第63話 予想外のスタンピード

「どう、と言われても」

「あれから普通に冒険、続けられてます?」

「ええ」

「それは良かった。俺は、駄目でした。仲間が死んだことが、いまでもフラッシュバックして……。夜、魘されて眼が覚めるんです」

「…………」


 PTSD。

 激しい戦闘や仲間が死んだショックで、精神が折れて冒険者を辞めてしまう者は珍しくない。

 ソラだって、心が折れる可能性がある。


 それは、誰しも持っている時限爆弾のようなものだ。

 破裂するのが、早いか遅いかでしかない。


 もし自分がそうなったらと思うと、彼にかける言葉が見つからなかった。


「なんか、湿っぽくなってすみません。天水さんに助けて貰ったおかげで、こうして今も働けています。いつか、必ず恩返ししますね」

「いや、気にしなくていいよ」

「そうれは無理です! 『ご恩は必ず倍返し』って、爺さんから口酸っぱく教えられて育ったので」


 稔田が屈託なく笑った。

 それを見て、ソラは「ああ」と息を漏らした。


(こんな人を救えて、本当に良かった)


 ソラがしみじみと思った、その時だった。


 ――ズンッ!!


 突如として、冒険者協会の空気が、冷たく重く変化した。

 それはまるで、ダンジョンの中のような空気だった。

 反射的に、ソラは【気配察知】を拡大。


「えっ?」


 ソラは驚愕に目を見開いた。

 冒険者協会の中に、魔物の気配を感じる。


 それも、かなり強敵だ。

 現時点で把握している魔物の数は三体。

 そのいずれもが、Cランクのボス並に強い気配を放っている。


 隣では稔田が首を傾げている。

 彼にはまだ、魔物の気配が捉えられないようだ。


「天水さん、どうしました?」

「……一旦外に出ましょう」

「えっ、えっ?」


 心が折れて冒険者を辞めた。

 そんな彼にいま、魔物の出現を報せたらパニックを起こすかもしれない。

 ソラは理由を告げないまま、稔田の腕を引き、冒険者協会の外に連れ出した。


「ちょ、ちょっと待ってください天水さん。一体どうしちゃったんですか? 俺、まだ勤務中なんですけど……」

「魔物だ」

「えっ?」

「冒険者協会の中に魔物が出現した」

「はは、面白い冗談ですね。ここはダンジョンじゃなく地上で……っ!?」


 冒険者協会の出入り口から、人型の魔物が姿を現した。

 そこでやっと、稔田が気がついた。

 顔が青ざめ、唇が震えだした。


「ま、まもの……でも、なんで……」

「スタンピードだ」

「えっ、いや、でもテンポラリーダンジョンは!? 冒険者協会の中にはなかったはずですよ!」

「出現して、すぐにスタンピードしたんだ」


 テンポラリーダンジョンは、基本的に一週間ほど安定状態を維持している。

 だが希に、一週間に満たずスタンピードを起こすダンジョンも存在する。


 以前、カマキリの魔物が地上に溢れた、あのダンジョンのように。


 そんな安定状態が短いダンジョンの中で、出現後即座にスタンピードするものもまた、非常に希有だが存在する。

 それが何の因果か、ここに出現した。


 ソラは魔物を警戒しながら、インベントリから武器を取り出した。

 目の前の魔物は、人間とほとんど姿が同じだった。


 人間と違う点は、頭にツノが付いていること。

 そして、目が真っ赤な色をしていることだ。


「――オーガ!?」


 稔田の声が震えた。

 オーガ。Bランクのダンジョンから出現する。

 戦闘力は、Bランクの中でも上位に位置している。

 非常に強力な魔物である。


 オーガの姿が現われた途端に、建物の外に居た一般人がざわめきだした。

 中には――感性が鋭いのだろう、魔物の強さを敏感に感じ取り、腰を抜かした人もいた。


 ざわめきは次々と伝播する。

 それが悲鳴に変わるまでには、そう時間はかからなかった。


「あれがオーガか」


 ソラにとっては、初めて見る魔物だ。

 倒すだけなら問題ないが、安全に倒すとなるとなるべく観察に時間を掛けたい。

 だがここは地上だ。ダンジョンではない。

 一般人に被害が出ないよう迅速に処理すべきだ。


(さて、どう倒すか)


 ソラが考えていた、その時だった。

 隣にいる稔田が血相を変えた。


「まずい。協会の中にはまだ職員が――春日が居ます!」

「――ッ!?」


 稔田の言葉に、ソラは眦を決した。

 春日――あのCランクのヒーラーだ。

 彼女は稔田とパーティを組んでいたはず。


(なんで春日さんがいるのかはわからないけど……)


 稔田が居るというのなら、まだ建物の中に春日はいるのだろう。

 ソラの意識が、みるみる鋭く尖っていく。


「……稔田さんって、確かCランクでしたよね」

「そう、ですけど」

「あれ、足止め出来ます?」

「いやさすがに、Bランクは……。武具があれば、少しは出来るかもしれませんが、もう全部売却しちゃいましたし」

「じゃあ武具を貸します」


 ソラは素早くインベントリを操作して、肥やしになっていた剣と盾を取り出した。

 Cランクのダンジョンで出た武器だ。

 オーガを食い止めるだけなら、これで十分だろう。


 急ぎそれを手渡すと、稔田が目を白黒させた。


「これ、って……もしかして、ダンジョン武器、ですか?」

「ああ。これで、なんとかオーガを足止めしてく――あっ!」

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