第66話 #まさぐれの地獄コラボ(初配信編)②
「それでは初配信を見ていきましょう。今回は真面目に見る会ではないので、気になったところがあったら『ストップ』と言ってくださいね。配信を止めますから」
「おいーす」
「はいっ」
林檎の端的な説明に、やや緊張気味に返事をする政木。そして自分の番が後だと分かりリラックスモードに入る夕暮。
そんな2人の返事を聞いて、林檎は動画を再生する。
「それではいきますね、どうぞ」
「緊張する……」
やがて配信画面に現れたのは、姿かたちが今と同じ政木の姿だった。
『は、初めまして……こ、この度『トリミングV』からデビューさせていただくことになり、なりました。政木有馬と申します』
「政木さん、この頃から衣装が変わってないんですね」
政木の挨拶を見て最初に反応したのは林檎だ。
衣装というのは、政木や夕暮などの着ているコスチュームのことである。おおよそ一年に一度ほど新衣装が実装され、夕暮や林檎などの大物Vtuberになると合計で3つ以上衣装をもつことが多い。
そういった人間は衣装を使い分けるということも可能だが、しかし政木の場合は初配信から常に同じ衣装だ。
「あ、これはですね、実は最初に衣装を仕立ててくれた絵師さんの方がもう引退しちゃって……」
「え、そうなんですか? すごくかっこいいデザインなのに」
林檎が驚くのも無理はない。政木の衣装は大手のVtuber事務所のライバーとクオリティではなんら遜色のないものだからだ。丁寧に細部まで描かれており、素人目線からだと売れっ子のイラストレーターが描いたものにしか見えない。
そしてこの疑問に答えたのは夕暮だった。
「それはだね。政木くんのママ(※デザインを担当したイラストレーターのこと。男性の場合はパパになる)である『アルミニウム猫じゃらし3世』先生が、政木くんのイラストを描いた後に農業に目覚めて、今は田舎で自給自足の生活を送っているからだよ」
「そ、そうなんですか……すごい破天荒な方なんですね」
と、そんな脱線をしながら3人でのんびり政木の初配信を眺めていく。
するといきなりハプニングが。
『あ、ちょ、ちょっと待ってっ‼ おみずっ、お水こぼしたっ。ま、まずい……」
「ストップ」
ここで夕暮から制止の声。それに林檎が疑問を持つ。
「どうしました? よくあるハプニングだと思いますけど……」
「か、か」
「か?」
「かわえええんじゃぁぁぁぁぁぁぁあぁあああああ」
「かわっ⁉」
「あー好き好き政木きゅんのこういうとこ、ほんとかわいいうひょうひょ見てろよここからさらにどんがらがっしゃんして配信に政木きゅんのパソコンのデスクトップ画面が映ってさらなる大事故に繋がっちゃって、はっぁあああかわえええええぇぇぇぇぇぇぇえ」
「月日、落ち着いてください。あとあなた、すでに政木さんの初配信も視聴済みなんですか……」
「ったりめえだろつーかなんでお前見てねえんだよいっかいガンジス川で頭洗って出直してこいや」
「厄介オタクが過ぎる」
突如暴走した夕暮。リスナーも『一度走り始めると止まらない』『行き止まりにぶつかるまで進み続けてしまう』『悲しきモンスター』などと諦めたようなコメントをする。ちなみに夕暮リスナーにとってはこれは日常茶飯事なので、特段気にすることもない。
だがいまだに慣れていないのはこの男。
「か、かわいいって……ひ、ひどくないです……か?」
「何言ってるんだい政木くん、かわいいっていうのは世界で一番の誉め言葉なのだよ。かわいかったら何でもオッケー、かわいかったら何でもオッケー!」
「まあでも今のは『かわいい』っていうより、『あざとい』ですけどね」
「あざっ……⁉」
「あれをみかんみたいなしょーもねー女がやったら画面かち割るけどさ、政木くんだからオッケ―‼ 政木くんだったら何でもオッケー!」
「さ、さっきと言ってること変わってません……?」
夕暮が悪ノリをかまして林檎がそれに乗っかるパターンになってしまうt、政木としてはもうこれ以上手の付けようがない。
そこから約30分くらいは、政木にとって地獄だった。
「よーし、政木くんの初配信を久しぶりに堪能したし、これで今日は帰るかー」
地獄の時間を抜けると、そこには抜け殻のようになった政木の姿があった。
普段から褒められ慣れていない性格からか、夕暮が何かを言うたびにダメージを受ける時間。政木はそれを30分も耐えたのだった。
が、しかし。
「待ちなさい。次は貴女の番ですよ、月日」
「…………」
「じゃあいきますか、レッツゴー」
「あっさりスタートしやがるな⁉」
夕暮の初配信は、見ている者すべてにとって地獄の配信だった。
『あ、あのぅ……これって、聞こえてますか……? あっ、よかった! ではみなさん、はじめましてっ。私、夕暮月日、と申します……! これからよろしくお願いいたします!』
「誰ですかこの人。きもちわr……気色わr……鳥肌がたt…………びっくりしました。とりあえずもうストップ」
「お前そのストップ、絶対に『もう見たくない』って意味のやつだろうがァ‼ つーか言い直すのにどれだけ時間がかかってんだよお前、全部悪口だったしな⁉」
「想像以上のやつでした。もうお腹いっぱいです」
「だからやめろって言ったんだ―‼‼‼‼」
そこに映っていたのは、姿かたちだけ夕暮月日の別の生き物。まるで清楚を体現したかのような、真っ白な少女だった。
しかしこれにはリスナーも古傷をえぐられたのか、『こんなはずじゃなかったんだ……』『チ、チガウ、オデ、コンナオンナ、シラナイ……』『騙されていたんですあの女に‼』と阿鼻叫喚のコメントで埋め尽くされている。
「夕暮さん、昔はもっと、なんていうか、静かだったん……ですね」
「なんか政木くんまで遠慮がちにコメントしてくるゥー‼‼ 拙者、もう死んでいいか?」
「とりあえずあれですね、これは封印しましょう。そうしましょう。世に出てはいけないものです」
「人の初配信を開けちゃいけないパンドラの箱みたいに言われてるゥー‼」
初配信から大きくキャラが変わることもある。それがVtuberの世界なんだと、改めてリスナーは実感したのだった。
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