第41話 変化

「――このくらいで良いかな? アンジェちゃんによろしく言っておいてくれ」

「あ、ああ……」


 聞いて回って分かったのは、そもそもアンジェが混血だと知らない村人ばかりだという事だった。


 会う人すべてに聞いているが、アンジェの素性を知っている人間は皆無で、ただ「魔物が襲ってきた時に身を挺して守ってくれた騎士職」くらいの情報しか出回っていなかった。


 となると、アンジェの話にあった三人の子供たちに何か秘密があるのではないか、俺はそう思ってその三人を探すことにする。


「ちょっといいかな」


 子供たちはすぐに見つかった。村人の何人かに話を聞けば、彼らは案内してくれた。


「おじさん、何か用?」


 子供のおじさん呼ばわりにちょっとだけ傷ついた。


 ……酒が飲める年齢は大人だから、こういう呼ばれ方をしても仕方ない。うん、そうだ。


「魔物が襲ってきた時の話なんだけど――」

「俺たちは何も知らないよ! アンジェおねえちゃんが助けてくれたんだ!」


 俺の言葉を遮るように、少年の一人が声を上げる。


「そう、そのアンジェは――」

「普通の女の人だよ! 本当に!」

「……」


 そういう事か、思わず頬が緩むのを感じる。


 恐らく、この子供達三人で、黙りつづけることを選んだのだろう。真実が知られれば、子供の力ではどうしようもない勢いで、アンジェの迫害が始まる。ならば、三人だけで秘密を共有し、彼女を守ることを選んだのだろう。


 恐らく、大人も数人勘づいては居るだろう。だが、誰も声を上げていない。全体が信仰のせいで歪んでいる村だとは思ったが、住民全員が歪んでいる訳ではないのだ。


 あるいは、アンジェの行動でその「歪み」が少し戻っているのかもしれない。なんにしても、俺は子供たちの目を見て、息を漏らした。


「ああ、そうだ。アンジェは普通の女だ。それで、俺はアンジェの仲間だ」

「え……」

「仲間の俺から礼を言わせてくれ、ありがとうな」


 呆気にとられたような顔をした子供たちに、懐から紙袋を取り出して、中身を一つずつ分けてやる。


「ルクサスブルグ銘菓、宝石飴だ。受け取ってくれ」


 それだけ言うと、俺は隊列の方へ向かう事にした。想像しているよりも、世間は腐ったやつばかりじゃないのかもしれない。


「ちょっといいかい」


 背中に声が掛けられた。振り向くと、壮年の男が手招きをしていた。


「すまないね」

「いや、構わない」


 どこか落ち着いた雰囲気の男は、子供たちの父親の一人だった。


「……私だけには本当の事を教えてくれてね。最初に知った時は村のみんなに知らせようかと思ったんだが……息子の命を救ってくれた恩人に、そんな事は出来ないと思いなおしたんだ」


 男は俺が聞くまでもなく、静かに語る。


「正直なところ、今でも私の行動が正しいのか分からない。でも、それでいいと思ってる」

「そうか」

「村長や神父様に知られたら大変だけど、これから先、ずっと考えていこうと思う。息子と一緒に、何が正しいのかをね」


 一方的にそう語ると、父親は離れて行く。この村が少しずつでも、変化していく事を願わずにいられなかった。


「……」


 そろそろ出発の時間が近い。俺はわずかに足を速めた。

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