第60話 オース皇国聖都アルカンヘイム・謁見の間にて
「そうですか、襲撃に乗じて賊が……」
俺とイリスは後日、改めて教皇クリフォード三世に謁見していた。俺はまあ、旅装のままだが、イリスは儀礼用の聖衣に身を包み、杖も教会のシンボルがモチーフとなっている大きなものを持っていた。
ハヴェル神父と決着をつけた場で、改めて話をするのはどこか落ち着かない心地ではある。
壊された調度品などの痕跡は完全になくなっていたし、物の配置も前に見た時とは様変わりしていた。まあ、相変わらず目が痛くなるような配置だったが、せめて俺たちにあの時のことを想起させないように、という配慮だろう。
「襲撃者には協力者がいるという口ぶりでしたが」
「はい、そのことに関しても調査は続けています」
教皇の両手には、痛々しい十字型の痣があった。
謁見する前にイリスから聞いた話だが、あれは苦しむ民衆を思うが故、体内の魔力がその苦しみと痛みを再現して、凝固したものだという事だった。
そこまで考えていて、何故混血達を迫害したり、贅を凝らした聖堂で暮らしているのか問い詰めたかったが、俺は思いとどまった。なんせまだ命は惜しいのだ。
「して、聖女イリスよ、そなたはこれから、聖都で生活するにあたり――」
「あ、私帰るから」
ピシリと空気が凍った気がした。
教皇の言葉を遮るなんて、不敬も良いところだし、更にタメ口だ。謹慎ならまだいい方で、最悪破門されても文句は言えない。
現に周囲で控えている教皇の護衛や枢機卿たちは、どよめき、口々にイリスを非難している。
「こんなとこで『人々が苦しんでいると思うと両手が痛みます』なんて言ってるよりは、現地で直接人を助けるべきだと思ったし、私の性分じゃないのよね」
両手が痛む……つまり、教皇の両手にある痣を侮辱したのだ。今まで俺に散々言葉に気をつけろと言ってきた癖に……!
教皇を見ると、何を言われたか理解できない風だったのが、段々と言葉を理解し、それと同時に怒りに震えはじめるのが手に取るようにわかってしまった。
「ちょ、ちょっとお待ちください! ……おい、何考えてんだ。お前が言ってただろ、そういう事には口を慎めって」
「でも本当のことじゃない。この聖堂だって金にモノを言わせて作ったような、センスの欠片もない装飾ばっかりで悪趣味よ。 ねえ、教皇様」
「お前、それはっ……」
確かに、教皇の姿勢と今まで見てきたものには乖離があり過ぎた。この聖堂も素晴らしいとはとてもじゃないが言えない。
「不敬であるぞ! 小娘!」
「破門されても文句は無いな!?」
教皇の側で控えていた騎士たちが声を張り上げるが、イリスは全く動揺した素振りもなく、堂々と相手を見返した。
「不敬? 事実を指摘しただけで? 破門するならどうぞ、わたしのやる事は変わらないからね」
イリスは手に持っていた大きな杖を地面に叩きつけ、踵を返して聖堂を後にする。俺は戸惑いつつも、ざわめきと罵声を避けるようにイリスの後を追った。
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