第28話 温泉1

「ふぅ」


 志藤家の風呂は随分と広く、竹で出来た高い仕切りで二分されてなお、悠々とくつろげる大きさだった。


 大きさ的にはアバル帝国の公衆浴場には劣るものの、周りに人がいないという点においては、広々と使えている実感があった。


 風呂という文化はこの少数民族同盟とアバル帝国特有の文化だが、各々で形式は全く違う。


 アバル帝国は湯沸かしを行い公衆浴場を運営しているが、こちらでは、地脈から吹き出す熱湯を冷まして、それを公衆浴場に使っている。


 また、公衆浴場の形態も違い、アバル帝国は湯を沸かす熱を利用した広い部屋での蒸し風呂と、そこでの会話・議論が使われる。一方の少数民族同盟は、身体の洗浄と湯船に浸かることが主となっていた。


「お前、風呂入ってる時も眼帯付けてんのかよ」

「見やすいからな、風呂上りには洗って乾かすから構わないだろ」


 湯船に浸かっていると、カインの声がした。お互い男の体をじろじろ見る趣味は無いので、距離を取っている。


「……で、どういうつもりだ?」


 特に会話という会話もなく、俺は話を切り出した。罪源職に堕ちた後のカインは、こんなに落ち着いて話せる間柄ではなかったはずだ。お互いに次に会えば殺し合って当然、元パーティメンバーの絆は完全に切れていたはずだ。


「わっかんね、強いて言えばあのハヴェルっておっさんが色々やってくれたおかげだな」

「ハヴェル!?」


 その名前を聞いて、俺は体を起こす。カインと彼のつながりがあるのは、何かとても運命的なものを感じた。


「なんだよ?」

「あ、ああ……いや、そうか、ハヴェル神父が……」


 よく考えれば、蘇生復活が使えるような流しの回復適性持ちなんて、そう居るはずがない。色々とパズルがはまり始めた。


 おそらく、俺が持っている遺物を回収しようと彼が入れ替わりに来て、カインを助けてから俺を追跡してきたのだろう。その先に教皇庁があると知って、徐々に彼は暴走し始めることになるが……


「よくわかんねえ奴だったな、憤怒者だってのに怒ってるように見えねえし、色々と教えてくれたおっさんだった」


 あの人らしいと言えばそうなのだろう。彼は教会とその腐敗さえ絡まなければ、いたって善良な神父だった。


「じゃあ、モニカや他のみんなに謝れるな?」

「あーいや、それはちょっと……」


 カインは頭を掻いて言いよどむ。付き合いの長い俺はそれだけで「まだちょっと気恥ずかしい」という感情と「できればなあなあで済ませたい」という意図が透けて見えた。


「今回ばっかりはちゃんと謝らないと、俺が許さんぞ」

「う、ぐ……」


 そう、色々となあなあで済ませたことがあるのだ。


 本来当番制の夕食の準備をカインだけパスしたり。

 洗濯当番もサボるし。

 出発前の荷物チェックをしないので俺が全部やったり。

 散々行くなって言った道を強行進軍して死に掛けたり。


 とにかく、戻ってくるならいい加減、ちゃんとした形で色々と謝ってけじめを着けるべきだろう。


「と、とりあえずもうちょっと時間をくれ!」

「あとになるほど謝れなくなるぞ」

「それでもだ!!」


 こうなると本当に子どもの駄々だな……俺は呆れつつもなんとかカインを謝らせる方向で説得を試みる。


「形だけでも――」

「いつかな」

「とりあえず俺はいいからせめて他の奴に――」

「そもそもお前に謝る必要がねえ!」

「あのなあ」


「ふぅ……こっちまで丸聞こえなのよねえ」


 どうしようもない押し問答を続けていると、竹製の仕切りの向こうからサーシャの声が聞こえてきた。

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