第結話


 カランコロン、と扉を開けるとついている鐘のようなものが鳴る。


 私が店を出るまで、彼はじっとこちらに情熱的な視線を向けていた。


 なんてね。

 彼の心が私に向いていないことはもう分かっていることだ。


 それに関して、思うことはない。

 あの時彼に言った言葉に嘘はない。私は、本当に彼の幸せを願っているのだ。


 思い返せば、初めて会ったときから既に彼の気持ちはこちらには向いていなかった。


 まあ、それは当然だ。

 あの時の彼は失恋した直後だったのだから。


 私にも似たような経験があったから、元気づけられればなと思った。

 だから私は、あのとき手を挙げた。


 それから何度も体を重ねた。

 それでもやっぱり、彼の気持ちがそこにないことは何となく伝わってきた。

 きっと、自分に言い聞かせていても心の奥底にある気持ちを捨てることはできなかったのだろう。


 女々しい男だ、と思ったと同時に、そこまで一途に思ってもらえるその女の子が羨ましいとも思った。



 結果。

 彼はその女の子と寄りを戻した。いや、もともと付き合ってはいなかったからその言い方だとおかしいか。


 ついに恋を成就させた、の方が正しいのかな。



 悩んでいるとき、私を頼ってくれて嬉しかった。

 だから私は、そんな彼の背中を押せたことが嬉しかった。


 二人の幸せを邪魔するつもりはない。


 ただ、どうやら私は自分が思っているよりもずっと彼のことを気に入っていたらしい。


 もし。

 もしも。

 これは例えばの話だけれど、彼に意中の相手がいなくて、そんな時に私と出会って仲良くなっていれば、私と彼が結ばれる未来はあったのだろうか。


 そんな、ありもしない『もしも』を考えてしまうほどに、彼は私の中の気持ちを変えてしまった。


 私は人に執着するタイプではない。

 それも確かに正しい。

 離れていく人間に興味は示さず、私の周りにいる人とだけ上っ面の関係を築く。


 その瞬間が楽しいのなら、私はそれでいいと思っていたけれど。


 あの子を見ていたら、少しだけ考えを改めようかと思えてしまう。


 本物が欲しいと。

 少しだけ、そんなことを思ったのだ。


 ピリリ、とスマホがメッセの着信を知らせてくる。


 ホームで電車を待っていた私はカバンからスマホを取り出してメッセージを見る。


『今晩ひま? 時間あったら会わない?』


 セフレの一人だ。

 顔は悪くない。セックスも上手い。けれどそれだけの人。

 自分勝手で俺様気質な性格の彼と、セックス目的以外では会ったことはない。


 会いたいとも思わなかった。

 もともと人として好きじゃないのでこちらから誘うこともなかった。

 ただ、彼から誘われれば暇だし付き合うか程度。


「……」


 私はフリックする指を止める。

 いや、止まったのかもしれない。


 自分自身これからどうするべきか、もう一度しっかり考えてみよう。

 あの子にあれだけ偉そうなことを言ったのだから、私がこんなに悩んでいたら恥ずかしい。


「よし」


 私は再び文字を打ち進める。


 打ち終えて、送信する。


「んー」


 一つのことを決めたら、何だか清々しい気持ちになった。

 私はぐっと体を伸ばして小さく唸る。


 中野翔太クン。

 私を変えてくれた男の子。

 初めてできた彼氏に捨てられ、私はいつしか恋愛というものに対して苦手意識を持っていた。

 人と深く関わることを恐れて、別れを悲しまないよう人に執着しないようにしていた。


 だから。

 もしも私が、誰かともう一度恋をしてみようと思えているのなら。

 

 もしかしたら、彼は元彼の呪縛から解放してくれた恩人なのかもしれない。


 翔太クンがいたから、私はもう一度人と向き合おうと思った。


 もう一度だけ、恋をしようと思えた。


「あー、いい男いないかなー」


 彼よりもいい男を見つけなければならないとなると、それは結構大変なことなのでは? と、我ながら憂鬱になる。


 見つかるだろうか。


 ちょっとだけ不安になる。

 私の中の、彼氏のハードルを上げたことは罪だな。今度ご飯を奢ってもらおう。

 

 まあ、気長に探すとしますかね。

 とりあえず、そうだな。まずは出会わなければどうしようもないことだし。


 ここは手始めに、合コンでも開いてもらおうかな。

 

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