第5話
俺はこの日、初めてキスをした。
ただ、唇と唇を重ねるだけのキス。
温かくて柔らかい感触は今までに感じたことがない。
俺達は一度、唇を離し見つめ合う。
宮崎の頬が紅くなっているのは、お風呂上がりだからという理由だけではないかもしれない。
スイッチが入った。
だって、俺がそうなんだ。宮崎がそうであっても不思議じゃない。
さっきの幸せな気持ちが夢じゃないことを確認するように、俺達はどちらからでもなく再び唇を重ねる。
これが現実なんだと実感しながら、再び唇を離す。三度目はすぐに起こった。今度は宮崎が俺に迫ってきたのだ。
唇を重ね、次はにゅるっと温かくてぬるっとしたものが俺の唇をノックする。
そのことに驚いた俺だったが、ここで動揺しては格好悪いと思い彼女の合図に応じる。
舌と舌を絡め合う大人のキス。
さっきまでの、ただ唇を重ねるだけとは気持ち良さが段違いだった。
「……はぁ、はぁ」
唇を離す。
宮崎は吐息が荒くなっていた。けど多分俺も同じ感じなんだと思う。
今まで何度も彼女の顔を見てきたけれど、不思議なことにいつもより可愛く見えるし、愛おしく思える。
俺の中の本能が彼女を求めている。
昂ぶった感情を上手くコントロールできないでいる俺は宮崎の肩を掴む。
それに驚いたというか、怯えたというか、肩を震わせた宮崎に俺は潜めた声で言う。
「電気、消していい?」
「う、うん」
宮崎はベッドの近くに置いてあったリモコンを操作する。全てを消すと全く見えなくなるので、豆球程度の明かりだけを残す。
宮崎が自分のシャツのボタンに手を掛けて外していく。暗がりの中で見える彼女の下着姿に俺は興奮を隠せなくなってしまう。
「息荒いよ」
ふふ、と笑いながら宮崎は脱いだシャツを床に置く。
上半身を露出させた宮崎にじーっと見られて、俺はハッとして上の服を脱いだ。
宮崎は後ろに手をついて胸を張る。大きな胸が強調されて俺に向けられる。
フリルとリボンのついた可愛らしい下着が俺の性欲を更に高めた。
「触るぞ?」
「う、うん」
俺は恐る恐る彼女の胸元に手を伸ばす。下着の上からでも感じるその柔らかさに俺はかつてない幸福感を覚えた。
え、なにこれ。
好き。
「……ん」
宮崎の吐息が漏れる。
それが俺をさらに掻き立てる。
さっきまでうじうじと悩んでいたのが嘘のようだ。今はもうあんなこと頭の中に全くない。
ただ目の前にいる女の子と、この行為を楽しみたいという気持ちだけだった。
そして。
俺と宮崎は一つになった。
―――。
――――――。
―――――――――。
「……ねえ、中野」
俺の横で寝転がる宮崎がこちらを向きながら言ってくる。
俺も彼女も布団を被っているので体は見えない。その光景が、漫画とかで見る行為後のシーンそのままでおかしく思った。
「気持ち良かった?」
「ああ、過去一で」
一人でするのとはワケが違う。
性欲を満たすという目的は同じだが感じるものはまるで別物だ。こんなものを知ってしまえば、一人でするのが虚しくなるのも分かる。
麻薬のようだ。
「それはよかった。私も気持ち良かった」
「そいつはよかった」
そう言いながら、二人で笑い合う。
先に宮崎がシャワーを浴びにいった。俺はその間、部屋で一人待つ。
何をしていいのかも分からないので部屋の中を見渡しながら余韻に浸る。
「本当にしたんだな、俺」
この時間を、宮崎が悔やんでいなければいいと思う。
叶うなら、俺とヤッてよかったと思ってもらえれば嬉しいがどうだろうか。
終わってみれば清々しいというか、何であんなに悩んでいたんだろうと不思議に思う。
行為前と行為後で価値観って変わるもんなんだな、と感心していた。
そんなことを考えていると宮崎がシャワーから戻ってきた。早いなと思ったけど、さっと洗ってきただけらしい。
その後俺もシャワーを借りる。
時間にしては一時間にも満たないくらい。お互いに初めてということもあって疲れたのだ。
「シャワーありがと」
「うん」
俺がシャワーから戻ると、宮崎は部屋着に着替えてリビングにいた。
俺の分も用意されたお茶を飲みながらいつものように他愛ない雑談を交わす。
何となく、さっきの行為の話題を出すのはお互いに躊躇った。あちらはどうか分からないが、恥ずかしいのだ。
ぶっちゃけ顔を直視するのもちょっと照れてしまう。
「そろそろ帰ろうかな。あんまり遅くなると母さんに怒られるかもしれないし」
まあ、もう十分遅い時間なんだけど。
「あ、そだね。ごめん」
俺が立ち上がると宮崎も同じように立つ。玄関まで見送ってくれるのだろう。
「いや、その、なんだ。今日はありがと……っていうのも何か変な感じだけど」
「そだね。でも、私も一応、ありがとね」
二人して笑い合う。
玄関まで歩き、俺は靴を履く。
「じゃあ、また学校でね」
「ああ、それじゃ」
ドアを開けて外に出ようとする。
その時、グッと服の裾を掴まれた。俺は驚いて後ろを振り返る。
「……あ、あのね」
顔を朱色に染める宮崎。
言いづらそうに口を閉じ、ちらとこちらを見てくる。小さく深呼吸をして気持ちを整えた彼女は、俺の肩を持って耳元まで顔を持ってきて耳元で囁く。
「また――」
悪魔の誘惑を。
翌週。
土日を挟んだことで向き合う恥ずかしさはなくなっていた。
学校で顔を合わせても宮崎はいつも通り笑顔を向けてくる。まるであの日の出来事が全て夢だったんじゃないかと思えるくらいに、何も変わらない日常。
けれど。
あれは確かに現実だった。
『また、うちに来てね』
彼女はその言葉をどういう意図で言ったのか、この時の俺にはまだ分からないでいた。
だが、あの日から一週間が経った翌週の金曜日。
俺は宮崎に呼ばれて彼女の家に行き、そして再び体を重ねた。
あの日、俺達の関係は変わってしまったのだ。
セックスフレンドという、この世で最も歪で不安定な関係に。
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