第50話 聖都到着、謁見へ
遠くに見えていた聖都の門は、もう既に俺たちの頭の上にまで迫っていた。
丁寧に磨かれた砂岩とその表面に塗られた石膏によって作られた白亜のアーチは、俺たちを飲み込むかのようにゆっくりと頭上を通っていく。
「はー……こんな建物、見たことないっす」
「そりゃそうだろ、ここまで巨大な門はオース皇国くらいにしかない」
オース皇国の首都である聖都アルカンヘイムは、ヨルバ湖の南端に位置しており、そこから流れ出る大河によって西地区、東地区に分けられている。エルキ共和国の方面を向いている西側が正門で、西地区が教会や皇宮のある上流階級、東地区が貧民窟のある下層階級と、ある程度のすみわけが為されていた。
東西地区をつなぐのは一本の橋で、そこには常に衛兵が立っており、怪しい人間がいればすぐに分かるようになっている。
「まあ、豪華なのは確かだが……東地区の事を考えると、あんまり素直に感心できないな」
かといって、これを建てる費用をすべて貧困の支援に回せというのも、違うとは思う。この門は外敵から身を守る以上に、弱者の目印としての役割がある。
つまるところ、この門をくぐれば助かる。というような印象を、全ての救いを求める人に与えなければならないのだ。
「まあまあニル兄、そんなに構えないで、アタシ達は観光に来たんっすから!」
「観光じゃないからな」
「むぅ……」
冷静にツッコミを入れつつ、俺は周囲に気を配る。聖女の隊列に何かしようって奴はそういないが、ハヴェル神父はあの時以来姿を現していない。警戒は常にしておくべきだろう。
正門から続く大通りには、いくつかの店が開かれており、主に土産物である金属細工が並んでいるのが見えた。
農地が乏しいオース皇国では、傭兵業の他に金属加工技術が発展していた。
金属細工の中でも特に高価で需要が高いものは、鍵の技術だ。複雑な凹凸のある金属片を差し込むことで開閉ができる扉や箱の技術は、オース皇国が最も得意とする分野だ。
傭兵業も信用が第一という事もあり、鍵の技術と掛けてオース皇国を「信用の国」と評する人もいる。教会の本部があるのもそういう事なのだろう。
大通りを通り過ぎ、隊列が止まると俺とアンジェは歩くペースを上げて先頭へと向かう。そこにはイリスの乗った馬車が止まっており、ちょうど彼女が降りてくるところだった。
「やっと着いたわね」
「おっすイリちゃん!」
「覚悟は良いか?」
「もちろん、当然でしょ」
軽く挨拶を交わし、イリスの顔を見る。
少し前まであった迷いは、憑き物が落ちたように消えていて、代わりに自信に満ち溢れた、意志の強そうな目が前を向いている。
「じゃあ、行くか、教皇相手にかましてやれ」
俺が拳を突き出すと、イリスもそれを真似てこつんと合わせた。
「ええ、思いっきりやってやるわよ」
イリスは歯を見せて笑う。その顔は、出会った頃の憮然とした顔からは想像できないほど希望に満ちていた。
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