第51話 スタオッド伯爵との面謁②

 翌日、この世界に来て二回目となる正装に身を包んだ土筆つくしの元に、スタオッド伯爵家からの遣いが訪れた。

 スタオッド伯爵家からの遣いの馬車は宿舎西棟一階にある出入り口の前で停車すると、中から身なりの良い初老の紳士が降りてきて宿舎の扉をノックする。


土筆つくし様、お迎えに参りました」


 それほど大きな声ではないものの、貫禄を伴った重みのある声質はさすが伯爵家の人間である。

 昼ご飯を食べた後、コルレットとロビーで遊んでいたネゾンも動き止め、声が聞こえた方向に視線を向けるのだった。

 土筆つくしは静まり返った子供達に向け「大丈夫だよ」と声を掛けると、自身は用意してあった装飾品を身に付け宿舎の外へ出て行く。


「この度は、ご足労頂き感謝申し上げます」


 土筆つくしが礼儀正しくお辞儀をして挨拶をすると、初老の紳士はその仕草を片眼鏡を通して値踏みする。


「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。どうぞこちらへ……」


 初老の紳士は馬車の扉を開けると、土筆つくしを招き入れるのだった……



 メゾリカの街にあるスタオッド伯爵家の別邸は東西を貫く目抜き通り沿いにあり、ちょうどこの街を囲む外壁の中央に位置している。

 

 土筆つくしを乗せた馬車が目抜き通りから伯爵家の別邸の敷地内に入ると、広い庭園の先に一際目立つ大きな白い建物が視界に入ってくる。

 馬車はそのまま白い建物の前まで進み停止すると、御者ぎょしゃが馬車の扉を開けて一礼する。


土筆つくし様、どうぞこちらへ」


 初老の紳士が土筆つくしを建物内へ招き入れると、この建物で働いている十数人の使用人達が一斉にお辞儀をして迎へ入れるのだった。


「スタオッド伯爵様がお待ちになっております。こちらへどうぞ」


 玄関で迎え入れた使用人の一人がスタオッド伯爵が待つ謁見えっけんの間へと土筆つくしを案内する。


 スタオッド伯爵家は王国でも指折りの名家として知られるだけあって、謁見えっけんの間へと続く通路も豪華絢爛ごうかけんらんのただ一言である。


土筆つくし様、この先にスタオッド伯爵様がおられます」


 土筆つくしを案内した使用人はそう言い、気宇壮大きうそうだいな扉の両端に立つスタオッド伯爵の私兵に合図を送ると、二人によって扉が開かれる。


「どうぞ、お進みください」


 案内した使用人が一礼をしたまま土筆つくしを送り出す。

 土筆つくしは一呼吸置いて襟を正すと、意を決して謁見えっけんの間へ入っていくのだった。


「これは土筆つくし殿、本日は善くぞ参られた。この場には我が家の者しかおらぬ故、格式張った作法は無用である。楽にしてくだされ」


 この世界の礼儀作法にならってひざまつ土筆つくしに対してスタオッド伯爵が声を掛ける。


「お心遣い痛み入ります」


 土筆つくしはそう述べて一呼吸置くと、ひざまついたまま顔だけを上げる。


「この度は我が家が統治するボルダ近郊での地竜討伐、見事であった。領民を代表して我スタオッドが感謝の意を表するものとする」


 スタオッド伯爵は、書状を手に書かれている文章を読み上げていく。

 てっきり土筆つくしは大勢の見守る中で謁見すると思っていたので、ある意味拍子抜けした感じは否めなかった。


「さて、これで公式な謁見えっけんは終了だ。ささっ、土筆つくし殿、楽にしてくだい」


 スタオッド伯爵は書状に記載された文章を読み終え、かたわらに控えていた家臣に書状を手渡すと、打って変わったように優しい表情を見せ手を差し伸べる。


「本来であればドラゴンスレイヤーの称号に相応しい舞台を用意すべきなのだが、色々と事情があって申し訳ない」


 土筆つくしは立ち上がると、スタオッド伯爵と握手を交わす。


「いえ、こうして名高きスタオッド伯爵にお目に掛かれただけでも光栄です」


 土筆つくしの言葉にスタオッド伯爵は満足げな笑みを浮かべると、使用人が運んできた飲み物を手に取り土筆つくしに渡す。


「ありがとうございます」


 領主が一介の冒険者に直接飲み物を手渡すことなど本来有り得ないことではあるが、スタオッドと言う人物は特に気にする素振りも見せず、ユダリルム辺境伯に負けず劣らず懐の深い人物であることが窺える。


土筆つくし殿と少々立ち話をしたくてな。勝手に飲み物を用意させてもらった。迷惑だったかね?」


 伯爵位を持つ者の申し出を無下むげに扱えるわけがない。


「私は気ままな冒険者ですので、スタオッド伯爵様のお時間が許す限りお付き合いさせて頂きます」


 土筆つくしはそう述べると、スタオッド伯爵からの話題に答える形で世間話に始まりボルダ村での防衛業務、更には地竜との戦闘やユダリルム辺境伯についてなど、小一時間、立ち話に興じるのだった。


「今日は土筆つくし殿と話ができて、とても有意義であった……最後に地竜討伐の恩賞に何か望む物はあるかね?」


 立ち話が終わり、トレーを持って現れた使用人に空になったグラスを渡すと、昨日ゾッホが言っていた両領主の面子を潰さないように配慮しなければいけない恩賞の話になる。


「もし君が望むのなら、当家でその力を存分に発揮してもらいたいものだが……」


 スタオッド伯爵が土筆つくしの能力を見込んだのか、土筆つくしとユダリルム辺境伯の謁見を阻止するためにそう言ったのかは定かではないが、土筆つくしは恩賞で何を求めるのか既に決めていた。


「私などには勿体もったいないお言葉ですが、今、私は新しい商いを始める準備をしておりますので、その商いの結果が出るまでは何方どなたにもお仕えするつもりはありません」


 土筆つくしは失礼のないように仕官の誘いを断ると、スタオッド伯爵との立ち話で初めて会話の主導権を握る。


「ほう、それは冒険者としてではなく商人として事を始めると言うことなのかね?」


 スタオッド伯爵は、ドラゴンスレイヤーの称号を持つ土筆つくしがユダリルム辺境伯の元へ仕官する気がないことに安堵するとともに、土筆つくしが語った商いと言う言葉に反応を示す。


「はい、仰る通りです。先日購入致しました場所にて店を開こうと準備をしております」


 土筆つくしはスタオッド伯爵の反応を肌で感じながら話を繋げる。


「それは、何処かの商会に属すると言うのではなく、新しい商会を興すと言うことかね?」


 土筆つくしに誘導されるようにスタオッド伯爵は言葉を並べる。


「はい。一から自分の力で始めようと考えております」


 スタオッド伯爵は予想していなかった土筆つくしとの会話の流れに言葉を止め、一瞬だが思索にふける。


「ところで土筆つくし殿、現在懇意こんいにしている商業ギルドはあるのかね?」


 商業ギルドとは商いをする人が集まって構成される商業組合の総称だ。

 王国内にも大小様々な規模の商業ギルドが混在していて、格や信用度の違いはあるものの、基本的には出資などお金に関する支援やトラブルの仲介など、商いに関わる人達の潤滑油として重要な役割を果たしている。


「いえ、お恥ずかしながら……まだ準備に取り掛かる前の段階でして、商業ギルドについては追い追い考えようと思っております」


 スタオッド伯爵は土筆つくしからの返答を聞き大きく頷くと、土筆つくしとのえんを取り持つ手段として一つの提案をするのだった。


「では、恩賞とは別に当家が懇意こんいにしている商業ギルドへ紹介状を用意しよう」


 王国でも指折りの名家であるスタオッド伯爵家が懇意こんいにする商業ギルドであれば、格も信用も申し分ない。

 スタオッド伯爵としても商業ギルドを紹介することで土筆つくしの後ろ盾となれば、ユダリルム辺境伯がちょっかいを出すことも阻止できるのである。


「それは願ってもないお申し出、有難く存じます」


 土筆つくしが驚いた表情で受諾の意志を告げると、スタオッド伯爵は控えていた者に合図を出し紹介状の準備をさせる。


「新しい商いを始めると言うのであれば、恩賞もそれに準じた物が良いな……」


 スタオッド伯爵はあごに手を当て考え込む。


「ならば、先ほど購入したと申しておったメゾリカ南部の所有地を荘園しょうえんとして地位を与えよう」


 この世界での荘園しょうえんとは土地所有形態の一つであり、この荘園しょうえんとしての地位と言うのは領主の支配を受けない私有地を認めることを意味し、先日土筆つくしが購入した宿舎とそれに伴う土地一帯が土筆つくしの所有物になることを指すのである。


「更に南西の門が商いの足枷あしかせにならないように手配も約束しよう。地竜討伐の恩恵としてはこの辺りでどうかね?」


 荘園しょうえんとしての地位が与えられれば、土筆つくしの所有する敷地内に新しく建築物を建てる際の申請や許可を行う必要がなくなり、敷地内を自由に開発することが可能になる。

 更に、南西の門の開閉を他の主要門と同じように扱ってもらえるよう領主自らが手を回してくれるのであれば、土筆つくしにとってみれば願ったり叶ったりの展開である。


「私めのためにそこまでご配慮をして頂き、重ね重ね有難く存じます」


 事前に考えていた以上の恩賞をスタオッド伯爵から下賜かしされることになった土筆つくしは、心満意足の想いを胸に謁見の間を後にするのだった……

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