第40話 結婚披露宴

甥の結婚式があると言うので、東京へ出かけることになった。

目的地は品川のプリンスホテルである。


山形駅には、同行する20名前後の親類縁者が集まり、旅行気分が盛り上がっている。

メンバー全員が山形弁の達人である。私などは、足下にも及ばない。

すでに、顔の赤い者までおり、今日の良き日を共に祝いたい胸の内を大声で説明している。

「いやー ほんて今日は いがったなー」

「こないだまで はなたれだどおもてだら もうむがさりなんだがら おらだもとしとるわげっだなね」

12号車に陣取った我々は、披露宴の予行演習のごとく、持参したお酒と弁当をひらき始めた。

まだ、9時過ぎだと言うのに、こんなに盛り上がっていたのでは、披露宴が始まる16時まで持たないのではないかと心配になる。


郡山を過ぎたあたりで、少し静かになったが、持参した酒を飲み干してしまった叔父さんが、車内販売を探して通路をウロウロしている。

「すこす ちょんど してろず!」叔母さんが大声で注意した。

さすがに迫力がある。全員口を閉ざし、静かになる。

それもつかの間、こんどは、いびきの合唱が始まった。

予定通り、無事目的地へ着くことが出来るのか少し不安になる....


ようやく目的地の品川プリンスホテルに到着した。

「いらっしゃいませ」係りの女性が微笑みながら我々を迎えてくれた。

「むがさりさ よばっできたんだげど」

「.....?」微笑みが一瞬凍り付いた。どうも、通じていない様子である。

だが、さすがにプリンスホテルのフロントウーマンである。

「お泊まりですか?」凍り付いた微笑みを、薄笑いに変えながら尋ねてきた。

「お名前をどうぞ」

「なわなわ だっす」

「はぁ?」

「んだがら なわだっす」

「あのー お名前を伺いたいのですが...」

「んだがら 名和だっすて いってるべ! わがらねおなごだずね!」

叔父は少し怒り始めた。

我々一同は、名和家の結婚披露宴に参加するために来たのである。


午後4時を少し回った頃、披露宴が始まった。

媒酌人の挨拶から始まり、来賓の祝辞、乾杯そして祝宴である。

テーブルの上にはナイフとフォークが並べられ、メニューまで添えられている。

そして、メニューの周囲を取り囲むように、カクテルグラス、ワイングラス、タンブラーなどが並び、とても賑やかなテーブルである。

「なんだが おぢづがねずね」叔父はナイフとフォークをまとめて、ボーイに返してしまった。

「なにで くのや?」と尋ねてみた。

「こだな めんどくさいの使わねで 日本人なら箸で け」と言いながら、大声でボーイを呼んだ。

「はし けねがなー!」

「はしけ?....ですか?」怪訝そうな顔をしてボーイが答えた。


山形弁は、まだまだ普及していないようである。

品川プリンスホテルでの山形弁普及率は2名中0名(0%)、前回調査した4名を加え累計で6名中1名となり、17%の普及率である。

率は下がる一方で、山形弁を日本中に広める野望はまた遠退いた感じがする。

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