第44話 筋肉痛は大事

 部屋に入るなり、俺は一番近くのベッドに倒れ込んだ。


「はぁ……」


 直線距離の強行軍は死ぬほどきつかった。


 馬車を降りたあとは道なき道を切り開き、崖を降り、大河を渡り、崖を登り……なんでこんな苦労をしなければならないのか、直線距離では近くても、実際かかった時間としては、せいぜい一日短縮できたかどうかというくらいだ。


「大丈夫?」

「ああ……なんとか」

「鍛錬が足りん」


 サーシャとシズは涼しい顔をしている。白金等級のバケモノとか、自然界に長く暮らしているエルフと一緒にされるのは、勘弁してほしい。


 そういう訳で俺たちは何とか、コスタ近くの街道まで到着し、酒場の二階で久々に文明の光に当たっていた。


「実力が無ければこの先死ぬこともあるだろう。少しは鍛えておけ」

「りょ、了解……」


 確かに、金等級以上の魔物と一対一で渡り合ったり、危険地帯の踏破は出来るに越した事は無い。ただ、それを今やるかと言えば、そんなことはない。


 俺は疲労回復と、翌日以降に筋肉痛を残さない為、回復魔法を自分にかけようと手だけを動かして、小太刀を手にとった。神銀で作られたこれは、杖として成立はしていない。しかし伝導効率の高さは、減衰なく魔力を扱えるため、魔法の効果を高めるのに役立つ。


 魔力収束炉が壊れたのが痛いなあ、破片は拾ったけど、そのまま修理は不可能だろう。確か予備の素材はモニカが持っていたから、作り直しかなあ……


「待て」


 パッとシズによって小太刀が奪われる。魔力の要を失った俺は、魔法を発動できなくなってしまった。


「……っと、危ない」


 詠唱を中断されるのは、魔力が暴走しかねない為、基本的にはNGな行動だ。ただ、今回は回復魔法を使う為だったので、魔力は少なく、暴走もほとんどなかった。


「筋力の超回復を阻害するな」

「うげ……」


 今までずっと筋肉痛を避けるために回復を使ってきたが、実際回復は肉体の損傷を「元に戻す」ため、筋力をあげたい場合や、手の皮を厚くしたい場合は、回復をつかえないのだ。


「で、でもコスタに戻った後鍛錬するから……」


 正直、体中が悲鳴を上げている今、回復を使えないのはかなり辛い。というかこの流れだとコスタに帰るまでの間もそのままきつい道が続きそうで、今のうちに体力を回復しておきたかった。


「戻った後始めるなら今のうちに始めておけ」


 うぐ、正論が俺によく刺さる。


「考え方を変えれば、白金等級の冒険者に直接教えてもらえるんだから、良いんじゃない?」


 更にサーシャからの正論。このメンバー当たりが強い……


「分かった分かった。俺もこのまんま弱いのは嫌だしな、せいぜい頑張るさ」


 溜息をついて、諦める。少なくとも明日に疲れを残さないように、よくストレッチして早く寝よう。

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