閑話:第三の罪源12
「……」
夢はそこで終わっていた。
私は聖都にある貧民窟の一室で、粗末なベッドから起き上がる。
「よう、お目覚めかい?」
ここにはドアなんて文明的なものは無い。垂れ下がった布を持ち上げて、浅黒い肌の男――ラストが入ってきた。
「昔の夢を見ていた」
「へえ、オレたちと出会う前の?」
「出会うまでだ」
ラストは垂れ下がった布を潜り抜けて、室内へと入ってくる。隙間から見えた陽光は、夏の色をしていて、今日も暑くなりそうだ。
「……」
「ま、暗くなってもしょうがないだろ? とりあえずは遺物の奪還に集中しようぜ」
彼は私の状態を察してか、努めて明るく振る舞ってくれた。
「先導者(ベルウェザー)がいれば、少しは変わっただろうか」
先導者は人を導く職業だ。道を失い、生きる希望を失っていた彼女にも、道を示すことができただろうか。
「そういう考えはあんま好きじゃないな、考えても今は良くならないだろ?」
「そうだな……すまない、忘れてくれ」
私は立ち上がり、部屋を出て湖の方へと歩いていく。
オース皇国、いや人間の生活圏最大の湖であるヨルバ湖は、貧民窟にも面している。一般市民とはさすがに隔絶されているが、それでもここで沐浴できることは、この都市の衛生環境を向上させている。
私は身体にある烙印を隠すために、人目につかない場所で寝汗を流す。そして意識をはっきりさせるために三回ほど深く呼吸をして、心を落ち着けた。
「なんだかんだ、ここまで来ちまったけど……大丈夫か?」
ラストが心配そうな顔でこちらを見るので、私はあまりのおかしさに笑ってしまった。ここまで何一つ、私の意志で行わなかったことなどないのだから。
「問題は無い。私のやる事は変わらない」
利用されているのなら、それも良いだろう。どちらにせよ、私の中にある憤怒の炎は収まりそうにない。
「……なあ、オレが言うのもなんだけど、アンタって本当にいい奴なんだよ」
鉄棒を服の下に隠したところで、ラストがおずおずと口を開いた。
「俺たち罪源職ってさ……「そうなる」までの過程で、嫌な奴とか、そんな奴らとばっかり会うだろ? それで、性格もひねくれる事もあるんだけど、ラース――いや、ハヴェル。あんたはずっと変わらない。俺はそれが羨ましいし、気に入ってるんだ」
「……何が言いたい?」
突然同僚に褒められて、くすぐったいような、どうしたらいいか分からない気持ちになる。金を無心するような相手ではないので、余計に違和感があった。
「んー、オレも分かんねえ」
そう言ってラストは肩をすくめる。一見軽薄な態度で、中身までそう思われがちだが、内面は真面目な性格だと私は知っている。
「でも、アンタを巻き込んだのは俺だし、色々けしかけたのも俺だ。だから、これでもし死なれたら、俺はちょっと寝覚めが悪いんだよな」
そこまで言われて、ようやく合点がいった。ラストは、私を心配しているのだ。
「そうだな、冷静に考えれば、この先いつでも遺物を奪いに行ける。だが、教皇の鼻を明かし、聖女の始末もできて、遺物も奪えるタイミングは今しかない。死んだとしても、後悔はないさ」
とはいえ、死ぬつもりもないが。私はそう付け加えてから、湖を後にした。
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