閑話:アンジェ3

 ふと二人が気付くと、子供たちが近くに居た。


「お姉ちゃんたちも遊ぼうよ!」

「わ、わたしはここにいるだけで十分かな……」


 イリスはやんわりと断る。これから帰り道もあるのだ、全身びしょ濡れで変えるのは、聖女という外面を気にしないにしても、憚られた。


「良いっすよ、アタシの水遊びテクを君たちに見せてやるっす!」


 一方でアンジェは快く返事をして、子供たちの輪に入っていく。


「とりゃー! 大津波ー!」

「きゃー!!」

「わぷっ……ぷはっ! やったな―!」


 彼女が子供と楽しそうに遊んでいるのを見て、イリスはなんとなく四人が仲のいい兄弟姉妹のように見えた。三人の弟と妹に囲まれて、それに負けないくらい元気よく遊んであげる少し年の離れたお姉さん。そんな印象だった。


「……勝てないなあ」


 自然とイリスの口から声が漏れていた。


 彼女自身、つい最近まで聖女になろうなんて考えた事は無い。ハヴェルの教えを守り、巡礼の旅をひたすら続けることには疑いはなかった。


 しかし、ニールとアンジェの二人と出会って、それに疑問が生まれていた。


 彼は聖女にしかできない仕事があり、それは結果的にハヴェルの思う理想に至る道だと言った。


 ならば聖女になろう。そう思ったのは良いが、自分には地位はあっても人望は無かった。出会って数時間の相手とも仲良く遊べるアンジェを見て、劣等感が無いと言えば嘘になる。


「おかえしだあー!!」


 胸の奥にある劣等感と嫉妬に、自己嫌悪に陥っていると子供の声がイリスの耳をついた。


「わぷっ!? へっへっへ、やったっすねー?」


 アンジェが頭から水を被り、髪がしっとりと垂れる。その隙間から混血の証である小さな角が覗いていた。


「……」

「アタシの反撃は――ってあれ? どうしたっすか?」


 子供たちは全員、彼女の角に意識が向かっている。


「穢れ血!」

「穢れ血だ!」

「汚い!」


 しばらく三人は黙っていたが、アンジェが自分の頭に気が付くと同時に全員が水場から飛び退くように逃げ出した。


「ちょ、ちょっと待つっす……」


 逃げる三人を引き留めようとするが、アンジェの声は届かない。


「来ないで! 穢れが移っちゃ――きゃあっ!?」


 その瞬間、一番遅れていた女の子が足を滑らせ、水場に倒れこんでしまう。


「がぼっ、がぼぼっ」


 倒れた拍子に気管に水が入りパニックを起こした女の子は、呼吸ができないままもがく。


「だ――」

「大丈夫っすか?」


 イリスが声を上げようとした時には、既にアンジェが女の子を抱え上げていた。


「げほっ、げほげほっ!! ……え?」

「ほら、慌てて動くと水場は危ないっすよ」


 アンジェはそう言って、子供を水場の隅まで運んでから降ろした。


「……」

「無事でよかったっす」


 アンジェが笑うと、助けられた女の子はぽかんと口を開いていた。自分が今何をされたのか、理解ができていないようだった。

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