、猪ヶ倉さん。犯人かもしれない人の話が聞きたかったら、夕飯の後で神社に集合ね」


 砂橋はそれだけ言うと、猪ヶ倉の返事も待たずに橋の方へと歩いていった。


 猪ヶ倉は何も言えずに、驚いたまま口をぱくぱくと開閉している。まるで金魚が餌を求めている時の顔だ。俺は何も言わずに砂橋の後を追って、橋をさっさと渡った。

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