第56話 平和的な口封じ
ベガルタが息を引き取ったのを確認し、ソラは残心を解いた。
(口調が軽薄で脳筋っぽいから、本能だけで戦っていたのかもな)
ソラは地面に落とした、折れた足剣を拾う。
これからまだまだ使えそうだっただけに、ここで失うのは残念だ。
「あっ」
あることを思いつき、ソラはぽん、と手を打った。
「またあの鬼蜘蛛を狩ればいいんだ」
足剣をドロップした鬼蜘蛛は、Dランクダンジョンの中ボスだった。
二度と倒せない相手ではないので、また手に入れることが出来る。
ただ中ボスは、ボスとは違いいつ湧くかがわからない。
(まあ、時間をかけて手に入れるか……いや、Cランクになったし、Cのドロップを狙った方がいいか?)
今後について、考え事をしていたその時だった。
ソラの足下から突如、黒い煙が噴き上がった。
「――ッ!?」
煙はベガルタから噴き上がっていた。
その正体が何かわからず、ソラは防御の姿勢で呼吸を止める。
痛みは、ない。
体が痺れる様子もない。
ツールポシェットに毒と麻痺を治癒するポーションが入っている。
最悪の場合は、それを飲めば良い。
(……そういえば、アレに似てるな)
以前、ソラはこれに似た煙に包まれたことがあった。
――黒い玉を発見した時だ。
それと同じものか、はたまた違うのかがわからない。
ソラはじっと、黒い煙が晴れるのを待つ。
三十秒ほど経った頃、黒い煙がソラの胸に吸い込まれて消えた。
あの時と、同じ消え方だった。
(やっぱり、あの時と同じ煙だったのか)
「天水さん、大丈夫ですか!?」
背後から声をかけられ、ソラは振り返った。
碓氷が不安げな表情でこちらを伺っている。
「え、ええ、大丈夫です」
「良かった。煙が出た時、天水さんがどうにかなっちゃうんじゃないかと思って、ヒヤヒヤしました」
「どうにかって……」
「たとえば魔物になるとか」
碓氷の言葉に、ソラは背筋に冷たいものを感じた。
さすがに煙を浴びて、ゴブリンになるとは思わない。
しかし、人語を操る獣人――ベガルタようになる可能性は、ないとは言えない。
(まさかそんな)
すぐに自分の体を確かめる。
ソラの体は以前とまったく同じ状態だった。
爪が伸びたり、体毛が濃くなったり、頭の上に耳が生えていることもない。
見た目はなに一つ、変わっていない。
その事にほっと胸をなで下ろす。
ただその反面、ソラは不思議な感覚を覚えていた。
(なにかが、消えた気がする)
まるで、心にぽっかりと穴が空いたような気がした。
胸に手を当てて考えるも、その正体はわからなかった。
「本当に大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫です」
碓氷に尋ねられ、ソラははっと我に返った。
少し考え過ぎていたかもしれない。
その時、ソラの近くに突如ゲートが出現した。
ボスを倒して条件をクリアしたので、ゲートが現われたのだ。
これで外に出られる。
碓氷パーティ一同が、ほっとした表情を浮かべた。
「碓氷さん、これで外に出られますね」
「ええ。それもこれも、天水さんのおかげです」
そう言うと、碓氷が姿勢を正した。
他のメンバーも一斉に、碓氷に習う。
「今回、天水さんに助けてもらえなければ、俺たちは間違いなく命を落としていました。こうして今、命があるのは天水さんのおかげです。俺たち『炎陽の剣』は、決してこのご恩を一生忘れません! 本当に、ありがとうございました!!」
「「「「ありがとうございました!!」」」」
全員が一斉に頭を下げた。
非常に誠意が感じられる。
(彼らのような、善良な冒険者が喪われなくて、良かった)
冒険者の中には、悪い人間もいる。
だが、善良な人間もいる。
彼らのような者たちだ。
そういう人がいるからこそ、あの日、剣を奪われたソラは、冒険者に失望することがなかった。
(これからも、頑張って欲しいな)
ソラはインベントリを開いて、魔石を取り出した。
あのベガルタの魔石だ。
それは、掌に収まり切らないほどのサイズだった。
とてもDランクのダンジョンで排出されたものとは思えない。
(一体、どれくらいのランクだったんだろう……)
単純には比較出来ないが、体感的にCランク最凶と謳われるリッチーの倍は強かったように思う。
もしかしたらBランクの下、あるいは中ほどの強さがあったかもしれない。
その魔石を、ソラは碓氷に差しだした。
「これは?」
「ボスドロップ。今は権利がないけど、前までは炎陽の剣に攻略権がありました。だからこれは、その落札価格の埋め合わせに使ってください」
「いやいやいや! さすがにそれは受け取れませんよ! だって、俺たちは何も出来なかったわけで……」
「リーダーの言う通りです。天水さんがボスを倒したんですから、天水さんが持ち帰ってください」
「僕は大丈夫」
そう言って、ソラは碓氷の手に魔石を握らせた。
「貰えるものは、既に貰ってますから」
「貰えるもの、ですか?」
「はい」
ソラはゲートに向かって一歩、足を踏み出した。
そして思い出したように振り返る。
「そうだ、碓氷さん。それに皆さんも。約束、絶対に忘れないでくださいね」
「…………ッ! はい、わかりました」
それだけで、ソラの言いたいことが十全に伝わったようだ。
ソラは彼らと、ソラの情報の一切を口外しないと約束した。
彼に渡した魔石は、いわばその口封じ代だ。
いまはまだ、ソラの情報が外に出回るには早い。
誰に目を付けられても退けられる力が手に入るまでは、なるべく陰に潜んで活動したい。
そのためにも、彼らには口を継ぐんで貰わなければならない。
「僕はここに来なかった。いいですね?」
言い訳は、いくらでも出来る。
手元に魔石がある以上、彼らがベガルタを倒したと言い張れば、それ以上追及は出来ないだろう。
あるいはおかしいと思っても、ダンジョン内での出来事は、誰にも追及する術がない。
彼らはなんの罪も犯していない。
スタンピードは未然に防がれているし、救出に入った別パーティには出会っていない。
もし別パーティを殺害したと疑われても、証拠はないし、死体もテンポラリーダンジョンと共に消える。
彼らの嘘が、白日の下に晒される可能性はゼロだ。
彼らが約束を違えない限りは……。
「…………はい」
碓氷が頷くのを確認してから、ソラは【隠密】を発動。
ゲートを通って、ダンジョンを脱出したのだった。
名前:天水 ソラ
Lv:41→44 ランク:C
SP:0→65 職業:上級アサシン
STR:85 VIT:80
AGI:105 MAG:0 SEN:79
アビリティ:【上級二刀流術】【弱点看破】【危機察知】【回避】【一撃必殺】+
スキル:【完全ドロップ】【限界突破】【インベントリ】【隠密】【気配察知】
装備(効果):ライフブレイカー、革の胸当て+、亡者のローブ、ゴブリンキングの小手、漆黒のブーツ、疾風の腕輪(AGI+30)、湖水のネックレス(VIT+30)、鬼蜘蛛の憤怒(STR+30)、骸骨兵のイヤーカフ(SEN+30)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます