§026 レヴィストロース
「私は……ジルベール様のもとを去ります」
衝撃的な言葉がレリアの口から漏れる。
レリアの明確な決意が宿った言葉だった。
刹那、俺の脳裏に幻惑のようにレリアが涙を流しながら「さようなら」と言っている光景が思い浮かんだ。
深い闇に飲まれるように背を向けようとするレリア。
ダメだ……レリア……。俺には君が……。
俺は幻惑の中、声にならない声を上げて、必死に手を伸ばした。
そして、微かに俺の手が……レリアの手に……触れた。
その瞬間、幻惑が晴れる。
「……別に今までの関係に戻らなくてもいい。一緒にいてくれればそれで」
俺は無意識のうちにそう呟いていた。
「……な、ジルベール様、何を言って」
レリアは俺の言葉を飲み込めずに、碧色の瞳を大きく見開いて、真意を確かめるかのように真っすぐにこちらを見つめてくる。
俺はその視線を真っすぐに受け止めると、言葉を選びながらも答える。
「俺は今回初めてレリアがオーディナル・シルメリアの娘であることを知った。驚いたのはもちろんだし、それについて思うところがないかというと嘘になる」
「…………」
「でも、俺達は神様ではない。あくまで一人の人間だ。知られたくないことの一つや二つあるのは当たり前だし、俺にだって隠し事の一つや二つはあるよ。その一つが偶然明るみに出てしまった。ただそれだけのことだ。レリアが俺のもとを離れる理由になどならない」
自分でも驚くほど熱のこもった声が出てしまったと思った。
その声にレリアも一瞬気圧されたように見えたが、すぐさま声を張り上げて反論してくる。
「オーディナル・シルメリアですよ? その娘ですよ? 私なんかと一緒にいたら絶対に後悔します! ジルベール様はこの重みがおわかりになっていないのです! だから一緒にいたいなんて絵空事を平気で口に出せるのです!」
レリアはあり得ないとばかりに首をぶんぶんと横に振り、俺の胸板をばんばんと叩く。
「確かにレリアはオーディナル・シルメリアの娘かもしれない! でもそれ以前に、レリアはレリアだっ!」
「違います、違います! 私はどこまで行ってもオーディナル・シルメリアの娘。口にすることも憚られる禁呪――【
「違わない! レリアはどこまで行っても俺のことを励ましてくれた優しい女の子だ! それに……その【
「……ぇ」
彼女の瞳が大きく揺れる。
おそらく予想もしていなかった一言だったのだろう。
小さく驚きの声が漏れる。
今までのお互いの感情に任せたような応酬が一旦途切れ、一時の静けさが場を包み込む。
それでも、レリアはハッとしたように身体をビクッとさせると、俺の言葉を否定するかのように、髪を振り乱して首を横に振る。
「こ、個性だなんて……そんな都合のいい言葉に私は騙されません。ジルベール様は……私の固有魔法――【
「ちゃんとわかってるよ」
「……え」
レリアからまたしても驚きの声が漏れる。
そして、思わず顔を上げるレリア。
「その魔法は――人の命を代償に世界を創り変える魔法――だ」
もちろん想像の域を出ない話ではあった。
でも、過去に読んだ終焉の大禍の史実に、王都に巨大な魔法陣が顕現し、そこに住まう者の命を吸い上げたという一節があった。
それに加えて、闇魔法の特性、シルフォリア様とレリアのやり取り、そして、何よりレリアが先ほど述べていた内心の吐露。
これらのことから、【
「レリアはあの時……自分の命を代償に……世界を……自分の存在しない世界に作り変えようとしたんだろ」
俺の言葉を聞いて、レリアの目が大きく見開かれるのがわかった。
「ちゃんとわかってる。その上で俺は言ってるんだ。俺はレリアのいない世界なんてこれっぽっちも望んでいないし、レリアを失うことで訪れる平穏になんて興味がない」
言葉を紡げば紡ぐほど、自分の身体がどんどん熱くなるのがわかる。
それでも今言わなければ絶対に後悔する。
そんな気持ちから俺は言葉を続ける。
「確かに今回レリアの魔法は暴走してしまったかもしれない。でも、そこで諦めて、目を背けて、逃げてしまうんじゃなくて、どうせなら二人で考えよう。【
レリアがハッと息を飲み、両手で口元を覆う。
「魔法の練習なら何時間だって付き合うし、手伝えることがあるなら何でもする。だからもう、自分一人で抱え込んでいなくなろうなんて考えるな。レリアの夢は『魔法で人を幸せにすること』なんだろ? 少なくとも俺は……レリアがいなくなったら寂しいよ」
彼女の瞳は驚きに満ち溢れていた。
そして、すぅっと閉じられた瞳からは何粒かの雫が落ちた。
いまならわかる、レリアの気持ちが。
レリアが山小屋で俺にかけてくれた言葉。
それは彼女自身が最も欲していた言葉だったのだと。
レリアはオーディナル・シルメリアの娘でありながらも、レリア・シルメリアという一人の女の子の存在を認めてほしかったのだ。
俺は一度瞑目する。
そして、風呂場で伝わってきたレリアの包み込むような温かさを思い出す。
今度は俺がレリアに伝える番だ。
そう心に決めて、俺はスッと目を開ける。
「あの時はこの気持ちを口に出さなかったけど……今回はちゃんと伝えておく」
そこまで言って彼女のことを真っすぐに見つめると、彼女も顔を上げて濡れた瞳で俺のことを見つめ返してくる。
彼女と視線が交差して、時間が止まったような感覚とともに、しばしの沈黙が訪れる。
「レリアは――レリア・シルメリアは俺にとって大切な人だ。今後、レリアの笑顔を奪うやつが現れたら俺は全力でレリアを守るし、もし、また魔法が暴走しても俺が絶対に止めてみせる。誓うよ。だから……」
――これからも俺、ジルベール・レヴィストロースの隣にいてくれないか――
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