第三章

第32話 第六の罪源1

 志藤家の領地には、深い峡谷がある。俺たちが向かえと言われたのはその峡谷の側面に掘られた寺院だった。


 勿論その道のりは簡単なものではなく、ほとんど垂直に切り立った部分や、人一人がなんとか通れる幅の道をいくつか通らなければならなかった。


「っ……こんな場所に、ジンは来るのか?」


 足を踏み外さないよう慎重に、手の書けやすい岩肌を頼りにして俺は慎重に進む。


「さあ? でもリクの言う事に従うしかできないでしょ、私達は」


 サーシャは数メートル先をゆっくりと歩いている。彼女は慎重にというよりも、俺を気遣っての事だった。エルフとしてはこんな悪路を歩くのは平地とさして変わらないのだろう。


「お前ら何ゴチャゴチャ話してんだよ、さっさと行くぞ」


 そして戦闘で声を張り上げるカイン。あいつは慎重とか安全とかそういう言葉とは無縁の人間だ。


 自分自身が思う最大効率のリターンを目指して、リスク全無視で突っ走れるのは才能だし、そのリスクが致命的になる前に身を引くセンスは野生動物並。いわば理論派の俺とは対極にあるような人間だった。


「はぁ……寺院なら道の整備しておけよ」

「人はこういう場所にあるからご利益があるって考える物よ」


 俺の愚痴にサーシャは簡潔に応えて、一足跳びに遠くにある広い足場に着地する。どうやらそこが目的地らしく、カインもそこで足を止めていた。


「っ……はぁ、怖かった……」


二人のいる場所まで何とか渡り切り、額の汗をぬぐって姿勢を正す。先についていた二人の視線、その先には岩肌を切り出して作られた壮大な建造物があった。


「あー……くっせえくっせえ、魔物の臭いがしやがるな」


 カインは鼻を鳴らす。罪源職になった事で、魔物の気配には随分と敏感になったらしい。


「ジンは来ているかな」

「私は来てないと思うけど、ニールはどう?」

「ああ、俺もまだ来ていないと思う」


 恐らくこの前の襲撃で警戒している事だろう。先に魔物を送り込み、目当てのものがあると確信を持ってから来るはずだ。


「数が多くてよく分かんねえが、中には金等級の魔物もいる感じがしやがる。足引っ張るんじゃねえぞ」


 カインは小さく舌打ちをすると、腰に差した片手剣を抜く。


「補強(リインフォース)」


 俺はその片手剣に強度を増す支援魔法をかける。十の耐久値が十二になる程度だが、やらないよりはずっとマシだろう。


「……」

「よし、行くか――って、どうした? 二人とも」


 片手剣にしっかりと魔法が掛かったのを確認して顔を上げると、サーシャとカインが不思議な顔をしてこっちを見ていた。驚いたような、にやついたような、何とも言えない表情だった。


「……へっ、気が利くじゃねえか、ニール」

「そうね、冒険に出るときはいつもしていたものね」


 言われて気が付く。パーティを組んでいた頃から続く習慣が、無意識に出てしまったようだ。


「あー……」


 普通に悔しい。というかにやにやと笑うカインにちょっと腹が立つ。


「よーし、んじゃあ適当に魔物ぶっ殺して牙マスク野郎をおびき出すとすっか!」


 カインは上機嫌で寺院へと入っていく。まて、別にお前のことを認めたわけじゃ……


「ふふっ……」

「サーシャ?」

「ごめんなさいね、カインが誰かに感謝するなんて、初めて聞いたから」


――気が利くじゃねえか、ニール


「……マジだ」


 遅れて実感したカインの変化に、俺は天を仰いだ。

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