第54話 脅威の戦闘

 ソラが手にしている二振りの剣は、決してなまくらなどではない。

 だが人狼の小剣と刃を交えた時、こちらの剣が負ける未来が容易に想像出来る。


 人狼の小剣は、それほどのポテンシャルを秘めていた。

 ソラは急ぎ、宙に指を伸ばす。


「それじゃあ、ここからは僕も全力だ」

「ほざけっ!!」


 ソラの言葉を挑発と受け取ったか、人狼が牙を剥いた。

 次の瞬間、人狼はもう目と鼻の先だった。


 一瞬にして間合いを消す歩法は、特殊なスキルか。

 並のAGIでは対処することさえ出来ないだろう。


 だが、


「なにっ!?」


 ソラは、相手の攻撃を、完全に回避した。

 驚きの表情を浮かべたが、油断はしていない。

 人狼が即座に切り返した。


 それをバックステップ。

 寸前で回避した。


「馬鹿なッ! 急激に速くなった、だとっ!?」


 人狼が目を剥いた。

 彼はソラが、急激に早くなった種に気付いていない。


(この人狼、ステータスボードを知らないのか)


 良い情報を得た。

 ステータスボードの力は、シコウ固有のもののようだ。



名前:天水 ソラ

Lv:41 ランク:C

SP:55→0 職業:上級アサシン

STR:85 VIT:69→80

AGI:74→105 MAG:0 SEN:66→79

アビリティ:【上級二刀流術】【弱点看破】【危機察知】【回避】【一撃必殺】+



 人狼と一度衝突したあと、ソラはSPを使わずに勝てる方法を探していた。

 だがあの禍々しい小剣が出て来た今、四の五の言っている場合ではなくなった。


 SPの半分をAGIに割り振り、速度負けしないようにする。

 自分の攻撃でダメージを負わぬようVITを上げ、相手の攻撃を素早く察知出来るようSENも上げた。


 人狼は、それだけで勝てる相手ではない。

 アビリティを戦闘特化に変更した。


 結果は、見ての通りだ。

 ソラの身体能力は、人狼と互角以上にまで底上げされた。


 ――殺せ、殺せ、殺せ!!


 ソラの胸の中では、今も何かが叫んでいた。

 これはシコウの思念か。


 思いは熱く猛り、思考は常に冷徹に。

 シコウの殺意を、コントロールする。


 ソラの剣に、念(おもい)が乗った。

 こちらの気配が変化したのを感じ取ったか、人狼が初めて警戒の色を見せた。


「テメェ……なにもんだ?」

「天水ソラ。人間だ」

「チッ……まあ、いいだろう。敵が名乗ったからにはこっちも名乗らねぇとな」


 そう言うと、人狼は小剣を構えた。

 先ほどとは打って変わって、隙が無くなった。

 触れれば切れるほど張り詰めた空気の中、人狼が名乗りを上げた。


「俺は獣皇、〝傲岸不遜〟のベガルタ。ニンゲンを殺し、世界を奪う者だ!」


 殺気が臨界点を突破した。

 次の瞬間、二人の刃が交錯した。



          ○


「なんだ……これは……!?」


 目の前で繰り広げられる戦闘に、碓氷が声を震わせた。


 天水とベガルタの戦闘は、碓氷の目ではほとんど捉えられなかった。

 二人が見えたと思えば消え、衝撃音が響いたと思ったら二人の姿が現われる。


 互いに、尋常ならざる速度で攻防の応酬を繰り広げているのだ。


(信じられない。人間は、こんなに強くなれるものなのか……)


 碓氷はDランクの冒険者だ。

 Dランクは冒険者の中では、丁度中間だ。決して弱くはない。

 にも拘らず、戦う姿を見ることさえ出来ないとは、思いもしなかった。


(一体天水は、どのランクの冒険者なんだ)


 ズン……。

 ダダダ!

 ――ドッ!!


 衝撃音が腹の底を揺さぶる。

 凄いのは速度だけではない。力もまた、碓氷の想像を遥かに超えている。


 そんな天水と互角に戦っている、ベガルタは一体何者なのか?

 人語を操る魔物の話など聞いたこともない。


 天水を欠いた状態で、ベガルタに出会わなくて良かったと、心底思う。

 もし彼がいなければ、今頃碓氷たちは塵も残っていなかったに違いない。


「り、リーダー。バフ、飛ばした方がいいかな?」

「辞めておけ。殺されるぞ」


 支援を申し出たバッファーに、碓氷は忠告した。

 バフは身体能力は底上げする。

 しかし、バフを使った代償は高く付くだろう。

 碓氷が脅した通り、ベガルタに命を狙われる可能性が非常に高い。


 また、戦闘中のバフは必ずしも戦況を好転させるとは限らない。

 何故なら、感覚が即座に対応出来ないからだ。


 力が拮抗している場合、ほんの僅かな感覚の乱れが致命傷に繋がる。

 どうしても天水にバフをかけるなら、一度両者が距離を取った時が良いだろう。


(出来るなら、俺も参戦したいが……)


 どう出たところで、邪魔にしかなるまい。

 ただ、じっとしていると恐怖に支配されそうだ。

 ベガルタの殺意に、体がどうしようもなく震える。


 おそらくメンバーのバッファも同じ気持ちだったのだろう。

 まるで処刑を待つ囚人のようだ。

 なにかで気を紛らわせなければ、発狂しそうだ。


 そんな中、拮抗していた戦闘が崩れた。


「あっ」


 それも、碓氷たち人間側にとって、最悪な方向に……。

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