第244話 学校潜入編32


「じゃあ、改めて。噛み砕いて説明しようか」


 スマホを貸してと言うので俺はポケットからスマホを取り出して砂橋に渡した。


 砂橋は俺のスマホと自分のスマホをテーブルの上に置いて、砂橋のスマホを指さして「これがジャケットの裏から見つかった葛城颯太の生徒手帳」、そして、俺のスマホを指さして「これが橋の下から見つかった葛城祐樹の生徒手帳」と言い出した。


「この二人が立ち入り禁止の裏庭にあったということは二人ともあの場にいたということだし、今回の殺人事件の加害者と被害者は子の二人で決定したようなものでしょ」


 生活指導室の扉が開く。

 神妙な顔つきをした七瀬と困惑した表情の庭崎が生活指導室に入ってきた。


「やぁ、庭崎くん。こんにちは」

「こ、こんにちは……」


 砂橋はにこりと笑うと庭崎をじっと見た。


「ねぇ。君が殺人事件の予告を聞いたのは葛城祐樹であってる?」


 目を丸くした庭崎はこくりと頷いた。


「どんな言葉を聞いたの?」

「呼び出して、終わらせるって……」


「葛城祐樹は、葛城颯太を呼び出して、終わらせるって言ったの?」

「はい」


 申し訳なさそうに庭崎の背がどんどん丸まっていく。


 いじめられていた祐樹が颯太を呼び出したのなら、もちろん、祐樹は颯太を殺すつもりだったのだろう。


 だったら、ひょうたん池に転がっている死体は颯太のもののはずだ。しかし、砂橋は祐樹の死体だと言っている。


「いじめのアンケートに素直に答えるなと釘をさしていたのも葛城祐樹?」


 こくりと庭崎は頷いた。

 砂橋は俺を振り返った。


「さっきした話覚えてる?」


 アンケートのことなら覚えている。


「いじめられていた側が加害者を殺すとして、いじめが終わった後に殺すのと、いじめられている時に殺すのと、どちらがいいかという話なら」


「それそれ。もちろん、場合によっては正当防衛になるかもしれないから、いじめられていた祐樹くんからしたら、アンケートなんかでいじめがなくなるのは避けたかったんだ。もし、絶対殺すって心に決めていたのならの話だけどね」


 砂橋の言葉に驚くこともなく、庭崎は自分のジャケットの裾を両手で握りしめて、俯いていた。


 庭崎は祐樹の殺意に気づいていたのだろうか。


「でも、あの様子からして正当防衛なんか認められるわけがない」


 生徒の前だからか、砂橋は死体とは言わなかった。

 電話で熊岸警部に「気をつけろ」とでも言われたのだろうか。


「正当防衛にしたいのなら、それらしくしなきゃいけない。あれじゃ、過剰防衛どころじゃない。ずっといじめっこを殺すことを考えていた祐樹くんがあんなことをするとは思えないんだ」


「でも、勢い余ってということはないのか?憎しみが強くて理性では分かっているが、感情が抑えきれないことがあったかもしれない」


 砂橋は肩を竦めた。


「まさか。いじめのアンケートを書くなとずっと仕込んでいたネタを使わない殺人犯なんているの?」


 そりゃ、世の中にはいるだろう。


「だから、僕は考えたんだよ。今までいじめが発覚しないようにして、殺人計画を立てて、葛城颯太を呼び出して殺害するつもりだった祐樹くんではなく、あの死体は颯太くんが作ったんだと」


「根拠は?」


「証拠を集めたりDNA検査の結果をもらったわけではないけれど、そうだとしたら一連の行動の理由がちょっとは想像できると思ったんだよ」


 一連の行動の理由とはどういうことだろう。


 今、引っかかっている事は二つある。


 どうして、死体の顔が判別ができないほど破壊されていたのか。

 どうして、葛城祐樹のSNSが稼働しているのか。


「顔の判別がつかなくなって、その場に残された生徒手帳が二人。死体はどっちか分からない。死んだのがどっちか分からないという状況にしたかったんじゃないのかな?実際に歯がほとんど持ち去られてたし」


 七瀬も庭崎もいるのにそう言った砂橋を思わず睨みつける。しかし、七瀬も庭崎も砂橋を咎めるようなことは言わなかった。顔面が蒼白になっていたが。きっと事件の話を聞きたいのだろう。


「身元が判明しない。その時に動いているいじめの被害者のSNS。となると、外野は思うわけだよ。ああ、彼はいじめが耐えきれなくて加害者を殺してしまったんだと」


 ピースははまったような感覚がした。


「もしかして、葛城颯太はいじめられていた祐樹の立場になって、殺したという罪を軽くしようとしているのか?」


「僕の予想だとね」


 なんて杜撰な計画だ。


 戸籍も名前もそのままで人間が入れ替わるなんて可能なことではない。もしも、祐樹と颯太の写真を持った警察が二年二組の生徒達に話を聞いたら、一発でばれるような話だ。


 いくら中学生だと言われてもそんな杜撰なことをするわけがないと俺は首を横に振った。


「まぁまぁ、この推理が間違ってたとしても今回、僕らが依頼されたのは殺人事件の解決じゃないんだからさ。気を楽にしなよ」


「……どうして、楽にできると思ったんだ?」


 俺はまだ正午にもなっていないのに今日はもう家に帰って休みたいと思っているのに。


「謎がね、残ってるんだよ」

「なんのだ?」

「庭崎くんでしょう?七瀬さんのポケットに紙をいれたの」


 唐突に名前を呼ばれて、庭崎が勢いよく顔をあげた。


「なっ、えっ、どうして……」

「あ、かまかけてみただけだけど本当にそうなんだ」


 砂橋の言葉に庭崎はみるみるうちに顔を赤く染めて、俯いてしまった。


「このままだと殺される。うん。殺人事件が起こるにしてはよく分からないよね、これ。だって、終わらせることを目的としていた祐樹くんが人が邪魔される可能性があるのにこんな紙を教師に渡すわけないし」


 七瀬のポケットの中にいつの間にか入っていた紙。


 このままだと殺されると言うのは、殺されそうになっている人間のはずだ。ならば、この場合、呼び出された颯太が入れたのではと思うのだが。


「それに颯太くんがこんな遠回しな言い方をする必要はどこにあるの?呼び出されたのなら無視すればいいだけだし、彼はいじめのことを黙って、先生に祐樹に殺されると言えば、少なくとも殺されないんだから。あんな紙切れをわざわざ先生のポケットに忍び込ませる必要はない」


 祐樹と颯太以外に、殺人事件が起こると予想できたのは、祐樹から話を聞いていた庭崎だけだ。


 そう砂橋は言いたいのだ。

 庭崎はしばらく俯いていると、ゆっくりと頷いた。

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