閑話:形見の脇差

 僕の記憶からいつまでも消えない、焦げ付いた記憶がある。


 血にまみれ、急速に体温を失っていく婚約者。


 そして、僕を満足げに見下ろす牙のマスクをつけた男。


「……」


 そう、その時決めたのだ。


 僕は何があろうと、奴――志藤迅を殺すことを。どんな手段を用いても、誰と手を組もうとも。


「思いつめるな、リク」

「うぇっ!?」


 シズに声を掛けられて、僕は思考を元に戻す。


「やだなあ、僕は全然そんなことないヨ。ちょっと夕飯の献立考えてただけさ」


 彼女の傷口を「保存」することには成功した。結界を貼り、傷口部分の時間を可能な限り停滞させる。かなり高度な術式で、移動は不可能。時間を引き延ばしたとはいえ、限界は一週間。


 いくつも制限があるため、アルカンヘイムへ向かって治療を受けるのも、使者を送って回復適性の高い人間を呼ぶのも不可能だし間に合わない。


 正直なところ、思い詰めるなというのは、無理な話だ。


「それよりもシズ姉さん、あの冒険者たちには頑張ってもらわないとね」


 シズはもちろんのこと、僕を含めて志藤家のまともな術師は動けない。シズに掛けた魔法はかなり高度で、僕のメンテナンスと術師の補助が無いと数時間で機能停止してしまう。


 エルフがいるとはいえ、銀等級の冒険者に罪源職の相手は難しい。それに、敵討ちが僕たちでできないのが悔しくて仕方ない。できる補助なら何かしてやりたいが……


「そうだな……ニール――あの眼帯をした冒険者にこれを渡してくれ」


 そう言って、シズは懐から脇差を取り出す。


「いいの?」

「私はな……リク、お前はどうだ」


 その脇差には、わずかに黒い染みが付いていた。僕の婚約者の形見だ。


 シズと僕以外の誰にも渡したくはない。というのが正直なところだ。それでも――


「これで仇を取ってくれるなら、渡してもいい。そう思ったよ」

「ああ、そういうものだな」


 彼女が持っていた脇差は、刀身が魔力伝導率の高い神銀(ミスリル)製、それに加えて鍛造時に魔力を練り込むダマスカス加工が施されており、強度も申し分ない。これ一つ売れば数か月は遊んで暮らせるような価値のあるものだ。


「だけど、彼にできるのかい?」

「それは信じるしかないだろう」


 あくまで冷静にシズは応える。僕はそこまで割り切って考えられない。だが、現状他の罪源職たちも活動を活発にしている。シズも離脱した今、傭兵ギルドや冒険者ギルドに増援を頼むのは酷だ。


「リク、戻ったぞ」

「ちょっと一人増えたけどいいわよね?」


 どうにか出来ないか、それを考えていると、彼らが帰ってきた。


「でっけー家だな、金持ちそうで良いじゃねえか」


 その中で見慣れない人影があった。金髪で隻腕の剣士だろうか。


「やあおかえり、作戦会議の続きをしようか」


 相手が誰でも、戦力になるなら利用しようじゃないか、僕はそう思って彼を笑顔で迎え入れた。

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