第30章 ある少年の死②
順太は苦しそうな顔をして眠っていた。りょうは、そのそばから離れることができなかった。すると、歳三が隣にやってきて座った。歳三は、鉄之助と銀之助を帰し、自らは病院に残ったのであった。
「総司のことが、思い出されてしまうんだろう……?」
歳三が静かに聞いた。りょうはドキッとして歳三を見上げ、また下を向いて頷いた。
「僕は、乗り越えたと思っていました。総兄ぃは、僕の心の一番大切な場所にいるのだから、大丈夫だって……でも、順太を見ていると、総兄ぃに何もしてあげられなかったことばかり、思い出されて……」
りょうが下を向いたまま話すと、歳三は、
「だから、俺にもこのガキのことを話さなかったのか。俺がこのことを知ったら、総司のことを思い出して、仕事に差し障りが出るとでも思ったか?」
とりょうに聞いた。
「えっ?……えっと……あの……」
図星を突かれて、りょうは口ごもった。
「俺をみくびるんじゃねぇ。総司のことも、近藤さんのことも、全てひっくるめて、今、俺は
歳三はそう言ってりょうの頭をポン、と叩いた。りょうは頭を叩かれるのはいやだったが、今はその歳三の手が、なんとなく嬉しかった。
「胸の病に
「ひぇっ!!」
背筋が寒くなり、りょうは思わず後ろを振り向いた。が、誰もいるはずはない。歳三は声を出さずにクックッと笑っている。
「……もう!どこまで意地悪なんですか!?山崎先生まで持ち出して!」
りょうは小声で食って掛かったが、歳三が落ち込んでいるりょうを元気付けようとからかったのだということはわかっていた。歳三は言った。
「まぁ、たまには思いきり、総司を思い出してやるのも、いいんじゃねぇか?」
会津では、あんなに、『総司を忘れろ!』と言っていた歳三なのに……と、りょうは歳三の変化に戸惑っていた。銀之助が以前言っていたように、もしかしたら、歳三は変わったのかもしれない、と、りょうは思った。
「総司と重なる訳じゃないが……別の意味で、こいつは気になるな……」
歳三が順太を見つめ、呟いた。
「俺の話し方が、親父と同じだと言ったんだって?」
「はい」
歳三は何かを考えているようだった。
翌日、病院から学校に行き、また病院に戻ったりょうは、順太のそばに歳三がいるのを見て驚いた。
「そうか、おめぇの父ちゃんも、こんな口調なのか。訛りってぇのは、なかなか抜けねぇもんだからなぁ」
いつもより砕けた口調で話す歳三に、順太も緊張を解いているようだった。
「俺は剣術が大好きでな、家業そっちのけで道場に通ったもんだ」
歳三が剣の話をすると、順太の目が輝いた。
「天然理心流……でしょう?父さんも同じ……あっ!」
順太は顔を背けた。歳三の目が、きらっと光った。
「館城の兵に、自分のことも、親父のことも言うなと言われたのか?」
順太は答えない。必死で、父親のことを守ろうとしているのだ。りょうにはそれがよくわかった。
「言いたくなければ言わなくていい。おめぇは立派な男だ……天然理心流を心得ているのは、多摩の中でも、八王子周辺に多い……おめぇの親父は、『
歳三はりょうが来ているのがわかっていたようだ。順太もりょうを見た。
「俺……でも、俺は、徳川の侍だ……!八王子千人同心は、徳川譜代の侍だってずっと教えられてきた……なのに、
順太は、苦しそうに息を吐きながら、今まで話さなかったことを話した。
「順太、あまり無理をしないで、ゆっくり話せばいいから……!」
順太も父親に会いたくて、多摩から蝦夷までやってきたのに違いない。りょうには、順太が他人に思えなかった。父を慕い、父を追いかけてきた自分の姿と重なり、病で苦しむ様子が沖田の姿と重なった。
順太の父親は、10年ほど前に、幕府の方針に従って蝦夷の開拓と防備を目指して七重村に入植した、八王子千人同心のひとりだった。その時は箱館奉行の配下としてであったが、幕府が瓦解し、箱館府ができて、自分達の意思とは関係なく新政府に組み入れられたのだ。勿論、そのことに反発するものも多かったが、順太の父は新政府に従ったのだろう。
だが、八王子に残された幼い息子にはその理由がわからなかった。順太は、父の実家に世話になっていたが、自分の病を知り、父と暮らしたいと申し出て家を出てきたのだと話した。
「蝦夷までは、どうして来たの?」
りょうが聞いた。
「伯父さんも、病持ちの厄介払いができる、と喜んだんだと思う……船賃を出してくれたよ。貨物船と、漁船を乗り継いで来た……」
「父上には、会えなかったの?」
りょうの質問に、順太は首を横に振った。
「七重村に、父さんはいなかった。館城の兵が来て、父さんには他の役目があるから、お前は城にいろ、と……」
「人質だな」
歳三が言った。
「親父やその仲間が新政府に逆らわないように、おめぇは松前藩に預けられたんだろうさ……だがな、順太。親父は親父、おめぇはおめぇだ。親父が恭順したからって関係ねぇ。おめぇはおめぇの信じる道を行け。自分の心に正直になれ。それが『誠』だ」
歳三の言葉に顔をあげた順太は、心の霧が晴れたような、爽やかな顔をしていた。
順太は亡くなる三日前、りょうに言った。
「良蔵はいいな……新選組で。俺も入りたい……」
すると、りょうは、
「いいじゃん、入んなよ。今は人手不足だから、大歓迎されるよ」
と笑った。
「でも俺、もう動けないしな……屯所にも行けない……」
すると、りょうは自分の袖章を外し、順太に渡した。
「これ、新選組の証し。僕はほとんど屯所に行かないから、順太に預けるよ。これを持っていれば新選組だ。僕の名前が入っているけど、それは許して」
すると、順太は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう良蔵……大切にする。俺も……新選組だ……」
順太は代わりに、りょうに自分の首にかけていた守り袋を渡した。『順』の字が縫い付けられていた。
「もし、父さんに会うことができたら伝えて。順太は『誠』に従って生きた、って……」
りょうはその言葉に頷き、守り袋を受け取った。
順太が息を引き取ったとき、その手には、しっかりと新選組の袖章が握られていた。凌雲はそれをそのままにして埋葬した。
「良蔵くんに返せなくなったが、仕方ないな……順太も喜んでいたし……土方さんには話しておくか……」
この少年の死が、やがてりょうの運命にとって、重要な意味を持つことになる……
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