第三章 成人の儀

3-1

「着心地はどうじゃ」

「……」

 女官に着付けを施された巫女装束、彼女が離れるとユーリーはその場で軽く体を動かしてみた。以前と比べて若干温かいものの、少しばかり袖が邪魔に感じる。魔人のようにふくらみが固定されていれば気にならないのかもしれないが、初めて着た体に合わせたサイズの服は想像よりも残念なのが正直な感想だ。

「村の一員になれたみたいで嬉しいです」

 だからといってユーリーは礼儀をわきまえている。ツゲの、そして村の人々が好意で仕立てたそれに合わせるように彼女は格好をつけた。

「うむ。良かった良かった」

 ツゲと女官の満足げな様子に、彼女は内心胸を撫で下ろした。

 これは何度目の特別扱いだろう――

 ユーリーが沼から脱出して村に帰還してすでに一か月が経過していた。彼女は今までの間に自分がやって来た――やらかしたが正解なのかもしれない――事の数々を振り返る。


 まずは帰還時。今では完全に出来心だと反省しているのだが――何を思ったのかユーリーは「飛んで帰ってみたら面白いのでは」と魔人の新たな機能を使い、森から村までひとっ飛びして来たのであった。

 翼をもたない存在が空を飛ぶ。正確には魔人の脚部・袴に仕込まれたバーニアと呼ばれる器官を使って、推進力で上昇、落下を繰り返す移動方だったのだが――鳥のように自在とまではいかないものの上空からメイズを含む様々な村を見下ろすのは気分が良く、ちょっとした空中散歩の気分で移動してきたのである。

 これにはメイズはもちろん、近隣の村々も騒然となった。聞きに及んでいた鋼鉄の魔人。それは人智を越えた力を持っているとは聞いていたが――大地だけでなく大空にまで力が及び、さらには水中でも力を発揮できるときた。彼らもまた、魔人を操るのが素性の分からない少女である事を知っていたのでアキレア同様魔人には弱点があると高をくくっていたのである。

 ところが魔人・ユーリーが無傷で帰って来たのだから状況は一変する。ユーリーこそが魔人から無限の可能性を引き出す鍵。そして魔人は大地に縛られずに各地を軽々と移動し、巨大竜を屠れる火炎を持つ。そんなものが自分達に向けられたら村は一日どころか一分ともたないだろう……。

 ユーリーが遊ぶ気持ちで行った行為は彼女が予想しない形で武力の意思表示となってしまったのだった。帰還と同時に周辺の村はメイズに無条件での恭順を示した。交渉に頭を悩ませてきた神官たちは今や逆に容易に進み過ぎる交渉にどの段階で落としどころを見つけるべきか嬉しい悲鳴を上げている。


 魔人の存在が武力の象徴となる事は彼女の望む所では無い。魔人はあくまで人間を守るための存在であり、戦争の道具だなんて神話の解釈とも異なるではないか。

 そこでユーリーは魔人を自分だけでなく、誰もが操縦できるように胎内・コックピットを解放したのだった。あの日情報の洪水にもまれたおかげで彼女は魔人の事ならなんだって理解できている。操縦の限定解除程度お茶の子さいさいというわけだ。

 しかし――

「おおっ……⁉」

「なっ、何だこりゃ!」

「……落ちる!」

 コックピット自体は解放された。今やだれもが魔人に目配せするだけで扉が開き、胎内へと乗り込むことが出来る。ところが乗り込む事と操縦する事は全く別物らしい。誰もが魔人の力を求めて輿・シートに腰を据えるも魔人の二足歩行に成功出来ていないのである。

「これってコツとか無いんですか……」

「コツって言われても……」

 自分と同じように動かしているのに、村人ではどうして魔人が言うことを聞かないのか、ユーリーには全く見当がつかない。

 試しに補助シートに座って、操縦席の村人に逐一教える方法も試してみたのだが結果は同じ。一歩踏み出した瞬間バランスを失って倒れるのである。

 自分と同じ、メイズの村から見て余所者であれば操作できるのでは? 神官の一人が隣村の客人にも試させてみたのだが結果は同じ。力が手に入るとホクホク顔だった客人は胎内とはいえ高所からの落下に恐怖し、改めて魔人の脅威を脳裏に刻み込んでしまったのだった。

 神官と言う身分に見向きもせず、戦士の優れた身体能力をもってしてもバランスが取れず、農夫の泥臭い粘りにも魔人は応えない。魔人の公開実験はかえってユーリーの特異性をひけらかす場になってしまい、結果として彼女の立場を内外に知らしめるという想定外の苦い経験に終わった。


 魔人は自分にしか動かせない。だったらもうやけくそにがむしゃらに魔人として、魔人ならではの仕事に打ち込むしかない。

 自分が沼で溺れるヘマをしてしまったのは元はといえば三階級に平等に魔人の恩恵をもたらせなかったから。だったら今度は――

 午前の勉強を終えるとユーリーは魔人を飛ばし、再び例の沼地を訪れた。

「ええっと、? これでいいの?」

 ユーリーは画面を操作し、視界内の金属反応を検索させる。沼の淵、そこに僅かな反応を確認すると魔人を沼に浸からせ、淵に手をかける。

「ハッ!」

 魔人の拳が淵を叩く。水しぶきと共に湖面が割れると地層が割れ中から板状の金属が露出する。

「やっぱり……」

 出土した異物を見ると彼女は一人納得した。

 着底した時、ユーリーは魔人と水底の間で反響音がした事を覚えていた。地上で魔人が倒れるとき、その衝撃のほとんどは大地に吸収され、発する音も低音である。それが水中であれば水の層と泥が作るクッションで減殺されて、着底時に大きな音が立たないはずである。

 その説明は露わになった金属の層で証明できるはず。ユーリーは予想を確たるものにすべく魔人を水底へと這わせた。そして泥を掻いてゆくと、底の方にも金属層が露わになる。

 この沼は一種の水槽なんだ――沼は先にくぼんだ金属の層があり、それを埋めるように土と水がかぶさって出来たものらしかった。だがこの土地がどのような経緯で生まれたのか彼女には予想もつかないし興味も無い。今のユーリーに必要なのは失点を取り返すべく、魔人でしか出来ない事で人々に貢献する事、その作業に没頭する事である。

 バーニアを吹かし浮上する魔人。その腕が淵へと向けられ、

「収束、発射!」

 火炎・ビームが線状に収束し、金属を切り裂いてゆく。

 周辺の村々に比べてメイズの村は金属資源に乏しい。だが今ここに、豊富な資源の塊が存在している。何の因果か嵌った場所が宝の山なのは彼女を複雑な気分にさせるが、いつ竜に襲われるのか分からない場所で、一度に大量の金属を切り出し運搬できるのは魔人において他ならない。ユーリーは時間が空いたら何度もこの場所を訪れて金属の切り出し作業に励んだ。

 沼地の金属は量はもちろん、加工もしやすいようで、あっという間に村中に広まった。宮大工は魔人の加護のある釘を重宝し、神殿の改修に励む。農夫たちは千歯こきなど新たな農具を手に入れ事業のさらなる効率化に瞳を輝かせた。戦士達も竜の骨には劣るものの、以前よりも金属の質が高く、扱いやすい武器を手に入れたことで内心興奮している。

 ユーリーは金属の配分が各階級間で偏らないようにも気を配った。魔人は存在するだけであらゆるバランスを崩してしまう。その結果が戦士達の不満であり、沼に嵌った遠因である。彼女は農業階級と、引退した戦士で構成された鍛冶職人に頼み込み、加工品の供給ペースが公平になるように働きかけた。計画を共有し、場合によってはユーリーも魔人の手で鉄器を生み出してゆく。その結果、村は鉄器文明を開化させ繁栄のさらなる第一歩を踏み出したのであった。


 他にも彼女なりに魔人を用いた貢献を行って来た。どの行動も「どの階級にも、いや、メイズの村だけでなく人間であれば誰にでも公平に貢献する魔人」のイメージを印象付けるための奉仕作業。決して威力でない守り神としての行動を心掛けてきたつもりだ。

 しかしながら、人々はユーリーが予想したような反応を返さなかった。魔人ならではの行為、それそのものが悉く人間のスケールを超えているがゆえに魔人はますます畏れられ、それを操る彼女もまた神格化されていったのである。

「ただでさえ強い魔人の力をあの少女だけが意のままに操れる」

「しかも暴れるだけでいいものを、知恵を使ってあれこれ生み出している」

「無能なモヤシかと思っていたら……アイツの方がよっぽどバケモノなんじゃないか」

「……」

 ユーリーとて人並みに認められたいというプライドがある。人間だれしもやりがいを見つけ、実力を発揮し、それを褒められたい……。

 前二つは叶ったように思われる。魔人に出会ったことで彼女は勉強の才能とモノづくりへの手ごたえを見つけ出すことが出来た。自身のアイデンティティに繋がるかもしれない適性の発見。それは今も魔人を通じて実感している。

「だけど……」

 ユーリーが欲しかったのはただ受け入れられる事である。呼び方が余所者だろうと関係なく、メイズの村の一員として、ただ一人の人間として村の生活の一部に加わる事。彼らと同じ立場に立って、引け目を感じることなく日々を過ごしてみたい、それだけである。

 それが今や大人たちは誰も彼女と目を合わせようとしない。ユーリーの方が目を向けると畏まり、一々へりくだって応じるのである。その姿に彼女はかつての自分を見出し苦い思いが込み上げてくるのだった。

「はぁ……」

 ため息が尽きる事は無い。いまやあの戦士たちの行進も彼女を素通りする始末である。事態は好転したのか悪化したのか。どちらにしろユーリーにとって息苦しい事に変わりなかった。

「見習い様大丈夫?」

「ヨソモノ、腹へったか?」

 寝転んだ芝生の上から子供たちの顔が覗いてくる。

 一定の距離を保つ大人たちと異なり、垣根を超えて無邪気に接してくるのは今や子供たちだけである。ユーリーを持ち上げてはあちこちへ引きずり、遊び倒す。彼らが飽きて放る頃には泥のように疲れているのだが、今ではそれが心地いい。

 ユーリーは味方に好意に飢えているのだ。例えそれが子供に特有の大人を舐めた態度だとしても、怪物を見るような視線を向けられるよりははるかにましなのであった。

 去って行く子供たちの、燦々と輝く笑顔を見送りながらユーリーは西日を見る。加速度的に変化する日常、あの日に戻れない事は分かった。であれば、魔人に導かれるまま自分は果たしてどこまで行きつくのだろうか。

〈〈オオオオオオォ――〉〉

 神樹と魔人の共振。そこに表情は無く、彼らは生理現象を繰り返す。

 結局、魔人の魂である私次第かな……。

 せめて子供たちとだけは笑顔でいたい。ユーリーはそこにかすかな希望を託して夜のお告げへ、一日の区切りをつけに行った。

 しかしながら、事態は彼女の期待を裏切るように進行していたのだった。

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