第35章 暗雲

 3月18日、新政府軍の艦隊は、宮古湾に停泊していた。

 

 増田虎之助以下、海軍首脳、黒田了介など陸軍首脳は、上陸して軍議などを行うため、港近くの宿屋に宿泊することになっていた。

「中村どのも、一緒に上陸いたさんか。船の中では、落ち着いて眠ることもできんじゃろう?うまい酒もあるんじゃよ」

甲鉄艦長の中島が言ったが、中村は断った。

「おいはよか。前からちょっが、おいはいくさには加わらん。軍ん幹部じゃなかんじゃっで、おとなしゅう船が出っまで待っちょっ。船が止まっちょっ間はここでも酒が飲むっしな」

笑って言う中村に一礼して、中島は甲鉄をあとにした。


 中村は、甲鉄の艦内を見て回ることにした。ふと、甲板のすみに、中村はとんでもない武器を見つけた。

「ガットリング・ガンじゃらせんか!こげんもんを装備しちょっなんち知らんかったぞ」

中村が言うと、佐賀の士官が自慢げに答えた。

「越後ん戦んおり、敵から取りあげたもんや。兵士十人分以上ん銃ん威力ばい」

よほど自慢の武器なのであろう。その士官は、厳重に縛ってある縄をほどいて、中村に見せようとした。

「おいおい、縄をほどけっしもたら、甲板の上を滑ってしまうのじゃらせんか?またつなっのも難儀じゃろ。上官にらるっから、やめちょけ」

中村は止めたが、佐賀の士官は縄をほどき、被せてあった布を取ってその全貌を中村に見せた。中村はごくっと生唾を飲み込んだ。

(こや、人を人とも思わん、おじか(恐ろしい)武器じゃな。おいは使おごたっとも思わんぞ)

「動かんよう、またしっかり繋いでおっとだぞ」

中村は佐賀の士官にそう言って、また船室に戻った。士官は中村の反応がいまいちなので、ため息をつきながらまたその武器に紐をかけたとき、誰かに呼ばれてその場を離れた。


 ガットリングガンは、中途半端に甲板に繋がれたまま、残された。


 旧幕府軍の三つの戦艦は、3月21日、まだ夜の空けぬうちに、箱館の港を出た。途中、22日に青森の鮫村さめむらの港に寄った。新政府軍の情報を得るためである。

「良蔵くん、どうした?気になることでも?」

董三郎とうざぶろうが聞いた。

「いえ、僕、急いでいたんで、鉄にも、銀にも言わずに来てしまったので……僕が回天に乗ったことを知ったら、また鉄に何を言われるかと思って」

りょうが心配そうな顔をしたので、董三郎はなだめるように言った。

「大丈夫。この作戦は当事者以外、なるべく口外しないように、という榎本総裁のお達しがあるんだ。鉄之助くんたちが、私たちの乗船を知らなくても当然なんだ」

すると、野村利三郎が言った。

「銀之助は、総裁の小姓だから、きっとわかっているさ。銀之助がうまくやってくれるよ」

董三郎や野村の言葉に、りょうは少し安堵の表情になった。それを見て、野村が微笑んで言った。

「お前たちは、本当に仲が良いな。良蔵が鉄之助を気にするのは、鉄之助が沖田さんに似ているからか?」

「え?」

野村の言葉に、りょうは驚いた。そんなことは、思ってもいなかったのだ。いつも優しかった沖田と、小言ばかり言う鉄之助が似ているなんて……!


「お前が沖田さんをずっと慕っていたのは、京の頃から有名だったからな。鉄之助をしばらくぶりで見たとき、そう思ったんだ。沖田さんに似てきたな、ってさ」

野村が言うと、りょうはすぐに否定した。

「いや、そんなことないですよ。似てるなんて……総兄ぃは、あんなにうるさくなかったもの……」

ふと、自然に沖田のことを過去形で話している自分に、りょうは気がついた。今までは沖田のことを思い出すだけで胸が苦しかったが、それが無くなってきていた。会津で永倉に言われたとおり、りょうの中で、沖田は心の中の確かなもの、になりつつあった。


 「お前や鉄之助や銀之助が大人になる頃、蝦夷が豊かな土地になっているといいな」

そう言った野村の遠い眼差しが、りょうには気になった。りょうは、わざと元気な声を出し、

「やだなぁ、野村さん。これから一緒に、蝦夷を開拓していくんじゃないですか。後を託す、みたいな言い方しないでくださいよ。野村さんだって、この戦が終われば、銃の代わりに鍬をかつぐかもしれませんよ。僕が大人になって野村さんがおじいさんになったら、肩もんであげますからね!」

と言うと、董三郎が

「なんだ、さっきは泣きそうな顔をしていたくせに」

と笑った。すると野村も微笑み、

「そうだ、そうだよな、これからだよな……」

と呟いた。


 鮫村の漁師などから情報を得ると、新政府軍の艦隊は、まだ宮古湾に停泊しているということだった。三艦は、宮古湾の南側の山田湾で、敵艦隊の様子を探ることに決め、鮫村をあとにした。だが、船が港を出た頃、天候が怪しくなってきた。

「嵐になるかもな」

と、誰かが呟いた。その予想どおり、三艦は、夜からの暴風雨で、散り散りになってしまった。二日後に嵐は収まったが、蟠龍の姿が見えなくなった。蟠龍は、はぐれたため、鮫港にひきかえしていたのだ。はぐれたときは、鮫で落ち合うことが、箱館出港前に決められていたためであった。だが、他の二艦は、次に落ち合う場所を山田湾だと認識していた。この認識の違いが、悲劇を呼び寄せることになる。


 「このまま蟠龍が現れなければ、高雄と回天でアボルダージュを実行することも考えているらしいぞ」

董三郎がりょうに話しかけた。りょうは、嵐の影響で船底にちらかったものを片付けながら、

「甲鉄艦に乗り込む予定の人数が減ってしまうのですか……?厳しくなりますね」

と答えた。だが、その事が意味する本当の厳しさは想像できてはいなかった。今のりょうは、初めて歳三と同じ場所にいる嬉しさの方が勝っていた。りょうはまだ、戦場を体験していなかったのだ。


 回天と高雄の二艦は、それぞれアメリカとロシアの国旗を掲げて、山田湾に進んだ。


 「なに?不審船が湾内に入ったごたっと?」

新政府軍に、山田湾に不審船が目撃されたという情報がもたらされていた。陸軍参謀の黒田は、海軍参謀の増田や同じく佐賀の石井富之助いしいとみのすけに、斥候を出して調査するように勧めた。しかし、海軍の答えは、

「どうせ、嵐ば避けて、湾内に入った外国船か、漁船ん類いじゃろう。もし旧幕府んやつらが来てん、開陽がなかとだけん、畏るっことはなかじゃろう」

と、関心を示さなかった。軍艦に残した兵士たちに、監視を強化する通達もしなかったようだ。


 黒田は、榎本始め、箱館政権の幹部たちが外国に通じており、その戦略を利用することも考慮するべきと説得したに違いない。だが、藩閥意識の強い佐賀出身の増田や石井は、薩摩出身の陸軍参謀の意見を受け入れることができなかったのかもしれない。


 結果として、回天と高雄は、難なく山田湾に侵入することができた。









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