第43話 一直線に

「正直なところ、申請に必要なものが変更されるのは事前に分かっていたんだが、リクがどうしても驚かせてやりたいと聞かなくてな」


 帰りの馬車で事の顛末を聞ききつつ、俺は小さくため息をついた。


 どうやら、ジンの一件と、俺が志藤家の血筋だと分かったからか、彼は出来る限りの援助をしてくれるらしい。別にお節介だとは思わないが、サプライズとやらは勘弁してほしい。こちらにも心の準備があるのだ。


「……まあ、ありがたいのは確かなんだがな」


 事実、コスタまでの馬車を手配してもらったりと、世話になりっぱなしなのも確かだ。しかもこの馬車、揺れを全く感じない事から、かなり上等な物らしいことがわかる。


「あーあ、私はニールとの二人旅だと思ってたんだけど」

「そういうのは矢を作りながら言うもんじゃないぞ」


 そんな事を言いつつ、サーシャは細く切り分けた木の棒を、丁寧にやすり掛けしている。この丁寧で地道な作業が戦闘とか食料の狩りで役に立つのだが、全く色気は感じない。


「本気なのに」

「やる気がない癖に勘違いさせようとするのを止めろ」


 全く、こいつはいつまで引っ張るんだか……削りカスを集めて馬車の外に捨てている姿を見ながら、俺はエルキ共和国までの道のりを考える。


 基本的には息と同じで問題はない。オース皇国最大の湖であるヨルバ湖を舟渡してもらい、その後エルキ共和国に入り、ルクサスブルグを経由してコスタへ戻る。


 何故そんな面倒な陸路を取るかというと、エルキ共和国と少数民族同盟の間には、急な斜面と、かなり横幅のある大河が横切っており、橋をかけることもできなければ、渡しの船も集落も無い。時間を掛けてもオース皇国を経由したほうがはるかに楽だった。


「ん?」


 そう思って見覚えのある景色が広がっているかと思えば、どうもそうではない。周囲に見える景色はどうにも見覚えが無く、違う道を歩いているように感じた。


「なあシズ、この道で合ってるか? ちょっと域と景色が違う気がするんだが、というか、すれ違う人が全然いないんだが」


 街や集落ではないにせよ、通商路を歩いていればそれなりにすれ違う人は居るはずだ。しかし今、それが無い。


「ああ、わたし達はこのまま直線でエルキ共和国へ向かう。途中で馬車を降りて徒歩移動だな」

「……は?」


 シズは事も無げに言うが、それはもう完全に未開の地に分け入っていくという事で……


 ただの移動だと思ってくつろいでいたら、とんでもない案件が待っていた。


「あら、いいじゃない。緊張感のある旅になりそうね」

「いや、サーシャ。もうすぐ冬が来るんだが」


 冬の川を横断するのは、いろんな意味で肝が冷える。


「そうねえ、冬の間なら……鹿でも狩ろうかしら」


 そういう訳じゃないんだ。冬の幸を食べたいわけじゃ断じてないんだ。


「なるほど、食料調達を考えなくていいのは楽だな」


 いや、オース皇国経由すればもっと……


「はぁ……」


 恐らく、何を言っても二人に逆らう事は無理だろう。覚悟を決めるしかないようだ。俺はまた一つ溜息をついて、懐の小太刀を撫でた。

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